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予測できない放射線リスク

原文:Nature 471, 419 (号)|doi:10.1038/471419a|Radiation risks unknown

Gwyneth Dickey Zakaib

科学者たちは、福島県で発生した低線量被曝の長期的影響を予測しようと努めている。

福島第一原子力発電所からの放射能漏れが人体に及ぼす影響につき、確かなことが1つだけある。その誘因となった3月11日の巨大地震や大津波がもたらした壊滅的な被害に比べれば、小さなことだということである。それでも、専門家たちは全世界の放射線レベルを追跡して、この事故についてもっとよく理解し、健康に及ぼしうる影響を評価しようとしている。

原子力発電所から放出された放射性物質を含む蒸気や粒子は周囲に広まり、さらに卓越風1に乗って太平洋をわたっていった。

原子力発電所から放出された放射性物質を含む蒸気や粒子は周囲に広まり、さらに卓越風1に乗って太平洋をわたっていった(図参照)。福島県から放出された放射性同位元素を米国でいち早く検出した観測所の1つであるパシフィック・ノースウェスト国立研究所(ワシントン州リッチランド)の核物理学者 Ted Bowyer は、「非常に大きいプルームです」と言う。彼はまた、米国に到達した放射性ヨウ素、セシウム、テルル、キセノン、ランタンは微量で、通常の自然放射線レベルよりもはるかに低く、健康に害をなすおそれはないと付け加える。ただ、検出された放射性同位元素の中には半減期が短いものもあるため、少なくともその一部は、過熱した使用済み核燃料プールからではなく、原子炉格納容器の破損箇所から出てきたものだと考えられるという。

政府は、福島県と近隣の県で、原子力発電所の近くの海と食品および上水道の放射能汚染が確認されたと報告した。原乳や、ホウレンソウなどの葉物野菜のほか、水道水でも放射性ヨウ素131とセシウム137が検出されており、摂取許容レベルを上回るサンプルもあったという。マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)環境健康安全室放射能防御プログラムの William McCarthy 副主任によると、そうした安全基準は、問題の食品を長期にわたり摂取することを前提にして策定されているという。「慎重を期するなら、その食品を食べないことです。食べてしまったからといって、ただちに健康に悪影響が出るわけではありません」。

日本の当局は、福島県と茨城県産の原乳を出荷制限とし、近隣の栃木県と群馬県産の一部の農産物についても同様の措置をとった。短期的に問題になるのはヨウ素131である。この物質は甲状腺がんを引き起こすおそれがある。しかし、ヨウ素131の半減期は8日なので、放出さえ止められれば、ほんの数か月で環境からほとんど除去される。一方、同じく発がん性のあるセシウム137の半減期は30年で、はるかに長く残留する。ノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)の疫学者 Steve Wing は、微量であっても環境に放射能が残留していると、長期的には重大な問題を引き起こすおそれがあると指摘する。「原子力発電所から遠くなれば、1人当たりの被曝量は少なくてすみますが、被爆する人の数ははるかに多くなります」。

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MITの核工学者で放射線の専門家である Jacquelyn Yanch は、今回の原発事故が人体にどのような影響を及ぼすかを語るには時期尚早だと考えている。「このような状況のリスク評価は、行われていないからです。どれだけ被曝したら危険なのか、まだわかっていないのです」。

専門家たちは、福島第一原子力発電所の事故現場で戦っている作業員には、なんらかの長期間影響が出るおそれがあると認めている。日本政府は、緊急作業を続けさせるために、原発作業員の許容被曝量の上限を年間100ミリシーベルトから250ミリシーベルトまで引き上げた。これは、米国の放射線業務従事者の年間許容被曝量の5倍である。米国立衛生研究所(NIH)は、250ミリシーベルトという被曝量を、「放射線宿酔2」の最初の症状が出現する被爆量の下限に当たると考えている。

(翻訳:三枝小夜子)

  1. その土地に特徴的な風
  2. 嘔吐、倦怠感、めまい、食欲不振など、二日酔いに似た放射線障害

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