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自己免疫:APS妊婦に対する治療の効果

Nature Reviews Rheumatology

2010年4月4日

Autoimmunity Effectiveness of treatments for pregnant women with APS

ヘパリンとアスピリンの併用療法は、不育症および抗リン脂質抗体陽性の患者の生児出生率を高める「標準治療」として広く認められている。しかし、この推奨は主に専門医の見解に基づいたものである。無作為化対照試験のメタアナリシスによってこの診療は裏付けられるのだろうか。

反復流産は、特に抗リン脂質抗体症候群(APS)などの妊娠転帰不良に関連する基礎疾患をもつ患者にとっては感情をかきたてられる問題である。臨床医の課題は、妊婦に対して、母子に害を及ぼさず転帰を改善するような安全でエビデンスに基づく治療を提供することである。Makら1は、最近Rheumatology に発表したメタアナリシスで、抗リン脂質(aPL)抗体と不育症を有する妊婦の生児出生率向上のためには低用量アスピリン(LDA)単独療法よりもヘパリン+LDA併用療法のほうが優れているというエビデンスを評価した。

専門医はこのような患者に対するLDA+ヘパリン併用療法は有益であると考えているが、この推奨を裏付けるデータは少ない。Makらによるメタアナリシスは、LDA単独療法に比べて未分画ヘパリン+LDA併用療法により流産(pregnancy loss)が減少することを見出したCochrane Collaborationレビュー3の知見を裏付けている。この最新のメタアナリシスはCochraneレビュー以降に発表された研究を含めたため若干頑健性が高い。解析対象例は334例で、そのうち171例がヘパリン+LDA併用療法、163例がLDA単独療法を受けていた。さらに、Makらのレビューでは、低分子量ヘパリン治療患者で有効となる傾向が明らかにされた。ただし、この傾向は統計学的に有意ではなく、その根拠とされた研究は2件の研究にすぎなかった。ヘパリン(未分画ヘパリンまたは低分子量ヘパリン)+LDA併用療法を受けた患者では統計学的に有意な生児出生率の上昇が認められ(相対リスク1.3)、生児出生を1件増やすための治療必要例数は5.6例であった。

重要なのは、併用療法群、LDA単独療法群とも生児出生率が比較的低かったことから(それぞれ74.27%、55.83%)、APS患者の流産防止のための有効な治療がないことが浮き彫りになったことである。併用療法群で妊娠高血圧腎症(preeclampsia)の減少傾向がみられたが、統計学的に有意ではなく、この結果に基づいて何らかの結論を出すのは時期早尚であろう。早産の転帰および出生時体重に2群間で有意差は認められなかった。2種類の治療法の安全性は検討されなかった。

Makら1のメタアナリシスに特有の長所は、標準的な診断基準を用いた研究のみに信頼を置いていることである。「不育症」は一般に、妊娠初期から中期前半に2回または3回連続して流産することと定義される。出産可能年齢の女性における発生頻度は約1%である。これに対して、「散発性自然流産」は連続しない流産のことであり、全臨床的妊娠の最高15%に生じる。後者の場合には、時折(不適切な)抗凝固療法またはAPS検査が実施される。今回のメタアナリシスに含めたすべての研究では連続した流産が必要であり、5件中3件の研究は3回の連続した流産を必要とした。さらに、全患者はAPSの標準的な臨床検査基準(具体的には2回のaPL抗体検査陽性)に適合していた。著者らは研究間のばら つきを説明するためメタ回帰分析を実施した。また、年齢、生児出生歴または早期・後期流産歴の違いは2群間の生児出生率の差の説明にはならないと指摘し、併用療法が有効であるという結論を強調した。

しかし、APSは多様性をもつ症候群であり、厳格なAPS基準に適合した患者のみを対象としようとしたにもかかわらず、臨床的表現型またはaPL抗体の特異性の違いから個々の研究の転帰に差が生じる可能性がある。表現型の異なる患者を組み入れることで、統計的検出力をより迅速に達成できるが、本症候群の別の側面をもつ患者が治療に対して異なる反応を示す場合、この診療によって結果が弱まる可能性がある。たとえば、反復早期流産患者は後期胎児死亡または血栓症歴のある患者とは異なる反応を示すことがある。さらに、これらの研究以降、臨床検査基準はより厳格になっているため、対象患者の多くは現在のAPS分類基準に適合しないであろう。

メタアナリシスは、個々の研究の症例数が少ないといった既存の文献の限界を克服する可能性があるが、欠陥のある研究を是正することはできない。著者らが記述するように、メタアナリシスの対象となる研究の質は低い。研究の質を1~5の尺度で評価すると、平均スコアは1.6(0~3)であった。さらに、こうした結果を続発性APS患者に外挿したり、原発性APSおよび静脈血栓症歴のある患者に適用したりできない。

治療介入の評価時にはリスクとベネフィットの両面を理解する必要がある。抗凝固療法の一般的なリスクはよく知られている一方で、妊娠時の使用には相異なる見解がある。抗凝固療法を受けた患者は分娩後出血リスクがあり、分娩時局所麻酔の適応とはならない。このような合併症が考えられるにもかかわらず、患者は抗凝固療法により何らかの利益を得る可能性がある。生児出生率の上昇が認められないにしても、APS患者には母体の血栓症予防のため抗凝固療法が有効であろう。メタアナリシスに含めた研究にはこの転帰を解明するための検出力がなかった。

ヘパリン+LDA併用療法はAPS患者の生児出生率を上昇させるという知見は確かな科学的根拠に基づいている。ヘパリンは補体を阻害し、aPL抗体と栄養膜との結合能を低下させ、白血球接着を抑制し、栄養膜の移動を促進する。われわれは、ヘパリンにはaPL抗体による流産を防止する効果があるのに対して、補体活性化を阻害しない抗凝固薬にはこの点で効果がないことを動物モデルで示した。

反復流産の治療は、未知の有効性と安全性をもつ薬剤の使用に潜む危険性を説明している。よく知られた例はジエチルスチルベストロールである。これは反復流産防止薬として投与されていたが、後に患者と曝露された胎児に無効であるばかりか、癌発症リスクを高めることがわかった。だからと言って、害を恐れるあまり、妊婦を対象とした試験の実施が妨げられてはならない。メタアナリシスに含めた研究について、Makら1は「妊婦を被験者とする研究による明らかな倫理的理由から、これらの試験ではいずれも二重盲検法を実施できなかった」と述べた。妊娠転帰および妊婦・胎児の健康に影響する疾患の予防・治療を進展させるためには、患者をよくデザインされた臨床試験に組み入れなければならない。しかし、妊娠中の疾患治療の進展に関する論文の著者らが結論づけるように、「転ばぬ先の杖(用心するのに越したことはない)というのが危険を回避する社会での モットー」であり8、この警告のために妊婦の病状に対する検査や薬剤開発が妨げられた。検出力が低く、無作為化・盲検化が行われないため仮説を検証できない研究は、患者を危険にさらし、社会の健康に利益を与えにくいことから倫理的ではない。

すべてのメタアナリシスと同様、Makら1の研究は根拠となる研究の質により制限される。重要な疑問は依然として残り、既存データのさらなる解析によっても答えは出ない。機序が明瞭な標的治療が出現しない限りは、さしあたってAPS妊婦にはヘパリンとLDAによる治療を継続する。われわれがすべきことは、表現型が正確に判定され、APSの特定の臨床基準および臨床検査基準に適合する患者を対象に、従来および新規の治療に関してよくデザインされた国際共同試験を実施することである。

doi:10.1038/nrrheum.2010.42

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