疫学:季節性H1N1インフルエンザウイルスが1918年のパンデミック株に由来している可能性
Nature Communications
2022年5月11日
季節性H1N1インフルエンザウイルスは、1918年にインフルエンザの世界的な大流行(パンデミック)を引き起こしたインフルエンザ株に直接由来している可能性があることを示唆した論文が、Nature Communications に掲載される。今回の知見は、1918年のパンデミックの際にヨーロッパで収集された標本のゲノム解析にに基づいている。
1918年のパンデミックでは、全世界で5000万~1億人の死者が出たと推定されている。このパンデミックの時期と広がりに関する我々の理解は、パンデミックが1918年秋にピークに達し、1919年冬まで続いたことを示す歴史的記録と医療記録に基づいている。しかし、このパンデミックがウイルス起源であることが確認されたのは1930年代になってからであり、その後の研究で、このウイルスはH1N1亜型のA型インフルエンザウイルス(IAV)であったことが示唆された。1918年のインフルエンザウイルスのゲノム解析は、その時期のウイルスの塩基配列が希少であるために難しくなっている。
今回、Sébastien Calvignac-Spencerたちは、ドイツとオーストリアの博物館の歴史的アーカイブに保管されていた、1901~1931年に収集された複数の個人由来の13点の肺標本(そのうちの6点は1918~1919年に採取された)を解析した。Calvignac-Spencerたちは、これらの標本のうち、1918年6月にベルリンで採取された標本から部分的なゲノム塩基配列2点と、1918年にミュンヘンで採取された標本から完全なゲノム塩基配列を得た。Calvignac-Spencerたちは、これらの標本に由来するゲノムの多様性が、ウイルスの局所的伝播事象と長距離分散事象の両方が起こったことと矛盾しないという見解を示している。また、パンデミックのピークの前後のゲノムを比較した結果、抗ウイルス応答に対する耐性に関連する核タンパク質遺伝子が多様化したことが示唆された。これによりインフルエンザウイルスがヒトに適応したのかもしれない。また、Calvignac-Spencerたちは、進化の時間スケールを推定する方法である分子時計モデル化も実施し、季節性H1N1インフルエンザウイルスの全てのゲノム分節が最初の1918年のパンデミック株に直接由来しているかもしれないと示唆した。この知見は、季節性ウイルスが再集合(異なるウイルス間でのゲノム分節の交換)によって出現したことを示唆する他の仮説と相いれない。
Calvignac-Spencerたちは、試料の数がまだ不足しているが、今回の研究で得られた1918年のインフルエンザパンデミックの進化と進行に関する知見は、歴史的アーカイブを調査することの価値を明確に示している。
doi:10.1038/s41467-022-29614-9
「Nature 関連誌注目のハイライト」は、ネイチャー広報部門が報道関係者向けに作成したリリースを翻訳したものです。より正確かつ詳細な情報が必要な場合には、必ず原著論文をご覧ください。
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