Highlight

人がしゃべる時

Nature Reviews Neuroscience

2003年8月1日

おそらく、ほとんどの人は、言おうとしたことを「その通りに発音できなくて」恥ずかしい思いをしたことが、これまでに何度もあるにちがいない。でも一般的に私たちの脳は、言おうとしたことを確実に音として外部に発生させることを非常に得意としている。最近まで、この過程は、聴覚フィードバックに大きく依存していると考えられていたが、S. Tremblay、D. OstryたちがNatureに発表した研究論文では、発話において体性感覚入力も重要な役割を果たしている可能性があるとされる。
Tremblay et al.の研究では、被験者に、なじみのない単語("siat"−「シーアット」と発音する)の発音練習をさせた。そしてロボットアームを使って、あごに機械的負荷をかけた。その結果、あごの動きは攪乱されたが、被験者が発音する「siat」の音響特性に検出可能な程度の影響は見られなかった。さらに実験時間が経過すると、あごの動きが攪乱状態に適応するようになり、負荷が加えられる前の発音時の動きに戻った。
次に、この適応に聴覚フィードバックが関与していないことを確かめるため、Tremblay et al.の研究では、第2の被験者グループに、声を出さずに「siat」と発音するための口の動きだけをしてもらった。その結果、音を出すという目標がなくても、適応は起こった。またTremblayたちは、第3の被験者グループに対し、発話とは無関係で、なじみのないあごの動きをするように訓練した。興味深いことに、この場合には適応は見られなかった。このことは、あごに負荷が加わっても、それが補われてしまうのは、あごの動きが発話に関連している時だけであることを示している。
さらにTremblay et al.の研究では、発話が、聴覚情報だけでなく、脳があごの位置を把握しているかどうかにも依存していることが明らかにされた。このことは、大人になってから耳の聴こえなくなった人の場合に、聴覚フィードバックが失われて長い時間が経った後でも会話能力を失わないケースが多い理由を説明しうると思われる。このTremblayたちの研究は、言語療法にとって重要な意味を含んでいる可能性もある。例えば音を出すという目標ではなく体性感覚的な目標に焦点を当てた治療法を行うことで、生まれつき耳の聴こえない人々が会話能力を獲得しやすくなるかどうかを調べれば、興味深い結果が得られるかもしれない。

doi:10.1038/fake518

「レビューハイライト」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度