Event Reports

第18回 健康と疾患における腸内微生物叢の役割 レポートブックマーク

日時:2016年11月1日(木)
会場:帝国ホテル 東京

Springer NatureYakult

This event is jointly held by Yakult and Springer Nature

健康への新しいアプローチ

ヒトの腸内には約100兆個もの微生物が生息している。疾患の治療法において微生物叢を操作するという極めて有望な戦略が、大きな進展を見せている。

当日の様子

去る2016年11月1日、「健康と疾患における腸内微生物叢の役割」をテーマに第18回Nature Caféが東京で開催された。医学、免疫学、プロバイオティクス、微生物学、および生化学の領域の第一人者たちが集まり、宿主と微生物叢との相互作用に関する最新の知見を紹介しながら、今後の微生物叢研究の方向性を探った。一連のプレゼンテーションに続き、Nature Microbiology のチーフエディターAndrew Jermyを司会として、パネルディスカッションが行われた。その中で、健全な微生物叢の概念の定義など、新たな課題も提起された。今回の企画は、株式会社ヤクルト本社の中央研究所オープニングカンファレンスの一環として開催された。

ビッグデータの出現

Eran Elinav

Eran Elinav
ワイツマン科学研究所(イスラエル)

微生物叢は、遺伝子や免疫のシグナルといった宿主の情報を、生活様式や食事、衛生状態などの環境因子と結び付けるシグナル伝達のハブとして機能している。マウスやヒトではこうしたシグナル因子の異常により、微生物叢のバランスが崩れて宿主に疾患を生じかねない状態、すなわちディスバイオシスにつながることを示す研究成果が、次々に発表されている。ワイツマン科学研究所(イスラエル)のEran Elinav氏は、宿主と微生物叢との相互作用における分子基盤の解明に取り組んでおり、その先には個人に即した医療と栄養を見据えている。

Elinav氏はワイツマン研究所の数学者でもある細胞生物学者Eran Segal氏と共同で、5年前にPersonalized Nutrition Project(個別化栄養プロジェクト)を発足させた。これは、食物に対する血糖値応答の背後にある因子の特定を目的とする、大規模なオンラインのプロジェクトである。この研究では500人以上を対象として、5万食以上の食事を分析し、200万サンプルの血糖値を追跡した。その結果から、食物による血糖値の影響は個人差が非常に大きいことが示唆されている。「画一的な食事療法は決して適切ではありません。腸内微生物叢は、我々が考えていた以上に千差万別なのです」とElinav氏は話す。

このプロジェクトは、長期的には、肥満と糖尿病の予防と治療に役立つような個別食事指導の開発を目的としている。世界全体では現在、7800万人の成人が肥満状態にあり、2型糖尿病の有病者数は5億人と推計されており、Elinav氏は肥満と糖尿病を、「人類史上で極めて有害な2つのはやり病」と呼んでいる。

「近い将来、微生物領域研究の発展に最も重要となるのは、微生物叢の構成や疾患の単なる説明から両者の因果関係の解明へと徐々に移行していくことでしょう」とElinav氏は語る。

プロバイオティクスの新しい夜明け

Mary Ellen Sanders

Mary Ellen Sanders
デイリー・アンド・フードカルチャー・テクノロジー社(米国)

プロバイオティクスといえば、細菌の株が重要である。プロバイオティクス領域では、長年、細菌の健康効果は株に特異的であるという考え方が支配してきた。しかしこうした見方は、今、妥当性が問われている。生きている微生物の有効性は、単一株のレベルにとどまらず、(さまざまな種や属にわたる)もっと幅広い微生物群によるのではないか、という研究成果が増え続けているのだ。

プロバイオティクス領域で25年を超える経験を有するデイリー・アンド・フードカルチャー・テクノロジー社(米国)のコンサルタントMary Ellen Sanders氏は、プロバイオティクスの「基幹」となる効能の概念を強調した。そして、各種の消化器疾患に関してプロバイオティクスの有効性を調べたRitchie氏とRomanuk氏による2012年の研究を紹介した。1万例を超える患者を対象とした、74件の研究と84件の試験のデータを集計したそのメタ解析の結論は、「全ての疾患とプロバイオティクス種において、全ての年齢、単一種対複数種、治療期間で、プロバイオティクスには有意なプラスの効果が認められた」というものであった。

プロバイオティクスの基幹効能を裏付ける証拠については、規制関連事項が広範囲に及ぶ。例えば欧州連合(EU)の国々では、現在、食品表示に「probiotic」という言葉の表記が禁止されている。しかしSanders氏は、プロバイオティクスの効能を考えると、「よく研究された特定種の細菌株であれば、それをプロバイオティクスと呼んでも消費者の誤解を招くことにはならない」と話す。安全性は絶対であるが、Sanders氏は、消費者が「自ら判断」できるようにする枠組みも求めている。

さらに、微生物研究の未開拓領域について、Sanders氏は次のように述べている。「現在の研究に一番欠けているのは、ディスバイオシスすなわち微生物叢の乱れを回復できるかどうか、それが健康につながるかどうかを、明らかにしようとする試みです」。

WE’RE JUST BEGINNING TO UNDERSTAND THE RELATIONSHIP BETWEEN CERTAIN BACTERIA AND CERTAIN HEALTH CONDITIONS 我々は、特定の細菌と特定の健康状態との間にある関係性を理解し始めたばかりなのです。 MARY ELLEN SANDERS

微生物叢から治療薬を発掘する

Colin Hill

Colin Hill
ユニバーシティ・カレッジ・コーク(アイルランド)

医学的な問題に対する微生物叢から得られる解決法が次々に発見されており、粋な表現をすれば、微生物叢は、さまざまな介入研究を発掘し進展できる「抗微生物戦略の巨大な宝庫」である。こう話すのは、ユニバーシティ・カレッジ・コーク(アイルランド)の微生物学部教授で微生物食品安全性を専門とするColin Hill氏である。

バクテリオシンおよびバクテリオファージのような新規抗微生物薬は、特定の病原性細菌を標的とする能力で特に注目されている。多くの研究から、Bifidobacterium(ビフィズス菌)およびLactobacillus(乳酸菌)がバクテリオシンを産生することが明らかにされており、またゲノム解析によりバクテリオシンの遺伝子クラスターが同定されている。さらに、L. salivarius UCC118株が産生する特殊なバクテリオシンは、マウスをListeria monocytogenes感染から防御することが分かっている。こうした研究により、微生物叢を操作して宿主を微生物感染から防御する可能性に扉が開かれる。

またHill氏は、バクテリオシンが農畜業で果たし得る役割について説いた。ある研究では、世界的に広がり大きな問題となっているウシ乳腺炎という疾患に感染した乳牛の乳腺にバクテリオシン産生菌を投与することで3日以内に完治したと報告されている。Hill氏によれば、広域抗菌剤を投与すると、治療中とその後の一定期間牛乳を出荷できなくなるが、バクテリオシンの投与ではそうする必要がないという。

今後、新たなプロバイオティクスや治療薬を同定するためには、狭域抗微生物薬にもっと焦点を当てることが重要になる、というのがHill氏の主張である。「現在の医療は、広域抗菌剤に極めて強く依存しています」とHill氏は言う。「微生物叢研究において、我々は今、非常にエキサイティングな段階にいます。ある種の細菌とある種の健康状態との関係が明らかにされ始めているからです。我々の目標は、その作用機序を解明して、そうした細菌を腸やその他の組織に再配置できるようにすることです」。

病原体と微生物叢と宿主細胞のクロストーク

Vanessa Sperandio

Vanessa Sperandio
テキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国)

消化管内の細菌は、オートインデューサー(哺乳類細胞から分泌されるホルモンに似た化合物)を産生して互いに情報伝達を行っていることが知られている。オートインデューサーは、特定ニッチへ細菌が適応できるようにする細胞間シグナル伝達系「クオラムセンシング」の根幹である。テキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国)の微生物学教授Vanessa Sperandio氏は、どうすればこうした高度化したシグナル伝達系を解明でき、病原体と微生物叢と宿主の三者間のやりとりをさらに理解することができるかについて、最新の知見を紹介した。

例えば、ストレス応答の「闘争・逃走反応」で中心的な役割を果たしているアドレナリンやノルアドレナリンのような宿主ホルモンは、消化管機能に大きな影響を及ぼしていることが広く報告されている。病原性細菌は、こうしたシグナルを利用してその病原性を調節することが明らかにされている。

糖質も、病原体が自身の病原性遺伝子の発現を調節するための重要な起因になると考えられている。Sperandio氏らは、下痢の大発生を引き起こす腸管出血性大腸菌(EHEC)が、その病原性と代謝の調節にフコースを利用しているということを推論している。

Sperandio氏は、界をまたぐ化学的シグナル伝達の領域にはまだ発見されていない機構がたくさんあると言う。「そうした相互作用が分子レベルでどのように起こっているのかを解明し、その知識が、プロバイオティクスやプレバイオティクスであっても、あるいはワクチンや新規抗菌剤であっても、新しい抗微生物戦略の開発にどのように利用できるのかを明らかにしようという動きがあります」。

パネルディスカッション

微生物叢研究の未来

パネリストたちが今後の微生物叢研究の方向性について、それぞれの意見を語った。

腸内微生物叢は、ヒトの健康と疾患傾向に関してほぼ全ての側面に影響を及ぼす可能性があり、莫大な科学的資源としての認知度が高まりつつある。このほど東京で開催された第18回Nature Caféでは、腸内で何が起こっているかだけでなく、それを引き起こすメカニズムについても明らかにすることが、今後の進展と治療介入の評価に極めて重要であるという点で、パネリストたちは合意した。

多くの微生物研究は消化器系に焦点が当てられており、それは今後も続くと考えられる。「ディスバイオシス」は細菌の多様性の低下と関係しており、慶應義塾大学医学部教授で記念講演を行った本田賢也氏は、課題は腸内細菌叢の多様性を回復させる方法を明らかにすることだと考えている。

「20~30程度の株からなる細菌カクテルが有効になる可能性があります。それは今後2~3年以内に登場するかもしれません」と本田氏は言う。

パネリストたちは、微生物叢研究は将来的に、ヒトの腸内共生細菌が消化管以外の臓器に与える影響を取り扱うだろうという考えにも同意した。

デイリー・アンド・フードカルチャー・テクノロジー社(米国)のコンサルタントMary Ellen Sanders氏は、腸と脳との相互作用の研究が隆盛になるかもしれないと考えているという。現在、多くの企業や研究機関は、腸内微生物叢がどのようにして神経、免疫、内分泌機能に影響するのかを研究している。

「うつ病や不安障害などの疾患に新しい治療法が見つかるかもしれません」とSanders氏は語る。

腸から見つけ出される新たな治療薬も、近く日の目を見る可能性がある。ユニバーシティ・カレッジ・コーク微生物学部(アイルランド)教授で、微生物食品安全性を研究するColin Hill氏によれば、「微生物叢由来の抗感染症薬が最初に応用されるのは[牛や豚、鶏の]飼料用と考えるのが妥当だろう」とのことで、ヒトの食品や医薬品ではなさそうだ。

パネリストたちは、微生物叢研究の可能性を実現するには、共同研究のアプローチが重要になるという意見で一致した。

ワイツマン科学研究所の主任研究員Eran Elinav氏によれば、共同研究の重要性を示す上で「微生物叢にまさる領域はない」と言う。「この分野は本当に統合的な領域です。ですから、微生物叢の重要性を把握して、それを機構的に研究するためには、研究室間の共同研究に頼らざるを得ません。共同作業で物事は複雑になりますが、研究はずっと楽しいものになるのです」。

ヤクルト中央研究所 オープニングカンファレンス

記念講演

本田賢也

本田 賢也
慶應義塾大学医学部(日本)

腸管免疫細胞集団の発達と機能は、微生物叢の構成要素による影響を受けている。特に、Tヘルパー17(Th17)細胞は腸管の粘膜固有層に恒常的に存在し、その集積は腸内微生物叢の存在に依存する。現在、Th17細胞の誘導を制御しているものは、腸内微生物叢の構成、そしておそらくTh17の分化を誘導する特異的な細菌群の存在であることが知られている。

我々は、株式会社ヤクルト本社中央研究所特別研究員の梅崎良則氏、および前東京大学大学院農学生命科学研究科教授の伊藤喜久治氏からマウスの腸内細菌ストックのコレクションをご提供いただき、それをもとに、無菌マウスを特定の微生物学的状態と比較するノートバイオティック技術を利用して、「Th17誘導性細菌」のスクリーニングを行うことができた。その結果、セグメント細菌(segmented filamentous bacteria;SFB)が単独で定着したマウスの小腸には、Th17細胞の強力な誘導が認められた。

SFBは、分節構造を有した繊維状の形態を持つ芽胞形成性のグラム陽性細菌として、30年以上前に同定された。SFBの特徴として、上皮への強力な接着が挙げられる。我々は、以前から知られているこのSFBが、Th17細胞を強力に誘導するマウス微生物叢の構成要素であることを明らかにした。

SFBは、Th17細胞が十分にあるマウス(米国タコニック社のSPFマウス)の腸管に存在し、Th17細胞を欠くマウス(米国ジャクソン研究所のSPFマウス)には存在しないことが確認された。また、Th17細胞欠損マウスにSFBを経口投与すると、小腸でTh17細胞を誘導することも示された。

さらにSFB以外にも、マウスの結腸にTh17細胞の誘導を引き起こすことができるヒト由来の細菌20株を発見した。SFBおよびヒト由来の20株、いずれの場合も、腸管上皮細胞への微生物の接着がTh17細胞の誘導に重要なきっかけになっているとみられる。

また、我々は、マウス由来のClostridium 46株およびヒト由来のClostridium 17株の混合物を無菌マウスに定着させると、インターロイキン10などの抗炎症性分子を高発現する制御性T(Treg)細胞の顕著な集積が、大腸において誘導されることも示した。微生物叢に対するこうした影響は、アレルギーや大腸炎、移植片対宿主病(GVHD)の予防に寄与すると考えられる。

SFBなどの上皮細胞接着性細菌とは対照的に、この17株のClostridiumは、大腸内腔で短鎖脂肪酸などの代謝物を産生することによってTreg細胞の誘導を促進すると考えられている。Clostridiumが介在するTreg細胞の誘導の背後にあるメカニズムを調べるためのさらなる研究が必要である。

一方我々は、口腔内細菌が腸管免疫系にどのような影響を与えているのかを調べる研究を始めた。ヒトは毎日、1人当たり約1.5リットルの唾液を作っているが、その中には大量の口腔内細菌が含まれている。この細菌は、腸内微生物叢による「定着抵抗性」のため、腸管を通過するのが普通である。しかし、腸内微生物叢のディスバイオシスにより口腔内由来の細菌が腸内に定着してしまう場合がある。これはクローン病(CD)にみられる最初期の現象の1つである。我々は、健康な人とCD患者から唾液試料を採集し、それを無菌(GF)マウスに接種した。あるCD患者の試料は、接種したマウスでTヘルパー1(Th1)細胞の顕著な増加を誘導した。さらにCD患者の唾液を接種したマウスの盲腸内容物を培養することにより、8株の細菌を分離することに成功した。そしてこの8株のうち、Klebsiella pneumoniaeだけでTh1細胞を誘導するのに十分なことが分かった。これにより、我々は、K. pneumoniaeがCDのバイオマーカーとなるのではないかと考えている。

腸内細菌叢に関しては理解が進んでいるが、これは共同研究に基づいている。先にもご紹介した前東京大学教授の伊藤喜久治氏、(株)ヤクルト本社の梅崎良則氏、ならびに今岡明美氏、島龍一郎氏、さらには、大阪大学大学院医学系研究科教授の竹田潔氏、ニューヨーク大学医学部教授のDan Littman氏、そしてコロンビア大学微生物学・免疫学部准教授Ivaylo Ivanov氏の業績に謝意を表し、お礼申し上げたい。また、田之上大と新幸二の両氏をはじめとする研究室のメンバー、そして慶應義塾大学、理化学研究所、岡山大学、名古屋大学、大阪大学、ブロード研究所(米国)、および米国国立衛生研究所の共同研究者にも感謝したいと思う。

MORE STUDY OF THE MECHANISMS BEHIND CLOSTRIDIA-MEDIATED INDUCTION OF TREG CELLS IS NEEDED Clostridiumが介在するTreg細胞の誘導の背後にあるメカニズムを調べるためのさらなる研究が必要である KENYA HONDA

コラム

乳児期における腸の健康の新たな手掛かり

松木 隆広

松木 隆広
ヤクルト中央研究所(日本)

我々ヒトは生まれるとすぐに、消化管に細菌が定着を始め、固有の微生物生態系が形成される。これまでの多くの研究成果から、ヒトの新生児期の微生物叢を構成する細菌が、乳児のみならず生涯にわたって個体の健康に影響することが示されている。ビフィズス菌が最も早くヒトの腸内に定着する細菌の1つであることは知られているが、どのようにして乳児の腸内で優勢になるのかは十分に解明されていなかった。

株式会社ヤクルト本社中央研究所の基盤研究所 室長 松木隆広氏を中心とする研究チームは、母乳に含まれる糖類の主成分であるフコシルラクトースがビフィズス菌の定着で極めて重要な役割を果たすことを世界で初めて明らかにし、Nature Communicationsに報告した1

松木氏らは、乳児の腸内微生物叢構成の変化を生後1か月間追跡し、さらにビフィズス菌分離株のゲノム解析をすることにより、フコシルラクトースの取り込みに関与する新規のABC輸送体遺伝子を同定した。本研究は、単一の細菌遺伝子が腸内微生物叢の構成に影響を及ぼす可能性を提唱した最初の事例である。この知見により、乳児を対象とした予防医学とプロバイオティクスの開発へ向けた、新たな道が開かれる。

Reference

  1. Matsuki, T. et al. A key genetic factor for fucosyllactose utilization affects infant gut microbiota development Nat. Commun. 7: 11939 doi: 10.1038/ncomms11939 (2016).

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