運動によって誘導される分子が食欲を抑制する
Nature
2022年6月16日
An exercise-inducible molecule that suppresses appetite
マウスを使った研究で、食物摂取量と肥満を効果的に減らす作用のある代謝物が特定され、運動をしている間に産生されることが明らかになった。この知見は、運動と空腹感の相互作用の根底にある生理的過程の理解を深めることになる。この研究を報告する論文が、Nature に掲載される。
身体活動は肥満や肥満関連疾患を予防することが証明されている。エネルギー需要が増加すると、体内で、より多くのカロリーを消費する必要があるからだ。しかし、ヒトの生理と代謝の健康状態に対する身体運動の長期的な利益については、解明があまり進んでいない。今回、Jonathan Longたちの研究グループは、マウスに激しいトレッドミル走をさせてから血漿中代謝物の包括的な分析を行った。最も顕著に誘導された代謝物は、乳酸(筋肉の灼熱感の原因となる激しい運動の副産物)とフェニルアラニン(タンパク質の構成要素の1つであるアミノ酸)から合成される修飾アミノ酸Lac-Phe(N-ラクトイル-フェニルアラニン)だった。
そして、(高脂肪食を与えた)食餌性肥満のマウスに多量のLac-Pheを投与する実験が行われ、その後の12時間の観察で、このマウスの摂餌量が対照マウスと比べて約50%抑制されたが、その運動とエネルギー消費は影響を受けなかったことが判明した。また、食餌性肥満のマウスにLac-Pheを10日間投与する実験では、累積摂餌量が減少し、(体脂肪の減少によって)体重が減少し、耐糖能が改善した。さらにLongたちは、Lac-Pheの産生に関与する酵素を特定し、この酵素を欠損したマウスは、身体運動計画による体重減少効果が、同じ身体運動計画に従っている対照マウスほど大きくなかったことを明らかにした。ただし、Lac-Pheの食欲抑制効果は、身体運動後にのみ存在し、ほとんど体を動かさない状態では観察されず、高脂肪食で肥満になったマウスにおいてのみ観察された。
身体活動後の血漿Lac-Phe値の確実な上昇は、競走馬とヒトでも観察された。身体運動をしたヒトのコホートから得られたデータによれば、血漿Lac-Phe値の上昇幅は、疾走トレーニングをした後が最も大きく、それに続いてレジスタンストレーニング(筋トレ)、持久力トレーニングの順だった。ただし、Lac-Pheの代謝的効果は、ヒトコホートでは検討されなかった。Longたちは、今後Lac-Pheの作用の下流経路を明らかにし、新たな治療機会とヒトの健康に対する身体活動の有益な効果を明らかにするための新たな手掛かりを得るために研究を重ねていく必要があると結論付けている。
doi: 10.1038/s41586-022-04828-5
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