Research Highlights

生きるか死ぬか

Nature Reviews Cancer

2002年6月1日

c-Myc癌遺伝子は、細胞増殖とアポトーシスの両方を誘導することができ、生と 死の間の微妙な境界を制御している。しかし、c‐Mycに誘導される細胞死が、実際に 腫瘍増殖を抑えられるかどうかは、わかっていない。今回、Stella Pelengarisら が、c-Myc誘導性アポトーシスによって本当に腫瘍形成が妨げられることと、アポト ーシスのスイッチを切るとc-Mycの腫瘍形成能が抑制されないで進行することを示し た。

-Myc遺伝子を4‐ヒドロキシタモキシフェン(4-OHT)応答性エストロゲン受容 体に融合させておく(c-MycERTAM)と、4-OHTの腹腔内投与に続いて融合タ ンパク質が活性化される。このスイッチ切換えが可能なc-Mycに、pInsインスリ ンプロモーターを利用してマウスの膵臓β細胞を特異的標的として攻撃させた。

-Mycを誘導すると、最初は細胞増殖が起こったが、これに伴ってしだいにアポトー シスが進行し、最終的にはβ細胞が除去され、インスリン産生細胞の消失によって高 血糖症が引き起こされた。おもしろいことに、4-OHTの使用を止めるとc-Mycのスイッ チが切れて膵島がすみやかに再生され、血中糖濃度が正常値に戻った。

ポトーシスの勢いが細胞増殖より強いのならば、アポトーシスを阻害すれば増殖が 抑制されずに進行するはずだ。アポトーシスを阻害するBcl‐xL遺伝子をラ ットインスリンプロモーター(RIP7)の制御下で発現させ、この仮説を調べてみた。 pIns-c-MycERTAM/RIP-Bcl‐xL遺伝子導入マウスは、4-OHTを投与す るまでは正常な膵島を形成していたが、4-OHTを投与した時点で膵臓β細胞全体で細 胞増殖が誘導された。アポトーシスがBcl-xLによって阻害されたため、7日以内 に過形成が生じた。

かし、抑制を解除されたc-Mycの発現は、複数の変異の累積効果が必要とされる腫 瘍形成を誘導することができるだろうか。pIns-c-MycERTAM/RIP-Bcl-x Lマウスの膵臓β細胞では、過剰増殖だけでなく、インスリン産生の減少によっ て起こるような脱分化と、広範囲にわたる血管新生も見られた。細胞間接着分子の E‐カドヘリンの発現も消失していた。E‐カドヘリンの消失は、細胞間接触の消失と 浸潤の必須条件である。したがって、c-Mycは、癌の顕著な特徴のいくつかを直接誘 導することができるようだ。c-Myc発現を誘導して2週間後に、pIns-c-MycER TAM/RIP-Bcl-xLマウスは膵臓腫瘍を発生し、8週間目までに腫瘍が肥大 して血管が新生され、局部の血管と排出リンパ節に局所的浸潤部位が見られた。 このように、固有のアポトーシス活性が制限されていれば、c-Mycという単一の 癌遺伝子が発現するだけで、発癌の段階のいくつかが誘導される。ところで、腫瘍が いったん形成されたら、その腫瘍の維持にもc-Mycは必要なのだろうか。c- Mycを誘導して14日後にc-Mycのスイッチを切ると、腫瘍形成過程の逆転が起こ った。すなわち、β細胞が細胞周期から退去し、E‐カドヘリンが再び発現され、細 胞は細胞間接触を再建し、内皮細胞とβ細胞はアポトーシスを起こして消滅した。 c-Mycを8週間発現し、リンパ節に浸潤した広範な腫瘍があったマウスでさえも、 c-Mycの不活性化に引き続いて完全に回復した。

れらの結果は、発癌は多数の変異が必要な多段階過程であるという共通認識に異議 を唱えることになる。その代わり、アポトーシスが抑制されていれば、増殖の抑制を 解除する単一の癌遺伝子の発現の抑制が解除されて発癌が起こる可能性があることを 示している。ほかのふつうの変異型癌遺伝子でもこのことが本当だとしたら、新しい 癌治療法はこれらの数少ない決定的分子標的の阻害をめざすべきである。

doi:10.1038/nrc827

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