Research Highlights

アスピリンを毎日服用すると…

Nature Reviews Cancer

2003年8月1日

「1日1個のリンゴは医者を遠ざける」ということわざがあるが、「1日量のアスピリン服用は大腸癌を遠ざける」というように、アスピリンを規則的に服用すると、大腸癌の発症を予防ないし阻止することが示されてきた。ところが今回、Maria Elena Martinezらが明らかにしたところによると、発癌の危険性がアスピリンの服用によって減少する度合いは、各個体間のオルニチンデカルボキシラーゼ(ODC)遺伝子の差異に左右される。アスピリンとODCは、それぞれ独自に同じ代謝経路に影響を与えることがわかったのである。

DCは、細胞増殖に不可欠なポリアミンという化合物の生合成において鍵を握る酵素である。大腸腺腫症(APC)遺伝子に変異がある遺伝性大腸癌では、細胞内のポリアミン量が増加している。APCタンパク質はc-MYCタンパク質(およびc-MYCを競合阻害するMAD1タンパク質)の発現に影響を及ぼし、c-MYCはODC遺伝子の転写を調節している。変異型APC遺伝子はODC遺伝子の発現量の増加をもたらす。ODC遺伝子の発現は、遺伝的な危険因子をまったくもたない大腸癌患者でも増加している。

DC遺伝子のプロモーターの活性は、c-MYCタンパク質の2つの結合部位間の協同的相互作用に依存している。この2つの結合部位の間にある領域に、ODC遺伝子のプロモーター活性に影響を与える多型部位(A316G)が同定されている。

artinezらは、腺腫の再発を調べる臨床試験に参加した688人の患者の

DC遺伝子の遺伝子型を決定した。その結果、患者の56%はG対立遺伝子をもつホモ接合性、6%はA対立遺伝子をもつホモ接合性、残りの38%はこの遺伝子座がヘテロ接合性だった。A対立遺伝子をもつホモ接合性の個体は、G対立遺伝子をもつホモ接合性の個体と比較して再発する可能性が0.48倍だった。さらに、この研究に参加した患者の30%はアスピリンを規則的に服用していて、これらの患者は腺腫が再発する可能性が0.32倍低かった。アスピリンを服用しているこれらの患者がODC遺伝子座にA対立遺伝子をもつホモ接合性でもあった場合は、再発する可能性は有意に低下し、0.10倍になった。

は、A316G多型性はODC遺伝子の活性に影響を及ぼすだろうか。

生型APC遺伝子をHT29結腸癌細胞で発現させた場合(正常な結腸上皮によく似た状況)、c-MYC遺伝子は抑制され、MAD1遺伝子の発現が誘導された。野生型APC遺伝子を発現するHT29細胞(HT29-APC細胞)に

DC/A遺伝子を導入し、ルシフェラーゼを利用して転写活性を測定したところ、ODCプロモーターの活性がかなり減少していた。この細胞にODC/G遺伝子を導入しても影響はまったくみられなかった。HT29-APC細胞で

AD1遺伝子を構成的に発現させた場合、ODCプロモーター活性の78%がA対立遺伝子特異的に阻害されたことから、MAD1遺伝子はODCプロモーターに直接影響を及ぼすと考えられた。

にMartinezらは、ODC代謝経路においてアスピリンが果たす役割を調べた。 ODC/G遺伝子またはODC/A遺伝子を導入したHT29-APC細胞系を治療に使う濃度のアスピリンで処理しても、ODCプロモーター活性やODC酵素活性への影響はまったく見られなかった。ところが、アスピリンはスペルミジン/スペルミンN-1 -アセチルトランスフェラーゼ(SSAT)という酵素の活性を誘導することがわかった。SSATはポリアミンの異化(分解代謝)と排出に関与している。最近、インドメタシンという別種の非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)がSSATの発現を誘導することが明らかにされた。

たがって、ODC遺伝子の多型とアスピリンはそれぞれに特有の機構を介して働き、共通の代謝経路、すなわちポリアミン生合成経路に影響を及ぼす。大腸癌を発症する危険性が高い患者にNSAIDとODC阻害剤を組み合わせて投与する癌予防戦略を評価する研究が始まっている。

doi:10.1038/nrc1149

「レビューハイライト」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度