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多嚢胞性卵巣症候群:診断のためのステロイド評価

Nature Reviews Endocrinology

2010年6月1日

BIOMARKERS Polycystic ovary syndrome steroid assessment for diagnosis

アンドロゲン過剰症は多嚢胞性卵巣症候群の重要な病理学的特性であるが、女性におけるアンドロゲン過剰の診断評価には問題があり、実診療でルーチンに用いられている生化学分析は概して役立たないとみなされている。代わりにエストロゲン測定を新しい診断法として採り入れる時期にきているのかもしれない。

一般的な内分泌疾患である多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)ではアンドロゲン過剰が主な病態として観察されるが1、性ステロイドの合成および代謝の広い範囲で障害が生じることも知られている。したがって 血中アンドロゲンまたはエストロゲンのほぼすべての化合物に関して、PCOS 診断に有用かどうかの検討が行われている。性ステロイドの血中濃度はさまざまであり、加えて市販の免疫測定法を用いても女性にお いてアンドロゲン値を正確に測定することはできない。Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism 誌に発表された研究者らは、種々の性ステロイド値のPCOS 診断における感度と特異度について評価し、最も有用な内分泌マーカーの特定を試みた。現行の国際的コンセンサスにおける基準では、 PCOS は原因不明のアンドロゲン過剰症(すなわち、クッシング症候群といった既知の病理学的もしくは薬学的原因とは無関係のアンドロゲン過剰症)、慢性無排卵、多嚢胞性卵巣の3 つの特性のうち、少なくと も2 つを有する場合をさす1。アンドロゲン過剰症では臨床的には多毛症が出現し、生化学的には血清アンドロゲン値の上昇が認められる。しかし、臨床的または生化学的なアンドロゲン過剰症の判定は困難であ り、不正確なことが多い。多毛症の評価はきわめて主観的な可能性があり、民族性の影響や脱毛のための美容術のせいで確認できないこともある。一方、血清アンドロゲン値の生化学的測定は、PCOS におけるアンドロゲン過剰症評価において最も頻用されている手法である。このアプローチ法では直接遊離テストステロンを測定する免疫測定法も使用可能だが、通常はindividual immunoassay によって総テストステロンと性ホルモン結合グロブリン(SHBG)の血清中濃度を分析し遊離テストステロンを算出する。しかし、市販の免疫測定法は健常成人男性の血清テストステロン値を測定するようデザインされたものであり、女性の血清中に低濃度で存在するテストステロンを測定するには正確とはいえない。PCOS 女性のテストステロン値はPCOS を有さない女性に比べて約2 ~ 3 倍高いが、それでも健常男性の平均範囲を遥かに下回っている。実際に市販の測定法は小児や高齢者、低アンドロゲン症男性のテストステロン測定にも適していない。その不正確さが十分に実証されているにもかかわらず、市販の免疫測定法による総テストステロンおよび遊離テストステロン測定はPCOS 診断においてルーチンに行われ続けており、PCOS に関連する研究でも頻用されている。市販の免疫測定法の感度はますます疑問視されつつあり、時間や費用を無駄にしているのではないだろうか。

Stener-Victorin らは74 例のPCOCS 女性およびPCOS を有さない31 例の女性を対象に横断研究を実施し、血清中の性ステロイド前駆体、エストロゲン、アンドロゲン、およびそれらの主な代謝物について分析した。なお、非結合型ステロイドはガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)を用い、結合型ステロイドは液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC-MS/MS)を用いて分析した。この方法では種々のマーカーが包括的に含まれ、PCOS 女性における血中性ステロイド化合物濃度の上昇を網羅的に確認することが可能である。実際にPCOS 女性では、PCOS を有さない女性に比べていずれのステロイド マーカー値も有意に上昇した。とはいえ、年齢やBMI を考慮に入れたロジスティック回帰分析を行うと、PCOS と独立して関連していたのは不活性型エストロゲン代謝物であるエストロン値と遊離テストス テロン値だけであった。特にエストロンはROC 分析によるオッズ比が最も高く、感度・特異度も良好であり、PCOS を有する患者と有さない患者との間のオーバーラップの程度が最も低かった。PCOS を有する 患者と有さない患者との区別における感度および特異度が最も高かったのは、血清エストロン値の上昇(>50 pg/mL)と遊離テストステロン値の上昇(> 3.3 pg/mL)による組み合わせであった。

Stener-Victori らの試験において、遊離テストステロン値はエストロン値とほぼ同等の診断能を有していた。しかし、遊離テストステロン値は血清総テストステロン値(GC-MS で測定)と血清SHBG 値(ラジオイムノアッセイで測定)という2 つの生化学測定値から算出されたものであったため、エストロン値を用いるほうがより経済的かつ正確と考えられる。予想されたとおり、市販の免疫測定法による遊離テストステロンの直接測定は、算出した遊離テストステロン値に比べて診断能が劣っていた。PCOS といった疾患の生化学的診断を正確に行うためには質量分析が有用であること示す知見が増えつつあり、こうした分析では検出感度の高い分析物を用いることが求められる。

質量分析によるステロイド測定には、GC-MS やLC-MS/MS などさまざまな手法を用いることが可能である。非結合型ステロイドは、高度の揮発性化合物(GC-MS に必須)と非揮発性化合物もしくは結合型 化合物(LC-MS/MS に適する)の間の範疇に分類されるため、どちらの方法でも測定できるが賛否両論もある。Stener-Victorin ら2 の試験では総テストステロン値をGC-MS で測定したが、最近のBarth ら6の試験ではLC-MS/MS で評価している。これらの総テストステロン値から算出された遊離テストステロン値は、いずれもPCOS の診断における感度も特異度も高かった。どちらの方法がより優れるかはまだ明ら かでないが、LC-MS/MS のほうが臨床応用に好ましいとされつつある。両試験とも総テストステロン値の測定のみを強調しているが、感度の高い方法だとしてもSHBG 値を考慮しないことにはPCOS 診断に十 分とはいえない。

Stener-Victorin らの試験からはPCOS の領域においてきわめて興味深い疑問が提起される。つまり、このアンドロゲン過剰を伴う疾患の診断で重要な分析物は、アンドロゲンではなくエストロゲンではないか、という疑問である。Stener-Victorin らの試験で目新しい点はエストロンを測定したことで、PCOS 女性の判別において同値は算出された遊離テストステロン値よりもわずかながら優れていた。エストロンはアンドロステンジオンまたはエストラジオールの代謝物で(図1)、アンドロステンジオンとエストラジオールはいずれもPCOS 女性患者において顕著に上昇していたが、有意な監別診断能は有していなかった。

Stener-Victorin らはエストロンの上昇が、PCOS女性でみられるゴナドトロピン分泌異常を増悪させている可能性について考察している。エストロンの上昇がPCOS 発症に寄与しているのかどうか、それとも 身体からより活性型のステロイドが除去されたことに対する単なる反応であるのかは不明である。とはいえ、エストロンはPCOS 診断において最良かつ最新の生化学マーカー候補となろう。

結論としてStener-Victorin らの試験は、PCOS 女性におけるステロイド測定のための簡便かつ感度・特異度が高く、再現可能な方法を確立するために必要な先駆的な試験といえる。強力な診断マーカーがあれば短期の研究の実施が容易になり、多嚢胞性卵巣および慢性無排卵症を基にPCOS と診断されたもののアンドロゲン過剰の徴候が認められない女性において、現行の評価法では検出できない軽度のアンドロゲン過剰が実際にあるかどうかを判断するという難しい問題を解決する手立てとなろう。長期的には、PCOS の臨床診断に質量分析を加える前にさらなる試験を行い、基準範囲を確立する必要がある。

doi:10.1038/nrendo.2010.68

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