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脳卒中:高脂血症と大脳小血管疾患

Nature Reviews Neurology

2010年6月1日

Stroke Hyperlipidemia and cerebral small-vessel disease

脳卒中の危険因子としての高脂血症の役割に関しては未だ明らかにされていない。今回、急性期虚血性脳卒中の患者を対象として、高脂血症の既往歴とMRI 診断による白質高信号域との関連性について検討した新たな後方視的試験が実施された。本研究の結果からは、大脳小血管疾患に対して高脂血症が保護的な役割を担っている可能性が示唆されている。

高脂血症は心血管系疾患の確立された危険因子の一つであるが、脳卒中の危険因子としての強度についてはほとんど明らかにされていない。確かにいくつかの試験からは、コレステロール低値が頭蓋内出 血のリスク増大と関連していることが示されている。Leukoaraiosis とも呼ばれる白質高信号域(WMH)は、MRI 脳画像で高信号を示す病巣(水抑制反転回復MRI またはT2 強調MRI によって得られる)であり、白質の損傷を示している。WMH は、認知症、脳卒中および死亡を含む多血管系の予後と関連している。WMH は小血管疾患のマーカーであるにもかかわらず、神経変性や炎症と関連したものを含む非血管 性の状態からも生じる。Jimenez-Conde ら2 は、後方視的な横断研究において、急性期虚血性脳卒中患者では高脂血症とWMH が逆相関を示すというエビデンスを明らかにしている2。

Jimenez-Conde ら2 は、MGH コホート(米国のMassachusetts General Hospital 救急部の631 例)およびHMコホート(スペインのBasicMar registry atthe IMIM-Hospital Universitari del Mar の504 例)という急性期虚血性脳卒中患者の2 つの独立した病院コホートにおいて評価を行った。本試験への組み入れに際して、患者は神経学的画像診断(脳卒中発症7 日以内)によって確定診断された急性期虚血性脳卒中であること、高血圧や糖尿病のような血管系の危険因子について完全な情報が得られていること、WMHの定量的測定を妨げる可能性のある頭蓋内出血または 非血管系疾患(新生物、脱髄疾患および自己免疫疾患、ならびに血管炎を含む)を有していないこと、という基準をすべて満たすこととした。2 つのコホートではそれぞれ、WMH の定量的測定に異なる方法が 用いられた。つまり、MGH コホートでは容積測定法、HM コホートではFazekas スケールを用いた半定量的視覚スコアリング法である。多変量解析(年齢、性別、高血圧、冠動脈疾患、心房細動、脳卒中の既往、喫煙、飲酒を調整)の結果、いずれのコホートにおいても、高脂血症の既往歴のある患者では有意にWMHの重症度が低いことが示され(P < 0.01)、この結果からJimenez-Conde ら2 は、大脳小血管疾患に対して高脂血症は保護的に働く可能性があると結論づけている。

見かけ上は矛盾しているが、Jimenez-Conde ら2の研究結果は、いくつかの大規模な疫学研究において高脂血症がWMH の進展に保護的に働く3 ことを示唆した過去の知見と一致するものである。Cardiovascular Health Study では、HDL コレステロール高値およびLDL コレステロール低値はWMH の増大と関連していた。今回行われた研究は、高脂血症の既往歴に基づいたものであり、それぞれの脂質分画の影響の差異については言及していない。

脳卒中のサブタイプによってWMH は異なり、これらの異常は灌流域梗塞よりもむしろラクナ梗塞に関連している傾向にある。高脂血症は大血管系および小血管系の脳卒中の病型のいずれとも関連してい る5 が、大脳小血管疾患に関連した血管系の危険因子は、大血管疾患の危険因子とは異なっている可能性がある。論文ではそれぞれ異なる研究で、高コレステロール血症は小動脈の閉塞と相関し、大血管系の脳卒中とは正の相関を、心原性脳卒中とは負の相関を示す、といった相違がみられる。

Jimenez-Conde ら2 は脳卒中の病型に関する情報は示していない。つまり、高脂血症の既往歴がWMH の程度が小さいことと関連するという事実が、彼らの後方視的研究で用いたコホートでの脳卒中の病 型を一緒にすることで説明し得るものであるのかどうかは不明である。2 つの独立したコホートでは、年齢や血管系危険因子によってWMH の程度は異なっていたが、高コレステロール血症と白質病変の程度との 関連性がこれらの因子によって変わるという可能性に関しては考察されていない2。例えば、高齢の患者ではWMH の程度はより大きかったが、高脂血症の有病率は低かった。選択バイアスも研究結果に影響を及ぼす可能性がある。例えば、最終的に解析の対象となった被験者とデータが不完全または不適切なために解析から除外された被験者(最初の時点で本試験への参加同意を得た患者の1/3)では、高脂血症の有病率や WMH に関して差異が生じている可能性がある。

年齢、脳卒中の重症度および心房細動は、急性期虚血性脳卒中後の予後不良と関連することが知られているが、高脂血症やその他の血管系危険因子が及ぼす影響についてはほとんど明らかにされていない。し かしながら、Copenhagen Stroke Study では、コレステロール高値は、脳卒中の重症度および死亡率が低いことと関連していた。今回の研究2 では、虚血性脳卒中の約30%の症例はMRI のデータが欠損また は不適切であったため、除外されていたが、一見するとこれらは高脂血症の既往歴とWMH の程度との関連性に影響を及ぼすような因子ではないと思われる。患者の脳卒中の重症度が適切なMRI のデータの 採用状況と関連するかどうかは不明であるが、もしそうであるならば、高脂血症の既往歴とWMH とが関連することは間違っていたことになる。もし、高脂血症を有する患者では脳卒中の重症度が低く、より重 症度が高い脳卒中患者ではWMH の程度がより大きいが適切なMRI データがほとんどなかったのであれば、Jimenez-Conde ら2 が示した高脂血症の既往歴はWMH の程度が小さいことと関連するという知見 は、より重症度の高い脳卒中を選択的に除外したためであると考えられる。

一見すると矛盾する、高脂血症の既往歴とWMHの程度が小さいこととの関連性を説明するもう一つの点としては、個々が有する遺伝的なリスクが考えられる。例えば、アポリポ蛋白E(APOE)はコレステロ ールおよびトリグリセリドの代謝に重要な役割を担っている。APOE ε2 対立遺伝子を有する人はこの対立遺伝子を有していない人に比べて、総コレステロール値やLDL コレステロール値が低く、スタチン療法に よって得られるLDL コレステロールの低下が大きく、冠動脈疾患の発症リスクが低い8。また、APOE ε2 対立遺伝子は白質疾患の罹患とも独立して関連しており、この対立遺伝子の保有率は特に中等度~重度の白質疾患を有する患者で高い。一見矛盾する高脂血症とWMH との関連性への遺伝的関与を明らかにするためには、虚血性脳卒中患者および一般母集団の両方を対象としたさらなる研究が必要である。

結論として、Jimenez-Conde ら2 による研究は、脂質レベル、小血管疾患および虚血性脳卒中の間に複雑な相互作用があること(公衆衛生の観点でも重要な関連性がある分野)を強調している。さらなる研究、すなわち反復測定した脂質値を用い、もし可能なら脳卒中の発症後にできるだけ早く脳MRI 検査を行い、使用薬剤にも注意を払い、これらの点に関して治療中の高脂血症患者と未治療の高脂血症患者を比較することによって、WMH と血清脂質値との関連性を調べる必要がある。また、脂質プロファイルや発症する虚血性脳卒中の病型は民族間で異なっている可能性があることから、このような研究には人口統計学的な 背景や血管系の危険因子が異なる母集団を含めるべきである。WMH が脳卒中や認知症の予測因子として重要であるという知見(これは特定の脂質分画が保護的な作用を持っているかどうかを理解する上で必須で ある)が得られれば、この情報はこれらの疾患の治療ガイドラインに影響を及ぼすことになるであろう。

doi:10.1038/nrneurol.2010.70

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