Research Highlights

遊走の手がかり

Nature Reviews Cancer

2004年3月1日

冬になると南へ渡る鳥のように、癌細胞も腫瘍の原発部位から遊走して身体中に広まる。しかし、非浸潤性の癌細胞を転移細胞に変える信号は何であろうか。Joan Bruggeらは早期乳癌のモデルとなるユニークなin vitro系を用い、ERBB2およびトランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)が共に作用して、乳癌細胞の浸潤および遊走を引き起こすことを示している。

特定の培養条件下で、活性化ERBB2を発現するよう設計されたMCF10A細胞 (10A.B2細胞)は、早期の非浸潤性乳癌である非浸潤性乳管癌 (DCIS)と同じ特性の構造を作り出す。そこで、乳癌関連cDNAsを発現させるレトロウイルスベクターに10A.B2細胞を感染させ、転移を促進させる因子を特定した。活性化10A.B2細胞の遊走を増大させたのはTGF-β1およびTGF-β3のみであり、ERBB2およびTGF-βは共同で遊走を誘発しているものと思われる。可溶性TGF-βにも、弱いながらも類似の作用があり、自己分泌TGF-β 刺激が特に重要であることがわかる。しかも、TGF-β1およびTGF-β3は、活性化上皮増殖因子受容体ERBB1を発現するMCF10A細胞には作用しないことから、この遊走誘発はERBB2に依存しているようである。

種々アッセイにより、TGF-β1およびTGF-β3が発現すると、活性化 10A.B2細胞の遊走および浸潤が増大することが確認された。細胞外シグナル制御キナーゼERKは遊走に関与しており、ERBB2およびTGF-βによって活性化されるため、BruggeらはTGF-β発現10A.B2細胞におけるERK活性を検討した。ERKのリン酸化もERKキナーゼMEKのリン酸化も、対照と比較してこの細胞では増大し、TGF-βおよびERBB2がERK活性を増大させていることがわかった。活性化ERBB2の不在下でTGF -βおよび活性化MEKを発現させることによって、このことをさらに検討したところ、活性化MEKのみを発現させる対照と比較して、遊走および浸潤が実質的に多かった。このことから、MEKを活性化しても遊走および浸潤を誘発するには不十分であるが、TGF-β存在下ではERBB2の代わりになりうる。 MEK阻害因子は、TGF-β発現10A.B2細胞の遊走を85%、浸潤を65%抑制し、ERK活性化がTGF-βとERBB2との相乗作用に必要であることを裏付けている。

ERBB2およびTGF-βはどのようにしてこの遊走を誘発しているのだろうか。活性化TGF-β発現10A.B2細胞の培養後培地では、MCF10A細胞の遊走が誘発されたが、TGF-βか活性化ERBB2のいずれかのみを発現する細胞の混合培養後培地では遊走が促進されず、可溶性遊走因子の産生にはTGF-βおよびERBB2が協力する必要があることが判明した。ERBB1特異抗体により培養後培地の刺激活性が50%〜60%低下し、遊走活性にはほかの経路が寄与していることがわかる。

DCIS病変の約80%がERBB2を発現するため、この研究は、TGF-β発現が非浸潤性腫瘍を転移乳癌に変えるプロセスの1ステップである可能性を示すものである。

doi:10.1038/nrc1302

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