Research Highlights

メチル化が少ないと癌になる

Nature Reviews Cancer

2003年6月1日

DNAの特定部位におけるメチル化の増加は癌を引き起こす機構にしばしばかかわっているが、ヒトの各種腫瘍にも見られる、ゲノム全体にわたるメチル化の減少はどうなのだろうか。メチル化の減少が癌の原因なのか結果なのかは長い間議論されてきたが、Science誌の4月18日号に報告されたところによると、Rudolf Jaenischらが今 回、この問題に取り組むためのマウスモデルを開発した。

aenischらは、DNAのメチル化を維持するDNAメチルトランスフェラーゼを指令するDnmt1遺伝子について、形質発現の不完全な対立遺伝子と完全欠失対立遺伝子が複合ヘテロ接合になっているマウスを作出した。このマウスは生育可能だが、小さかった。このマウスは、野生型マウスのちょうど10%の量のDNAメチルトランスフェラーゼタンパク質を発現していた。このマウスのDNAをメチル化感受性の制限酵素で消化し、サザンブロット法で解析したところ、DNAのメチル化の度合いが全体的に減少していることが明らかになった。興味深いことに、これらのマウスの80%が4〜8か月齢で悪性T細胞リンパ腫を発症した。これらのT細胞リンパ腫は単クローン性だとわかった。したがって、1つの細胞内でのメチル化の減少が癌の引き金になり、ほかのいくつかの過程が積み重なって悪性腫瘍になると考えられる。

は、メチル化の減少がどのようにしてこのリンパ腫発生を誘発するのだろうか。 Jaenischらは、可能な機構が3つあると述べている。第一に、内在性レトロウイルス 配列要素の挿入が誘発されて原癌遺伝子を活性化する可能性がある。第二に、原癌遺伝子が後成的な影響によって活性化される可能性がある。そして第三に、ゲノムの不安定性が誘発されるのかもしれない。

一の可能性は、レトロウイルス配列要素の活性化が観察されなかったので否定された。メチル化の減少によって誘発されるT細胞リンパ腫の大部分ではc- Mycタンパク質が過剰に発現されていることがわかっていたが、調べた18種のT細胞リンパ腫のいずれにもc-Myc遺伝子座の再編成は見られなかった。この結果は、モロニーマウス白血病ウイルス(MMLV)が誘発する腫瘍の場合と対照的で、MMLV誘発性腫瘍では12例のうち3例に挿入によるc-Myc遺伝子の再編成が起こっていた。原癌遺伝子の活性化が後成的な機構によって起こるとする第二の可能性も考えにくかった。メチル化の減少は発生の全過程で起こり、2〜4週齢のマウスの胸腺では正常量のc-Mycタンパク質が発現されていたからである。

方、メチル化の減少はゲノムの安定性に影響を与えるという証拠はすでにあった。 Jaenischらは、塩基配列に基づいた比較ゲノムハイブリダイゼーションを実施し、このことを確認した。メチル化の減少に誘発された腫瘍をMMLV誘発性腫瘍と比較したところ、染色体増加が顕著に観察され、特にc-Myc遺伝子が含まれる第15染色体の三染色体性が増加していた。この変化が見られなかった腫瘍は12の腫瘍のうち2つだけで、この2つの腫瘍はc-Mycタンパク質の発現量も低かった。

のように、メチル化の減少がゲノムの不安定性を誘発して腫瘍形成を引き起こすことがあるようだ。同じScience誌に掲載されたJaenischらのグループによるもう1つの研究報告から、この考えはさらに支持される。腫瘍になりやすいマウスではNf1およびTrp53という癌抑制遺伝子のヘテロ接合性が原因でメチル化の減少が癌を促進することが明らかにされたのである。これは、メチル化の減少がヘテロ接合性の消失率を上昇させるためである。Jaenischらの研究結果を考慮すると、癌の治療に脱メチル化剤を使うのは再考すべきかもしれない。

doi:10.1038/nrc1103

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