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認知症:脳卒中後の認知症―過小評価されている負荷とは

Nature Reviews Neurology

2010年6月1日

DEMENTIA Poststroke dementia —an underestimated burden?

脳血管疾患の負荷は、現在公式に評価されているよりも大きいと思われる。新たに実施されたシステマティック・レビューの成績からは、高齢者では脳卒中の既往が偶発性認知症の発症リスクの増大と関連していることが明らかにされている。この成績はまた、認知症分類の曖昧さや血管系に関連した認知機能障害をより深く認識することの必要性についても光をあてている。

高齢者では、脳卒中や認知症、またはその両方の生涯リスクは33%である。また、高齢者を対象としたMRI 研究からは、脳血管疾患の年齢に関連した負荷は、臨床上の見かけよりも大きいことが示唆されてい る。脳血管疾患は血管系の危険因子によって進展されるが、皮肉にも心臓発作や脳卒中からの生還によっても促進され、この疾患はしばしば認知症の診断において過小評価されている。高齢者では不顕性ラクナおよび脳室周囲性白質疾患の有病率が高いことが報告されており(> 65 歳でそれぞれ25%および95%)、これらに共通する血管系病理は顕在性脳卒中および認知症の発症リスクを増大させることが示されている。

偶発性認知症は、顕在性脳卒中で一般的にみられる重篤な後遺症で、しばしば致死的な後遺症となる。画像所見では、認知機能および行動的発現に相関した脳卒中の病変部位および病変サイズが示される。不顕性 ラクナ、白質疾患、側頭葉全体および側頭葉内側の萎縮はすべて、偶発性認知症の危険因子である。加えて、脳卒中後の認知症の1/3 の症例では、アルツハイマー病(AD)が寄与因子と考えられている。

脳卒中後の認知症に関する疫学成績は、年齢、サンプルサイズ、認知症の診断に用いた基準によって異なる。英国のアルツハイマー学会から委任され、Vascular Dementia Systematic Review Group の後援で実施された臨床的脳卒中後の偶発性認知症に関する初めての系統的レビューの結果、この身体を弱らせる脳卒中症候群をより良好に予測し、積極的に予防することを目的とした努力によって、価値が高く時機を得た疫学データの要約が2008 年12 月末までに公表された。このレビューにおいてSavva らは、脳卒中後の偶発性認知症の過剰リスクについて要約し、それらのリスクを増大または変化させる因子についての評価を行っている。彼らは、脳卒中を有している母集団と有していない母集団を比較した研究で、サンプルサイズの範囲が2、300 例~> 3,000 例で、被験者のベースライン時の年齢範囲が55 歳~> 85 歳であった16の研究からデータを抽出した。その結果、大半の研究では、単変量解析による脳卒中後の認知症の発症リスクは2 ~ 6 倍高く、脳卒中の発症から時間を置かずに認知症を発症した場合に過剰リスクが最大になることが報告されていることを見いだした。さらに、背景因子調整後の多変量解析では、脳卒中後の偶発性認知症の発症リスクは5 倍まで増大することが示された。また、年齢の異なるグループ間でリスクの差異は認められなかった。脳卒中後の偶発性認知症の発症リスクのオッズは、心血管系の危険因子を調整しても変わらなかったが、再発性脳卒中は偶発性認知症の発症リスクに対するいくつかの影響を変化させるようであった。脳卒中発症前の認知障害の役割に関しては、ほとんどのコホートでは触れられていなかったが、それを含めると、脳卒中発症前の認知障害は偶発性認知症の独立した危険因子となることが示された。一連の研究のうちのいくつかでは、アポリポ蛋白E のε4 対立遺伝子が脳卒中後の偶発性認知症の発症リスクを増大させることが示されたが、その他の研究ではアポリポ蛋白E のε4 対立遺伝子の存在はこのリスクを低減させていた。

Savva らは、レビューした研究の多くは、脳卒中に関する自分自身または資料提供者の報告および医療記録へのリンクに頼っており、また研究特性の違いから、定量的な解析はできなかったと述べている。重要なこととして、脳卒中を確認するために神経画像診断または剖検を用いていた研究は解析に含まれなかった点があげられ、おそらくこれが検討の対象となる研究数をさらに減らしたためと思われる。加えて、異なる研究では変動することが知られている認知症の有病率2に関しては、本レビューでは触れられていない。脳卒中後の認知症の発症率に関する研究では、この疾患の有病率に関する研究よりも頻度が高く報告されており、これは脳卒中の合併症としての認知症は死亡率の増加と関連しているためだろう。

このレビューにおける重要な限界として、Savva らは暗に述べているが強調はしていないものの、認知症の定義に用いた基準があげられる。ほとんどの研究では、認知症を分類するために「精神疾患の診断・統 計マニュアル(DSM)」の第Ⅲ版(改訂)が用いられている。しかしながら、多くの異なる認知症の分類および診断基準が利用可能であり、例えば主要なサブカテゴリーとして脳卒中後の偶発性認知症を含んでいる血管性認知症の最近の基準では、従来認知症の原型概念を支配してきたAD との混乱を一部避ける目的で、特異性のために感度が犠牲にされている。対象患者を剖検した研究からは、AD と血管系病理の混合が認知症の最も一般的な基質であることが示唆されている。高齢者では、血管系の病理は実際にAD の病理よりも頻度が高く、これら2 つの病理は相互に増悪させていると考えられている。アミロイドβ(Aβ)の40 番目および42 番目の両方のアミノ酸のオリゴマーは、ニューロンだけでなく血管に対しても毒性を示すことが知られており、そのため虚血性脳卒中や出血性脳卒中の発症に関与している。同様に、虚血性動脈閉塞および静脈閉塞疾患はAD の病態生理学的カスケードに作用し、Aβ の産生を誘導しクリアランスを阻害する可能性がある。AD および血管性認知症の疾患病理スペクトルのそれぞれの末端には「純粋な症例」が確かに存在するが、ほとんどの患者は混合型の病理を呈する。

血管性認知症とAD を区別する上でのもう一つの問題点は、すべての認知症にとって重要な定義である認知機能欠如として、記憶喪失を用いることがあげられる。この定義は、特定された血管性認知症の症例が AD の病理も合併しているという可能性を増大させるものである。記憶喪失を重視すると、認知症における遂行機能欠如(記憶よりも手段的日常生活動作とよく相関する)も十分に正しく評価できなくなる。血管疾患による機能的後遺障害のある患者は、認知症の定義基準に合致しないと考えられ、また介助や予防対策を必要とする状態とはみなされないと思われる。これらの点から、一部の研究者らは、リスクのある状態 をより認識するために、血管性認知機能障害(VCI)9または認知症でないVCI(VCIND)9 という概念を提唱した。なお、その状態では、血管系の危険因子に対するより積極的な管理によって、新規の脳卒中エピソードや「無症候性(silent)の」小血管疾患の発症が低減する可能性がある1。また、他のアプローチによってVCI は血管性認知症、VCIND、脳血管疾患とAD の病理の混合型を含むさらに発展的な概念となっ た。そして、これらの疾病分類学的な難問が、血管性認知症を治療試験における病因学的な疾患として標的とすることを困難にしてきた。さらに、AD と脳血管疾患の病理の混合型はAD のほとんどの臨床試験 で除外されており、そのため、認知症の最も一般的な原因疾患の症例が収集されず、試験結果を全体に反映することができなくなっている。

認知症の概念をAD から切り離す試みは、DSM第Ⅴ版の新たな推奨事項で説明されている。新しい基準は、非難的な用語である「認知症」をより中立的な表現である「重篤な神経認知機能疾患(major neurocognitive disorder)」に置き換えること、ならびに軽度の認知機能障害を含む「重篤でない神経認知機能疾患(minor neurocognitive disorder)」をカテゴリーとして設けることを目的としている。この新たな定義の下では、記憶は、遂行機能障害を含むその他の認知機能の範疇にあるものと同等に取り扱われている。唯一の例外はAD であり、そこでは、顕著な記憶喪失は義務的認知機能欠如(mandatory cognitive deficit)のままとなっている。血管系に関連した認知機能障害があまり認識されておらず、治療も十分に行われていないという問題が、これらの定義によって解決される かどうかは検討すべき課題として残されている。

現在、神経画像診断によって、脳萎縮、限局性脳卒中、皮質下小血管疾患による実質損傷のコンピュータ・アシスト定量分析を介して、脳の健康状態や脳卒中後の認知症の発症リスクを評価することができる。VCIに関しては、標準化された画像診断、臨床評価および認知機能評価が構築されている。感受性強調画像、拡散テンソル画像およびAβ ラベリングのような新しい優れた画像診断技術によって、脳の実質や血管に戻って科学的な焦点が当てられるようになってきている。これらの神経画像診断法の応用は、液体バイオマーカー探索の急激な発展とともに、われわれが不顕性の小血管疾患に関連した認知機能障害だけでなく、顕在性脳卒中後の認知機能障害を理解する上でより良好な情報を与えてくれるであろう。また、このことが新しい治療法やより良好な予防対策の発見につながることが期待される。

doi:10.1038/nrneurol.2010.51

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