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細胞周期の停止

Nature Reviews Cancer

2003年1月1日

癌細胞の増殖を停止させる方法は、いくつかある。最も明白な方法はアポトーシスの誘導であり、多くの化学療法剤はまさにこの作用をすることが知られている。しかし、細胞の老化という細胞周期の最終段階の増殖停止状態が癌細胞に誘導されるしくみについては、あまりわかっていない。正常細胞では、DNA複製に伴う老化は、細胞分裂を何回も繰り返した後にテロメアの反復配列が失われた結果として起こる。これによって、p53タンパク質を活性化するDNA損傷信号がつくられる。抗癌剤には、正常細胞と悪性細胞の両方においてこのDNA損傷応答を誘導して細胞の老化を引き起こすものがあり、望ましくない副作用が生じることがある。それゆえDimitri Lodyginらは、複製に伴う老化の過程で発現が特異的に抑制される情報伝達経路を探索することにした。Lodyginらは、腫瘍細胞でこれらの情報伝達経路を薬理学的に阻害すれば老化が誘導されるはずだと考えた。Lodyginらは、遺伝子発現のマイクロアレイ解析を利用し、cGMP情報伝達経路の構成成分のいくつかがヒトの初代二倍体繊維芽細胞の複製に伴う老化の過程で抑制されることを見いだした。では、cGMP産生を阻害することが知られている 6‐アニリノ‐5, 8‐キノリンキノン(LY83583、LYと略す)のような化合物は、細胞の老化を誘導することができるのだろうか。 Lodyginらは、繊維芽細胞をLYで処理すると、細胞周期のS期に入るのが阻止され、細胞増殖が完全に、しかも不可逆的に阻害されることを示した。 LYで処理した細胞をマイクロアレイで解析した結果、複製に伴う老化の過程にある細胞とLY処理後の細胞で発現される遺伝子群がかなり重複することが明らかになった。老化とLY処理の両条件下で誘導された遺伝子の1つは、CDKN1Aだった。CDKN1A遺伝子は、サイクリン依存性キナーゼを阻害するWAF1(p21ともよばれる)というタンパク質を指令している。LYはまた、大腸癌、乳癌および黒色腫細胞系においてWAF1発現を誘導し、細胞増殖を阻止したので、癌の治療薬になる可能性があるといえる。 cGMP経路の遺伝子が欠損した各種細胞系で行った実験から、LYが効果を発揮するにはp21の誘導が必要なことがわかった。ところが、LYはDNA損傷時に機能するp53経路を活性化しなかった。p53欠損細胞をLYで処理した場合も、p21発現の増大と細胞の老化がもたらされたからである。LY処理によるp21発現の増大が、LYがcGMP情報伝達経路におよぼす影響を通して起こるのか、それともなんらかの別の機構によって起こるのかは不明である。 LYはp53とは無関係に細胞周期の停止を誘導するので、p53変異をもつ腫瘍の治療にLYが使えるかもしれない。変異がよく見られるp53とは異なり、これまでにp21の不活性化は癌細胞では報告されていない。RB(網膜芽細胞腫)経路が破壊された細胞では、LYは細胞周期を止めるというよりはむしろアポトーシスを誘導したので、LYはRBに欠損がある腫瘍の治療にも使える可能性がある。LYは、DNA損傷を誘導せずに細胞の老化を誘導する能力があることから、副作用も現在使われている化学療法剤より少ないだろうと考えられる。

doi:10.1038/fake859

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