Research Highlights

肺へはどうやって行くの?

Nature Reviews Cancer

2008年6月1日

Which way to the lungs?

原発腫瘍からの転移はなぜ、特定の臓器に限定されるのだろうか。これまで多くの説明がなされてきたが、どれも矛盾点を払拭できずにいる。そんな中でDavid Paduaらはこのほど、形質転換増殖因子β【特殊文字ベータ】 (TGFβ【特殊文字ベータ】)が原発性乳がんの転移で果たす役割を明らかにした。

TGFβ【特殊文字ベータ】は低酸素条件下の腫瘍微小環境から分泌され、腫瘍の増殖を支援したり、反対に阻害したりすることがわかっている。Paduaらは、TGFβ【特殊文字ベータ】応答シグネチャ(TBRS)(TGFβ【特殊文字ベータ】シグナル伝達経路の標的である153個の遺伝子群)を明らかにし、サイトカインが発がんに及ぼす作用を類別した。重要なのは、後に肺転移が起こった患者のエストロゲン受容体陰性(ER)乳がん検体で、TBRSの発現レベルが高かったことである。Paduaらは、TGFβ【特殊文字ベータ】シグナル伝達と肺転移とのつながりを確かめるため、肺に転移することがわかっているLM2乳がん細胞のTGFβ【特殊文字ベータ】シグナル伝達経路の構成要素を破壊した。この変異LM2細胞をマウスへ注入したところ、LM2肺浸潤は大幅に抑えられた。これに対して、通常のLM2細胞をTGFβ【特殊文字ベータ】と共にインキュベートしたものでは、骨ではなく肺への播種が加速した。

TGFβ【特殊文字ベータ】シグナル伝達のどの標的が、ER乳がん細胞に転移を起させるのだろうか。Paduaらは、サイトカインのアンジオポエチン様タンパク質4 (ANGPTL4)が、肺転移しやすいがん細胞に特徴的とされる遺伝子群にも、TBRSにも属していることに注目した。また、ANGPTL4の発現が内皮細胞間結合を切り離すこと、ANGPTL4が過剰発現する乳がん細胞は、通常の腫瘍細胞の2倍の速さで内皮層を通過することを明らかにしている。さらに、ANGPTL4とTGFβ【特殊文字ベータ】シグナル伝達との直接的なつながりを示す2つの知見がある。1つは、ER原発性乳腺腫瘍細胞をTGFβ【特殊文字ベータ】と共にインキュベートするとANGPTL4の発現が大幅に強まったこと、もう1つは、マウスのAngptl4 をノックダウンすると、肺転移が1/10になったことである。以上の知見から、TGFβ【特殊文字ベータ】によりANGPTL4の発現が上方制御されると、内皮細胞間のつながりが断たれて肺転移が起こると示唆される。またPaduaらは、骨の血管壁は肺のものとは異なるため、ANGPTL4によりER乳がん細胞の骨浸潤は助長されないと仮定している。

Paduaらは、ER乳がん進行に果たすTGFβ【特殊文字ベータ】の役割の解明とは別に、乳がん細胞が肺に転移する分子機構の詳細も明らかにしている。腫瘍環境からのサイトカイン分泌によって、臓器特異的浸潤に向かうがん細胞が準備される、このあたりにがん治療薬開発の新たな可能性が見つかりそうである。

doi:10.1038/nrc2410

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