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サッケード時の知覚抑制

Nature Reviews Neuroscience

2002年5月1日

この記事を読んでいるあなたが、部屋の中をぐるりと見回したり、動いている電車の窓から外の景色を見たりすると、眼球は絶えず動いた状態になる。ただし眼球は、景色を端から端へスムーズに眺めていくのではなく、景色の中の一点から次の点へと次々に素早く移っていく。この素早い眼球の運動をサッケード(断続性運動)という。通常、視覚系は動きに対する感受性が非常に高いが、人間はふつうサッケードには気づかない。サッケードがあるからこそ網膜上で視覚場面全体が素早く動くのだが...。このほどサルの視覚系の中で動きに対する感受性の高い領域をサッケード時に測定し、その記録結果から1つのメカニズムが示唆された。 ヒトの視覚系は、サッケードによって誘発される非常に速い視覚場面の動きに対して、単に感受性が低いだけなのかもしれないという考え方がある。これに対しては、そうではなくて、サッケード時の知覚を抑制する能動的なメカニズムがあるに違いないという考え方もある。確かに、ある種の特徴の知覚がサッケード時に抑制されることを実証した心理物理学的研究が発表されている。Thieleたちは、サルの大脳皮質のMT野とMST野のニューロンの個別的測定記録から、この知覚抑制と相関するニューロンを探した。このMT野とMST野は、通常、動きのある視覚刺激に強く応答する。 Thieleたちは、サルがサッケードを行った場合、そしてサルの眼球は動かなかったが、視覚場面を動かすことでサッケードと同じような網膜像の動きを作り出した場合という2つの条件下でのニューロンの活動を比較した。MT野とMST野のニューロンのほとんどは、サッケードの際に起こるような像の素早い動きに応答しなかった。このことは、速い動きに対する感受性の低さによって、サッケード時の知覚抑制を説明できないとする考え方を裏づけている。しかし、これらのニューロンの応答をサッケードが起きている場合と視覚場面が受動的に動いた場合で比較したところ、大きな違いが見られた。 すなわち、たとえニューロンの応答が最も強い方向に視野が動いてもサッケード時のニューロンの応答がなかったり、弱かったりしたのだった。また別の一群のニューロンには、より興味深い特性が見られた。これらのニューロンは、視覚場面がサッケードによって動いた場合でも受動的に動いた場合でも強く応答したが、方向感受性が変化してサッケード時の方向指向性と受動視中の方向指向性が正反対になった。これらのニューロンは、このような逆転が見られなかったニューロンと比べて応答潜時が長くなる傾向があった。 次にThieleたちは、個々のニューロンではなく、一群のニューロンについて調べ、このような「網膜外」細胞があると、サッケード時の一群のニューロン全体の応答は、外部から引き起こされた動きより視覚的動きに対する方が弱くなり、終了時期も早くなったことを発見した。このような応答は、サッケード時に正常に応答する細胞の応答を「相殺」してしまうように思われる。Thieleたちは、サッケード直後に外部の動きの知覚に歪みが生じることをこのような特性から説明できるかもしれないと考えている。 以上の知見は、サッケード時の知覚抑制が能動的な過程で、視覚系の中の動きに敏感な領域のニューロンの応答の変化が関わっているとする考え方を裏づけている。しかし同時に皮質ニューロンが、入力された情報の文脈に合わせて調整特性を素早く変化させるという、非常に興味深い実例でもある。このような柔軟性は、皮質の複雑な機能の新たな側面であるかもしれない。

doi:10.1038/fake507

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