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日本の科学に激震

原文:Nature 471, 420 (号)|doi:10.1038/471420a|Radiation risks unknown

Ichiko Fuyuno

日本の研究者たちは、地震で破損した装置や寸断されたインフラと懸命に戦っている。

2011年3月11日、マグニチュード9.0の大地震と想定をはるかに超えた津波が東北地方と関東地方を襲った。東北大学大学院生命科学研究科の田村宏治(たむらこうじ)の研究室は、地震によりめちゃくちゃになった。本や顕微鏡、DNAシーケンサーやサンプルは床にたたき落とされた。幸いにも、田村が器官形成の研究に用いているヤモリ、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュは、地震には耐え、生き延びた。だが、今、ゆっくりと死に向かっている。断水により水槽の水がなくなる可能性があるからだ。「ここの動物たちが水なしでどのくらい生きられるかと思うと、不安です」と彼は言う。「けれども、多くの被災者が生きるために水を必要としている今、研究のことなど考えていられないのです」。

日本の多くの研究者と同じく、田村は、台無しになった研究計画について心配しながら、地震と津波によって2万人以上が命を落とし、50万人近くが住む家を失ったことに深い悲しみを感じている。現時点(3月21日現在)では、少なくとも大学および研究所の構内での犠牲者は報告されていない。しかし、地震発生から時間が経ち、被害の状況が明らかになるにつれ、研究者たちは、復興への道のりは長く、困難なものになると予想している。研究室やその他の施設の物理的な損壊に加えて、インフラが破壊され、東京を含む東日本の広い範囲で停電が発生しているからだ。

学術研究機関の中で最も大きな被害を受けたのは、東北大学である。東北大学は、材料科学、工学、生物医学研究が盛んだが、震源に近い仙台にあり、4月下旬までの休講が決まっている。現在、緊急チームが被害の調査を進めているが、電気、ガス、水道の供給が断たれているうえ、断続的な余震もあり、困難をきわめている。仙台より北方の沿岸部女川町にある同大学大学院農学研究科の女川フィールドセンターでは、建物が津波の直撃を受けた。メインキャンパスでも、6棟の建物が危険で立ち入りができないと判定された。

東北大学の建物のいくつかは激しく損傷し、立ち入り危険と判定された。
東北大学の建物のいくつかは激しく損傷し、立ち入り危険と判定された。

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)は、金属ガラス、ポリマー、ナノデバイスの研究で名高いが、山本嘉則(やまもとよしのり)機構長によると、今回の震災で10億円相当の機器が失われたことがわかっており、より詳細な評価が行われれば、被害額はさらに大きくなるだろうという。破損した機器の中には、世界最高レベルの電子顕微鏡や、表面の原子配列を調べるための装置も含まれている。

震源からもっと遠い茨城県の海岸にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)も閉鎖されている。3基の加速器は損傷していないように見え、施設も津波による被害は受けていない。しかし、地震により水道が止まって水の供給が断たれ、周辺地域の道路はゆがみ、コンピューター・サーバーは損傷した。研究者らは、3月下旬から施設の電源スイッチを入れ、予備的な点検を始める予定である。

茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)の放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のシンクロトロンも損傷した。施設長の若槻壮市(わかつきそういち)は、3月15日に世界の研究コミュニティーに宛てて手紙を書き、「線形加速器はかなりの損傷を受けた」が、「5本あるタンパク質構造解析用放射光ビームラインには大きな損傷は見られない」と報告している。

一方、福島第一原子力発電所をはじめとする複数の原子力発電所が操業を停止したことで、関東地方は電力不足に陥り、計画停電が毎日実施されている。関東地方にある多くの学術研究機関(その中には、東京大学や理化学研究所の一部の施設も含まれている)は、大幅な節電と、スーパーコンピューターなどの大型施設の閉鎖を余議なくされている。

インフラの寸断と原子力発電所の事故という不測の事態に、日本在住の外国人の間には、西日本に移動したり、日本を出国したりする動きが広まっている。理化学研究所脳科学総合研究センター(埼玉県和光市)の Adrian Moore は、「これは重大な問題です」と言う。彼の研究室には外国人のポスドクが6人いるが、そのうちの5人が、事態が落ち着くまで日本を離れている。J-PARCでは、すべての外国人研究者が、帰国するか、インフラがいくらか回復しているつくば市の寮に入っている。日本政府は、大学や研究施設の再建のために、緊急の資金提供を考えている。

重苦しい状況の中で、明るいニュースもあった。地震当日、青森県八戸港には、日本の地球深部探査船「ちきゅう」が停泊していた。世界最大級の掘削能力(海底下7000m)を持つ「ちきゅう」は、八戸沖の海底下にある石炭層の掘削を行う航海に備えていたのだ。地震発生時、「ちきゅう」には見学に訪れた小学生48人が乗船していた。「ちきゅう」は地震発生から30分もしないうちに、この小学生たちを含む200人を乗せて港を出た。津波の際には、海岸にいるより、船に乗って海に出ているほうが安全なのである。沖合に出てまもなく、津波がやって来た。津波は、約5万7000トンもある「ちきゅう」を2回転半も回転させたが、けが人は出なかった。唯一の被害は、船の6基あるスラスターのうちの1基が壊れたことだった。石炭層生命圏掘削プロジェクトの航海主席研究者の1人、海洋研究開発機構の稲垣史生(いながきふみお)は、「犠牲者が出なかったのは、ほとんど奇跡でした」と言う。しかしながら、予定されていた航海は、当然中止になった。

東北大学副学長の北村幸久は、同大学の学生も教職員も、世界中から寄せられる応援メッセージに励まされているという。「我々はくじけません。復興に向けて情熱を取り戻しつつあります」と彼は語っている。

(翻訳:三枝小夜子)

東北大学の建物のいくつかは激しく損傷し、立ち入り危険と判定された。

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