注目の論文

量子コンピューティング:有用性を期待できる近未来の量子処理に向けた前進

Nature

2023年6月15日

Quantum computing: Steps towards potentially useful near-term future quantum processing

誤り訂正を実装せずに、古典計算よりも優れた結果を出せる量子プロセッサーが実証されたことを報告する論文が、今週のNatureに掲載される。IBMの127量子ビットのプロセッサーが、高度にエンタングルした量子状態を生成し、この量子状態の期待値(繰り返し実験の結果の推定平均値)を測定できることが実証された。これは、現在最高の古典計算法の能力を超えている。この実証実験は、量子プロセッサーが近い将来、フォールトトレランス(誤りを回避でき、または迅速に修正して制御できる量子コンピューターの動作)がなくても、一部の特定の計算に役立つ可能性があることを示している。一方、フォールト・トレラント・コンピューティングの実現にはさらに何年もかかる可能性が高い。

量子コンピューティングの重要な目標の1つは、特定のタスクを従来のコンピューターよりも効率的に実行することであり、この目標を達成するためには、一定数の実用上の課題に取り組む必要がある。例えば、誤り率を低く抑えることや、量子コンピューターのサイズを大きくしつつ量子「雑音」(基盤となるシステムや環境からのかく乱)をなくすことだ。誤りと雑音は、古典計算に対する量子コンピューティングの優位性を低下させ、消失させてしまう。フォールトトレランスは、既存の技術では実現できていない。既存の量子プロセッサーは、具体的だが、わざわざ考案された問題の実行においては、古典的プロセッサーよりも性能が優れていることが示されているが、現在または近未来の雑音の多い量子コンピューターが、例えば研究目的に役立ち得る量子計算を実行するために十分かどうかについては、議論が続いている。

今回、Andrew Eddins、Young-seok Kim、Abhinav Kadalaらは、この量子チップが、古典近似では性質を確実に推定できないような複雑な量子状態を、確実に生成、操作、測定できることを示す証拠を提示している。今回行われた実証実験では、古典的コンピューターでは実行困難な一部の具体的な問題(物理モデルの研究など)に関して、誤り訂正が行われなくても、量子コンピューターを使って問題を実行できる段階に既に達している可能性のあることが示唆された。著者らは、127量子ビットのプロセッサーを使って、約2800の2量子ビットゲート(古典的コンピューターの論理ゲートに相当する量子的なもの)を含む深さ60層の回路を実行する実験を行った。このような量子回路は、高度にエンタングルした大きな量子状態を発生させるが、これを数値近似によって確実に再現しようとすると、古典的コンピューターでは能力不足となる。著者らは、この量子コンピューターを使って、期待値を測定することで、こうした量子状態の特性を正確に推定できることを示した。計算に支障が生じるほど多くの誤差を発生させずに、このような大きな量子状態を生成して、測定できるようになったのは、作製されたチップの品質の高さと、雑音を補正する分析後の処理方法があったからだ。

同時掲載のNews & Viewsでは、Göran WendinとJonas Bylander が、「この研究における基本的な量子優位性は、速度よりもスケールにある。127量子ビットを使用することで、古典的コンピューターのメモリでは足りない巨大な状態空間に問題を符号化できた」と指摘している。

doi: 10.1038/s41586-023-06096-3

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