Research Highlights

転座と癌とH2AX

Nature Reviews Cancer

2003年9月1日

DNA二本鎖切断(DSB)は外来性薬物によって誘導されるほか、リンパ球の発生などの 生理的過程で誘導されるが、誘導のしくみにかかわらず、修復されないとゲノムの不安定性をひき起こし、腫瘍発生をまねく。Cell誌の8月8日号の論文によると、 DBSがきっかけとなる発癌性転座を抑制する新しい重要な因子が2つの研究グループ (Frederick AltらとAndre Nussenzweigら)により同定された。

 ヒストンH2AXがDSB修復に関係するとわかっていたので、両グループはH2AXを 欠失またはヘテロ接合でもつマウスを作出した。Altらの報告では、H2AXの欠失により癌の素因がささやかだが増加したが、Nussenzweigらの結果は違った。しかし、このマウスをTrp53-/-系統と交配させると、腫瘍発生(特にリンパ腫)が著しく増大することに両者とも気づいた。H2AXがDSB修復に関係するならば、リンパ腫のこの特異的増大は予測どおりである。通常のリンパ球発生過程では特異 的DSBが生じるからだ。おそらく、H2AXの欠失により染色体転座が起こるのだろう。

 腫瘍形成の誘導機構をさらに理解するため、両グループは生じたリンパ腫に対しスペ クトル核型分析(SKY)を行った。NussenzweigらはH2AXの欠失により染色体 転座が全般的に増加することを見いだした。Altらがさらにこれを解析したところ、 Trp53-/-胸腺リンパ腫ではクローンの転座がないが、Trp53-/-H2AX+/-リンパ腫では2例のうち1例、 Trp53-/-H2AX-/-リンパ腫では7例のうち6例がT細胞 受容体遺伝子座を伴わない複雑な転座を示した。H2AX遺伝子座の少なくとも1 つが欠失したときに発生するリンパ腫は、Trp53-/-のみを背景として起こるリンパ腫とはゲノムの不安定な性質の点から見て明らかに違う。 Trp53-/-H2AX-/-マウス とTrp53-/-H2AX+/-マウスのB細胞リンパ腫をSKYと蛍 光in situハイブリダイゼーションで解析し、さらなる違いが明らかになった。Trp53-/-H2AX-/-マウスに発生したプロB細胞リンパ腫では、第12、第15染色体でクローンの転座があった。

 この転座はIgH とc-Mycの増幅をひき起こす。Nussenzweigらは、比較ゲノムハイブリダイゼー ション(CGH)を用いて同様の結果を得た。Altらも、Trp53-/-H2AX+/-マウスのB細胞リンパ腫はすべて、 もっと成熟したB細胞から発生したことを発見した。 Trp53-/-マウスに比べ、 Trp53-/-H2AX+/-マウスの腫瘍発生率が増すことは、 H2AX+/-がハプロ不全である可能性を示し、両グループによりそれが証明された。

 Altらは、B細胞リンパ腫において、遺伝子は欠失も変異もしておらず、タンパク質が発現していることを明らかにした。Nussenzweigら もTrp53-/-H2AX+/-マウス由来の腫瘍でタンパク質が発現していることを明らかにした。両グループは続いて、 H2AX+/-胸腺細胞のタンパク質量がH2AX+/+胸腺細胞の約半分であり、またH2AXのヘテロ接合体では、ゲノムの不安定性が 野生型と完全欠失細胞の中間であることを示した。最後にNussenzweigらはH2AXの136番と139番目のセリンのリン酸化がゲノム不安定性を防ぐ能力にきわめて重要であることを発見した。

 このように、これらのマウスモデルは、H2AXがゲノムの不安定性と腫瘍形成を抑制することを示している。ヒトでも同様の効果があるかどうかは、まだ立証されていない。

doi:10.1038/nrc1178

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