Research Highlights

選ばれた集団のスポーツ

Nature Reviews Cancer

2003年5月1日

腫瘍形成は、得票の多い候補者から順次当選する「早い者勝ちの」状況で起こるのだ ろうか。すなわち、すべての細胞は等しく腫瘍形成能力を有し、どの細胞が最初に一 連の適切な変異を蓄積するかを調べる競走をしているのだろうか。それとも、腫瘍形成はえり抜きの集団で起こるのだろうか。おそらく少数の細胞だけがこの並はずれた 能力をもっているのだろう。Michael Clarkeらは、Proceedings of the National Academy of Sciences誌に報告したところによると、腫瘍のごくわずかな部分を 占める細胞集団が実際に腫瘍形成を開始する能力をもつことを見いだした。

larkeらは9人の患者からヒト乳癌細胞を単離した。1人は原発性乳癌、ほかの8人は転移性胸膜滲出液から癌細胞を単離した。以下の実験に使用したのは、凍結標本から得た新鮮な細胞、または、マウスで継代培養した細胞である。これらの癌細胞は、細胞表面に発現する分子に関しては均一でなかった。そこで Clarkeらは、これらの細胞 表面分子で腫瘍形成性細胞と非腫瘍形成性細胞を見分けられるかどうかを調べた。 Clarkeらは、細胞接着分子のCD44とCD24が陽性か陰性かによって細胞を流動細胞計測法で分離し、分離した20万〜80万個の細胞をマウスの乳房脂肪組織に注入した。12週間後に、CD44陽性(CD44+)CD24陰性または低発現性 (CD24-/low)細胞を注入した全マウスの注入部位に腫瘍が形成されたが、 CD44-CD24+細胞を注入したマウスには腫瘍は形成されなかった。CD24+細胞を注入した12匹のマウスのうち2匹には小さな腫瘍が見ら れたが、これはたぶん別の種類の細胞が混じっていたためだろう。

larkeらは、癌細胞が系譜の目印になる分子を発現しないので、系譜分子陽性 (lineage+)の細胞を除去すると白血球や繊維芽細胞などの正常なヒト細胞が取り除かれ、lineage-癌細胞だけが残ることを見いだした。腫瘍 の種類によって比率が異なるが、これらの細胞のうち11〜35% がCD44+CD24-/lowだった。おもしろいことに、これら のCD44+CD24-/lowlineage-細胞は注入数をもっと少なくしても腫瘍が形成される。これらの細胞は、腫瘍形成活性が10〜50倍高いようだ。ところで、この細胞集団を腫瘍形成活性に着目してさらに限定することができるだろうか。

SA細胞標識は、以前から上皮細胞と中皮細胞を見分けるのに使われてきた。3標本の 腫瘍か らESA+CD44+CD24-/lowlineage-細胞 を単離したところ、腫瘍形成能力がさらに高まり、わずか200個の細胞をマウスに注 入するだけで4〜6か月後に腫瘍が生じた。これに対して、 CD44+CD24-/lowlineage-細胞では2000個、特定の細胞を分取していない腫瘍細胞では2万個が腫瘍の樹立に必要だった。

瘍形成能力の差異は、細胞周期の変化によるのではなかった。 ESA+CD44+CD24-/lowlineage-細胞の細胞周期の分布は、他のlineage-細胞と同一だったからである。これらの細胞集団は、マウスに注入する前に評価した時点では形態学的にも組織学的にも見分けがつかなかった。ところが、マウスに細胞を注入してから6か月後に注入部位を 調べたところ、CD44+CD24-/lowlineage-細胞を注入した部位には触診可能な腫瘍と悪性細胞が含まれていたが、 CD44+CD24+lineage-細胞を注入した部位には腫瘍はまったく含まれず、正常なマウス上皮細胞だけが存在した。

瘍にはふつう、雑多な細胞が混じり合って含まれている。では、 CD44+CD24-/lowlineage-細胞は幹細胞に似た能力をもち、多様な種類の細胞を生みだすのだろうか。Clarkeらは、200個 のESA+CD44+CD24-/lowlineage-細胞または1000個のCD44+CD24-/lowlineage-細胞をマウスに注入し、形成された腫瘍を流動細胞計測法によって解析した。注入した細胞集団から生じた細胞のESA、CD44およびCD24標識分子の発現様式はどちらも均一ではなく、元の腫瘍に類似していた。これらの腫瘍形成性細胞は、腫瘍形成性のCD44+CD24-/lowlineage-細胞と多様な非腫瘍 形成性細胞の両方を生みだすことができた。

上の結果からわかるように、Clarkeらは、増殖能力と多様な種類の細胞を生みだす 能力において幹細胞に類似した一群の腫瘍形成性乳癌細胞を同定した。この発見は、 基礎研究にとっても臨床研究にとっても重要である。この発見により、乳癌発生にかかわる分子経路の解析が容易になり、この細胞集団が特異的に発現するタンパク質を標的にする治療法が開発されるかもしれない。

doi:10.1038/nrc1079

「レビューハイライト」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度