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ICUにおける強化血糖コントロール:SUGARはNICEか?

Nature Reviews Endocrinology

2009年9月1日

Therapy Intensive glucose control in the ICU is SUGAR NICE?

強化インスリン療法は、集中治療室に入院した重篤な患者の血糖値を低下させるために、広く利用されている。NICE-SUGAR試験の研究者らによって示された、このような状況での厳格な血糖コントロールが実際は死亡率を上昇させる可能性がある、という知見は、強化インスリン療法の妥当性に関する大きな議論を引き起こしている。

2001年に発表された論文1による説得力のあるエビデンスから、血糖値を79.2~109.8 mg/dLに維持する強化インスリン療法で、外科集中治療室(ICU)に入院した重篤な患者の罹患率と死亡率が低下したことが示された。その後の多数の研究はこれらの効果を再現できなかったが、現在では、厳格な血糖コントロールが世界中の病院のICUで広く利用され、複数の臨床医団体により支持されている。しかし、Normoglycemia in Intensive Care Evaluation–Survival Using Glucose Algorithm Regulation(NICE-SUGAR)試験2の結果報告には、論争を激化させる可能性のある情報が掲載されている。

重篤な患者に対するインスリン療法の論理的根拠は、重度の外傷や感染で炭水化物代謝が変化し、インスリン抵抗性が生じることである3。もともと糖尿病でない患者でも続発性に高血糖となることが多い。Van den Bergheら1は、外科ICUで人工呼吸器を装着している成人患者を対象として、前向き対照試験を行った。患者を、強化インスリン療法(79.2~109.8 mg/dLを血糖値の目標とする)または通常のインスリン療法(血糖値を180.0~119.7 mg/dLに維持)に無作為に割り付けた。患者1,548例のデータを解析したところ、血糖値を109.8 mg/dL以下に維持した場合(強化療法群の朝の平均血糖値は102.6 mg/dLであった)、ICUでの死亡率が42%低下した(通常療法群8.0%、強化療法群4.6%)ことが明らかになった。

これらの劇的な成果により、多数の病院で厳格な血糖コントロールプロトコールの制定が進められ、これが急速に「標準治療」となった。多くの場合、これらのプロトコールはICU以外の内科患者および外科患者の管理にも利用されている。非ICU患者に適用された理由は、一部、高血糖の非ICU患者の臨床転帰が不良であったことを示す観察研究にも基づいている。American College of Endocrinologyおよび米国糖尿病学会(American Diabetes Association)は、心臓病学、救命医療、および麻酔学に関する著名な団体と共に、入院患者に対する厳格な血糖コントロールを支持する合意声明を発表した4。

これらの治療計画が現実に実施されているにもかかわらず、メタアナリシスおよび系統的レビューは、その有効性に関して、逆の結論に達している5,6。さらに臨床試験でも、厳格な血糖コントロールの利益が認められなかったものがあった。多国籍のNICE-SUGAR試験は、強化血糖コントロールにより90日目の死亡率が低下する、という仮説を検証するためにデザインされた。試験対象集団は、オーストラリア、ニュージーランド、カナダの42病院の内科または外科ICUに入院した成人患者6,104例であった。入院後24時間以内に、集中治療が連続3日以上必要なことが予測された患者を、強化血糖コントロールまたは通常の血糖コントロール群に無作為に割り付けた。目標とする血糖値の範囲は、強化コントロール群では79.2~108.0 mg/dL、通常コントロール群では180.0 mg/dL以下とした。

強化コントロール群の時間加重血糖値の平均値(115.2±18.0 mg/dL)は、通常コントロール群(144.0±23.4 mg/dL)よりも有意に低かった(P<0.001)。意外なことに、強化コントロール群の死亡率は、通常コントロール群よりも有意に高かった(27.5% vs 24.9%、P=0.02)。重度の低血糖(血糖値39.6 mg/dL以下)も、強化コントロール群の方が通常コントロール群よりも多かった(6.8% vs 0.5%)。注目すべきことに、強化コントロール群の超過死亡は、主として心臓血管死によるものであり、これは重度の低血糖が有害な心血管事象を引き起こすという他の研究のエビデンスと一致している7。NICE-SUGARでは、他の転帰(ICUの入院期間、全入院期間、人工呼吸器装着日数、血液培養陽性率、赤血球輸血)には、2群に明らかな差は認められなかった。

入手できる全てのデータを考慮する場合、重要なことは、発表された文献における矛盾の原因を確立することである。無作為化試験29件(患者8,432例)のメタアナリシスでは、厳格な血糖コントロール群に割り付けた患者と、標準的な血糖コントロール群に割り付けた患者の死亡率に、差は認められなかった5。個々の研究をみると、ICU患者に対する厳格な血糖コントロールプロトコールは、標準的な血糖コントロールよりも、良好、同等、あるいは悪い転帰をもたらす場合がある。これらの差異への寄与が考えられる因子としては、患者集団(ICUへの入院理由など)、インスリン投与法、死亡率、目標血糖値、実際に到達した血糖値、非経口栄養の利用などの違いがある5。特定の施設の看護職員の専門的技術や経験も、転帰に影響を与えうる。

もう1つの重要な、しかし見落とされがちな因子は、グルコース濃度の測定法である。2001年の研究でVan den Bergeら1は、動脈血のグルコースを、精密な動脈血ガス分析装置で解析した。その後の研究の多くは、毛細管血を用いて、簡易血糖測定器でグルコースを測定していた。しかし、多くの発表論文では、検体の種類や測定方法が明記されていない。グルコース濃度測定結果のばらつきは、分析した検体の種類、測定方法、患者特異的変数(生理機能や干渉物質の存在)8の違いにより生じうる。NICE-SUGARでは、グルコース測定は「可能な限り」動脈血で、それぞれの施設で通常使われている簡易血糖測定器、動脈血ガス分析装置、あるいは臨床検査室の分析装置により行われた。このように、測定方法や検体の種類が異なったために、グルコース値に差異が生じてインスリン用量が変化し、患者の真のグルコース濃度に幅広いばらつきが生じた可能性がある。簡易血糖測定器は、血液ガス分析装置や中央臨床検査室の分析装置よりも精度がかなり低い。米国臨床病理医協会(College of American Pathologists)の技能試験では、19,597施設からのデータから、大きなばらつきがあることが示されている9。17種類の簡易血糖測定器間の変動係数は12~14%であり、2種類の簡易血糖測定器間の偏りは41%と高かった。血糖値が144.0 mg/dLの場合の41%の偏りは、57.6 mg/dLに相当する。これはNICE-SUGARで認められた強化コントロール群と通常コントロール群の血糖値の平均差(28.8 mg/dL)の2倍である。簡易血糖測定器が高値に偏れば(すなわち、患者の実際の血糖値よりも常に高い値を示していれば)、患者は過剰量のインスリン投与を受け、低血糖になる(ICUの患者の多くは意識不明なため低血糖を症状で発見できない恐れがある)。

もっとも広く受け入れられている適切な簡易血糖測定器の性能基準は、95%の確率で、結果が、75.6 mg/dL以上では「真の」グルコース濃度±20%以内、75.6 mg/dL未満では「真の」グルコース濃度±14.9 mg/dL以内となることである10。患者の真のグルコース濃度が95.4 mg/dLの場合、血糖測定器の許容範囲は77.3~115.2 mg/dLとなる(5%の確率で、この範囲外となる可能性があることに注意)。これらの値はNICE-SUGARで設定された強化コントロール目標の81.0~108.0mmol/Lを超えている。

患者特異的因子によっても、血糖測定器の結果が不正確になるが、特に重篤な患者ではそうである。一部の血糖測定器は、酸素分圧とヘマトクリット値の影響を受ける。低血圧患者の組織血流が低下すると、毛細管血サンプルの血糖値は大きく変化するが、動脈血サンプルではあまり変化しない8。もう1つの変数は、動脈、静脈、毛細管血のグルコース濃度が全て異なることである。空腹時にはこれらの差はほとんどないが、食後の毛細管血グルコース濃度は静脈血よりも19.8~25.2 mg/dL高い。最後に、含水量の差により、ヘマトクリットが正常であれば血漿中グルコース濃度は全血中より約11%高くなる。これらの因子の一部、またはおそらく全てが、NICE-SUGARで報告された結果に寄与している可能性がある。

NICE-SUGAR試験によって、ICUの患者に対する厳格な血糖値コントロールプロトコールの利用に関して蓄積されているデータがさらに増えた。しかし、この試験によって、これらのプロトコールに関する論議に「決着がついた」わけではない。強化インスリン療法によって一部のICU患者の転帰が改善されるかどうかという疑問を明快に解決するべきなら、さらに大規模な試験が必要である。重篤な患者に対して使用されるインスリンの用量は、主として各患者の血糖値により決められているため、望ましい目標を達成し、低血糖を避けるためには、血糖値の正確な測定が不可欠である。多施設試験で特に重要な問題は、患者間でのばらつきを避けるために、施設間でグルコース測定法を標準化することである。したがって、極めて精確なグルコース濃度測定が、今後の研究には不可欠である。

doi:10.1038/nrendo.2009.156

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