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パーキンソン病:パーキンソン病の遺伝子治療における新手のプレーヤー

Nature Reviews Neurology

2010年1月1日

PARKINSON DISEASE Another player in gene therapy for Parkinson disease

遺伝子治療は、いくつかの神経疾患、とりわけパーキンソン病に関する臨床試験で検討されている。パーキンソン病の霊長類モデルの研究において、細胞外ドパミン濃度の回復を目的としたレンチウイルスベクター使用後の運動障害の改善が報告されている。現在、ヒトにおけるこのアプローチの有効性を評価するための臨床試験が進行中である。

遺伝子治療は、過去10 年にわたり、さまざまな疾患に対する有望な治療法として再登場してきた。神経疾患の場合、遺伝子治療の臨床試験の大部分はパーキンソン病(PD)に焦点を当てている。現在のところ、ウイルスベクターを脳へ運ぶには外科的注入が必要であり、PD はルーチンに脳神経外科治療の対象となる唯一の神経変性疾患であることから、この疾患は特に魅力的な遺伝子治療の標的となっている。さらに、新たな治療法の試験に、ヒト疾患を精確に反映するいくつかのPD 動物モデルを利用できる。一般的に、これらのモデルは、ヒト疾患で認められるドパミン作動性ニューロンの消失と、その結果として生じる大脳基底核機能異常に似た症状を呈する。今回Jarraya らは、PDの霊長類モデルを用いて、ドパミン濃度の回復を目的に、一つのウイルスベクターにより複数の遺伝子を被殻に運ぶ新たな遺伝子治療の検討を行った。この研究によってもたらされた良好な結果から、ヒトにおけるこのアプローチの有効性が有望視される。

現在まで、ヒトを対象に3 種の異なったPD の遺伝子治療法が検討されてきた。これら治療法はすべて遺伝子輸送体としてアデノ随伴ウイルス(adenoassociated virus: AAV)ベクターを用いている。第1 のアプローチでは、大脳基底核回路に正常な生理的機能を回復させるため、グルタミン酸デカルボキシラーゼ遺伝子を視床下核(従来の脳深部刺激手術において現在選択されている標的)に移入した。この第I 相 試験において、治療後の患者に有意な臨床的およびX線上の改善が認められ、また無作為化盲検第II 相試験が現在進行中で、結果は本年後半に得られるものと期待される。第2 の遺伝子治療アプローチでは、グリア由来神経栄養因子に類似した成長因子であるneurturinを被殻で発現させた。この第I 相試験は、残存するドパミン作動性ニューロンからの新芽形成を促進することによりPD 症状を改善すること、また細胞死の低減によって病勢の進行を遅延させることを目的としていた。この試験では、さまざまな臨床評価尺度において経時的に顕著な改善が患者で報告された。しかし、neurturin 療法は、第II 相試験において主要エンドポイントを達成することができなかった(試験スポンサーの発表による)。2 番目の第II 相試験が提案されている。もっとも最近では、神経伝達物質が局所的に必要となる部位でのレボドパのドパミンへの変換を促進することを目的に、芳香族L-アミノ酸デカルボキシラーゼ(AADC)遺伝子が被殻に移入された。この第I 相試験では、治療後の患者における臨床的およびX線上の改善が報告されている。

AAV ベクターを介した単一遺伝子導入の代わりに、Jarraya らは、ドパミン合成に必要な3 つの遺伝子すべて、すなわちチロシンヒドロキシラーゼ(TH)、AADC およびグアノシン5’-三リン酸シクロヒドロラ ーゼ1(GCH1)を搭載したレンチウイルスベクターを用いた。レンチウイルスベクターは特定のレトロウイルスベクターのクラスに属し、非分裂細胞に遺伝子を導入することができる。レンチウイルスファミリー にはHIV が含まれるが、Jarraya らは、多くの動物試験で安全性が確認されているウマ伝染性貧血ウイルス由来のベクターを用いた。ドパミン作動性神経毒である1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrohydropyridine(MPTP)の全身投与によってパーキンソン症候群を誘発したマカクザルの被殻にベクターレンチ-THAADC-GCH1 が注入された。ベクターを投与されたサルにおいて、ヒトPD で典型的に認められる振戦および動作緩慢などの症状に顕著な改善が認められた。これらの効果は1 年間にわたって安定してみられた。しかし、1 匹のサルでは1 年を超えて効果が持続し、4 年後においても改善を示した。

レンチウイルスベクターを用いることにより、Jarrayaらは単一ベクター中の3 つの遺伝子すべてを送達することができた。これは、他のベクターの使用した場合には得られない技術的利点と考えられる。実際、 AAV では、霊長類を用いた以前のPD 研究において同様の有望な結果が得られていたが、ベクターのサイズが小さいため、3 つのドパミン合成遺伝子を送達するために複数のベクターが必要であった5。ヒトでは、レンチウイルスアプローチから特有の利点がいくつか得られると考えられるが、レンチウイルスの安全性プロファイルと宿主ゲノムへのレンチウイルス組み込みの長期的結果はいずれも明らかにされていない。

多数の報告において、多くの治療法、とりわけ被殻ドパミン伝達を増加させる細胞移植や遺伝子治療は、霊長類MPTP モデルで症状を改善できることが示されている。Jarraya らの研究は、関連投薬量、タイミ ングおよび有害作用を含め、ヒトの患者で認められる可能性がある状態を再現するためにきわめて包括的な試みを行っていることから注目される。長期のレボドパ投与はいくつかの有害作用、特に異常な不随意運動(ジスキネジア)を引き起こす。そのような症状がレボドパを投与した対照マカクザルに認められても、レンチ-TH-AADC-GCH1 の注入はジスキネジアを引き起こさなかった。さらに、ドパミン作動性薬物は レンチ-TH-AADC-GCH1 注入サルにジスキネジアを引き起こさず、レボドパ誘発ジスキネジアを呈するマカクザルへの遺伝子治療の施行によりこの有害作用が60%低減した。Jarraya らは、レンチ-TH-AADCGCH1注入サルにジスキネジアが起こらなかった原因は持続的なドパミンの産生と放出によるものであり、経口レボドパの定期的摂取で生じる間欠的なドパミンスパイクとは対照的であると考えている。この見解を支持するものとして、AADC 単独を用い、定期的経口レボドパ治療の継続を必要とする遺伝子治療により、霊長類PD モデルでジスキネジアの増加が認められた。

Jarraya らによる研究の結果およびその他のデータに基づいて、PD に対するレンチ-TH-AADC-GCH1の被殻内送達の第I-II 相臨床試験が開始された。PDに対する他の有望な生物学的療法の歴史が示すよう に、動物における有望な結果を臨床試験で成功させることは難しい。胎児細胞移植はPD に対する潜在的に重要な治療法であると長い間考えられてきており、PD の動物モデルによる強力なデータがこの見解を裏 付けていた。しかし、ヒトにおいては、胎児細胞移植はPD 患者のサブセットだけに有効で、一部の患者はoff 状態でかなりのジスキネジアを発現した。興味深いことに、胎児細胞移植を受けた患者の一部では、 PET スキャンにより、移植細胞が生存しておりドパミンを産生していることが確認されていた。持続的なドパミン産生がジスキネジア発現の可能性を低減するとのJarraya らの仮説を考えると、これらの患者 になぜこのような不随意運動が生じたのかは不可解である。考えられる説明の一つは、外因性の胎児ニューロンと内因性の固有ニューロンの間でドパミンの産生と放出にばらつきがあることである。あるいは、霊長類とヒトの被殻の差異が、この脳部位をターゲットにした胎児細胞移植と遺伝子治療における矛盾した反応がみられる説明になると考えられる。

霊長類の研究から得られた有望な結果を成功裏に効果的な臨床治療に結びつけることは、今までのところ、遺伝子治療や細胞治療を含むPD に対するさまざまな新しい外科的治療に関しては見込みがない。それでもなお、多くの有望な遺伝子治療研究が進行中であることは心強い。事実、Jarraya らは、彼らの進行中のヒト試験がPD 遺伝子治療の分野にさらなる進展をもたらす助けとなることを示唆する有力な非臨床のエビデンスを提供している。

doi:10.1038/nrneurol.2009.214

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