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認知症:脳卒中後の認知症 ―重要なのは疾患名ではない

Nature Reviews Neurology

2010年2月1日

DEMENTIA Poststroke dementia—what’s in a name?

脳卒中後の認知症は臨床的に一様でない症候群であり、その背景にあるメカニズムも多岐にわたる。脳卒中後の認知症の病態生理学的な理解が進むと同時に、さまざまな認知症症候群の鑑別精度が向上すれば、治療方法の最適化や、治療の選択肢や予後について患者や介護者への情報提供に役立つだろう。

脳卒中は、原因、臨床症状、予後が一様でない疾患である。世界保健機関(WHO)によると、2002 年に世界で1,530 万人が脳卒中の診断を受け、うち550万人が死亡し、500 万人が運動機能障害、認知機能障 害または認知症など、その後に大きな障害を抱えることとなっている。脳卒中後に認知症が発生することは広く知られているが、有病率(5.9 ~ 30%2)、経時変化、脳卒中後の認知症そのものを予測可能とする独立したリスク因子は、これまでの研究では一致していない。こうしたデータの不一致の理由は明らかになっていないが、異なる研究デザインが部分的に影響しているのではないかと一部の研究者らは考えている。そこでPendlebury とRothwell は脳卒中後の認知症の頻度について信頼できる知見を確立し、予測因子を決定するために脳卒中患者7511 例のデータのメタアナリシスとシステマティック・レビューを行った。

Pendlebury とRothwell は1950 年から2009 年5月までに発表された73 件の論文のデータを分析した。その中には病院ベースの脳卒中コホート22 件と、人口ベースの脳卒中コホート8 件が含まれていた。著者らは脳卒中前の認知症と脳卒中後の認知症の有病率と発生率を調べ、それぞれの認知症に関連するリスク因子を検討した。その報告によると、研究全体の症例の10%が脳卒中発現時にすでに認知症を発症しており、10%が脳卒中後数ヵ月で認知症を発症、30%以上が脳卒中の再発後に認知症を発症していた。また、発表されている脳卒中後の認知症の有病率の不一致については、そのほとんどが試験方法(人口ベースか病院ベースか)と解析症例の組み合わせ(組み入れ症例が脳卒中前の認知症もしくは脳卒中後の認知症、組み入れ患者が最初の脳卒中もしくは再発脳卒中)で説明することができた。この報告でも強調されているように、有病率は人口ベースの試験の平均7.4%から病院ベースの試験の平均41.3%までばらついていた。脳卒中前の認知症のリスク因子(つまり脳卒中後に認知症を発症するリスク因子)は、内側側頭葉の萎縮、女性、認知症の家族歴などであった。多発性脳卒中は、脳卒中の特性(出血性脳卒中、発症部位が左半球であること、梗塞容積または脳卒中の重症度など)や脳卒中の合併症(失禁、早期痙攣発作または急性錯乱状態など)と同様、内在する脳卒中の血管リスク因子よりも強く、脳卒中後の認知症と関連していた(Box 1)。

このよく考えられたメタアナリシスの結果は、脳卒中後の認知症の発生頻度の確立を目指した数十年にわたる研究の終着点だと考えるべきであろう。今後の研究は脳卒中後の認知症の診断と病態生理学に取り組む べきである。

脳卒中後の認知症という名称は、1 つの独立した疾患を指すものではなく、脳卒中の後に生じる不特定の認知症症候群を表すものである。したがって脳卒中後の認知症においては、その中での鑑別診断が必要であ る(Box 1)。Pendlebury とRothwell のメタアナリシスによって、脳卒中に関連した認知症のサブタイプの問題が浮かび上がった。著者らは、内側側頭葉萎縮などの脳卒中前の認知症のリスク因子の多くがアルツハイマー病(AD)のリスク因子に類似しており、一方で、脳卒中直後の認知症の発症は血管性認知症を示すものであるということを見出した3。最も適切な治療とケアを患者に提供するために重要なのは、脳卒中後の認知症サブタイプを正確に鑑別することである。脳卒中後の認知症患者において基礎疾患の診断を確実に行うためには、2 種類の頻度の高い認知症であるAD と血管性認知症が容易に認識され、鑑別される必要がある。脳卒中後の認知症の徹底した診断検査の一部として、脳脊髄液(CFS)におけるアミロイドβのプロファイリング4、PET によるPittsburgh CompoundB 集積量の測定5 などが考えられる。例えばCFS のアミロイドβ42:リン酸化タウ蛋白の比でADと血管性認知症が鑑別できることが示されている。

脳卒中後の認知症を発症した患者において認められる認知機能障害を、病態生理学的に説明できる研究が求められている。この問題はPendlebury とRothwellも認めているように3、彼らの試験では論じるこ とができない。理想的には、先に存在する認知機能の問題に影響を受けずに脳卒中の影響を調べるため、こうした研究は、脳卒中前に認知機能障害が認められない患者を対象に実施するべきである。

血管性認知症患者はエピソード記憶障害を呈することが多い。実際、National Institute of Neurological Disorders and Stroke - Association Internationale pour la Recherche et l'Enseignement en Neurosciences Criteria による血管性認知症の診断では、このような記憶障害が必要条件とされている。しかし脳卒中後にエピソード記憶障害を呈する患者の多くには、海馬(記憶に重要な役割を担う脳の構造体)に病 変が見られない。この理由の1 つとして、虚血性病変が機能的神経回路網を損傷する可能性が挙げられる。この回路網の中では、空間的に異なる位置にあるさまざまな皮質領域が構造的な接続によって作用し合 っている。したがってこれらの接続の一部に損傷を受けると、脳内の離れた部位に影響が及ぶ可能性がある。こうした離断症候群のproof of concept(概念の実証)はSnaphaan らの試験によって得られている。Snaphaan らは、最初の脳卒中後にエピソード記憶障害を発症した患者では、健常対照に比べて内側側頭葉の機能が低下していたことを明らかにした。

機能的MRI と拡散テンソル画像、そして新たな分析方法によって、梗塞病変の特性や同時発生した白質病変あるいは皮質萎縮が機能的神経回路網に及ぼす影響が示されるかもしれない。次はこれらの研究によって、脳卒中後の認知症を明らかにするメカニズムについての洞察が得られるだろう。こうした洞察は、認知症発症リスクを有する脳卒中患者の判別や、脳卒中後の認知症を予防するための早期治療介入の評価に役立つであろう。

脳卒中後の認知症の予防方針は、投薬を含む医療介入とライフスタイルの改善を基本としなければならない。運動は、認知機能低下や心血管疾患を予防する要因として認識されているため、脳卒中後の認知症(ま たは認知機能障害)患者において、さらに認知機能が低下するのを防ぐためにも有効な方法かもしれない。研究結果では、運動によって脳が直接影響を受け、認知能力が改善しうることが示唆されている。 神経画像によって、運動が認知機能を向上させ脳卒中後の回復を潜在的に促進するメカニズムについての理解が進むかもしれない。

Pendlebury とRothwell の試験3 により、脳卒中前の認知症または脳卒中後の認知症に関連するリスク因子の知見が得られ、また脳卒中が認知機能に与えうる影響が示されている。今後の研究で重要な課題は2 つある。認知症を発症するリスクがある脳卒中患者の確実な同定と、脳卒中後の認知症を有する患者の基礎疾患の判定である。実際、この認知症症候群に疾病分類学的な診断法の確立は不可欠である。さまざまなタイプの認知症はそれぞれに治療方針や予後が異なるからである。新しい画像技術は、脳卒中後の認知症患者における認知機能障害と回復の神経機構を研究する上でますます重要となるだろうし、脳卒中後のリハビリテーションの適応のある患者を選択する際に用いられるかもしれない。

doi:10.1038/nrneurol.2009.229

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