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唾液中コルチゾールかコルチゾンか

Nature Reviews Endocrinology

2010年11月23日

BIOMARKERS Salivary cortisol or cortisone?

唾液中コルチゾール測定はコルチゾン過剰症とコルチゾン低下症の診断に用いられる。Perogamvros らの新しい研究により、特定の状況下ではコルチゾールの不活性代謝物であるコルチゾンの唾液中濃度測定が臨床的に有用となる可能性が示唆された。しかし、唾液中コルチゾン測定は同コルチゾール測定に比べて実際に有益なのであろうか。

深夜の唾液中コルチゾール測定は内因性副腎皮質機能亢進症患者を特定するための重要な検査法となっている。10 件以上の研究を対象に行われた2 件のメタアナリシスから、唾液中コルチゾール測定によるクッシング症候群の診断精度は感度92 ~ 96% 以上、特異度88 ~ 96%ときわめて高いことが示されている1,2。 そのため副腎皮質機能亢進症が疑われる患者に対しては唾液中コルチゾール測定をファーストラインの診断検査法として用いることが、最近発表されたクッシング症候群の診断に関するガイドラインにおいて推奨されている。今回Perogamvros ら4 は、血清遊離コルチゾールのバイオマーカーとして唾液中コルチゾンを測定する方法を試みた。

唾液腺には腎臓と同様に、活性型コルチゾールを不活性型コルチゾンに変換する11 β - ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ2 型(11 β -HSD2)が発現する。Perogamvros らのデータからも確認されているように、正常状態の唾液中ではコルチゾールよりもコルチゾン濃度のほうが高い。そこでPerogamvros らは、感度と特異度の高い液体クロマトグラフィー‐タンデム質量分析法(LC-MS/MS)を用いて唾液中のコルチゾールおよびコルチゾン濃度を測定し、血清総コルチゾール値(免疫測定法により測定)、血清遊 離コルチゾールおよびコルチゾン値(限外濾過法とLC-MS/MS により測定)との間の関連性について検討した。コルチゾールの生物学的活性は通常状態では血清総コルチゾールの約5% を占める遊離(非結合型) コルチゾールによって示される。著者らは2 つのプロトコールにおいて唾液試料と血清試料を同時に採取した。1 つ目のプロトコールではエストロゲン療法(経口避妊薬またはホルモン補充療法)施行中の女性12例と対照14 例を対象に、ベースライン時とコシントロピン250μg による刺激試験の60 分後に試料を採取した。2 つ目のプロトコールではエストロゲン療法施行中の女性、SERPINA6 遺伝子(コルチコステロイド結合グロブリンをコード)の非機能性変異をホモ接合で保有する患者および健常対照者を対象に、合成コルチゾールのヒドロコルチゾン20 mg を経口または静脈内投与後に試料を採取した。ヒドロコルチゾン経口投与直後に採取した唾液試料は、直接的な影響が認められたために解析から除外した。その結果、唾液中コルチゾールと同コルチゾンは血清総コルチゾールよりも血清遊離コルチゾールと高い相関を示した。さらに重要なことに、ヒドロコルチゾン経口投与により影響された唾液試料を除外すると、血清遊離コルチゾールと唾液中コルチゾールとの間の相関性、および血清遊離コルチゾールと唾液中コルチゾンとの間の相関性に差がみられなくなった。

唾液試料への影響はいくつかの経路によってもたらされる。特にプレドニゾンなどの合成ステロイドを経口投与直後に唾液を採取した場合は一部の免疫測定法において交差反応が生じ、測定結果が上昇する可能性がある。ただし、この問題はLC-MS/MS の使用によって回避することができる。一方、この唾液中コルチゾールの免疫測定において認められる合成ステロイドの交差反応により、ひそかにプレドニゾンを使用していた患者を特定できるという予想外の利点が得られることもある。さらに試料への影響はヒドロコルチゾンの使用、一般的にはどこででも手軽に入手できる市販の外用ヒドロコルチゾンクリームまたは軟膏などの使用によってももたらされるので、その頻度は高いといえよう。ヒドロコルチゾンとコルチゾールの識別はLCMS/ MS を用いても不可能である。しかし、Perogamvros らの研究で示されているように、経口ヒドロコルチゾンによって唾液試料が影響されても唾液中コルチゾンは増加しない。そのためヒドロコルチ ゾンによる唾液試料への影響は、唾液中コルチゾール/ コルチゾン比の著しい上昇によって発見できる可能性がある。

唾液中コルチゾールは深夜の測定値が内因性副腎皮質機能亢進症の評価に用いられるだけでなく、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)刺激にも反応することから、 見かけ上の副腎機能は正常であるが血清ステロイド結合蛋白(アルブミンおよびコルチコステロイド結合グロブリンなど)値が低下しているために血清総コルチゾール値の解釈が困難な患者を特定するうえでも有用である5-7。Perogamvros らの研究には、コルチコステロイド結合グロブリン値が上昇することが知られているエストロゲン療法施行中の女性が組み入れられていた。このことを鑑みると、コルチコステロイド結合グロブリン値が異常な状況でも唾液中ステロイド測定は有用と考えられる。ただし、ACTH に対する反応性は唾液中コルチゾールのほうが唾液中コルチゾンよりも強いことから、後者の測定では確かな診断情報が得られない可能性がある。

Perogamvros らは、唾液中コルチゾールおよびコルチゾンの同時測定は11 β -HSD2 活性を評価するうえで臨床的に有用であると述べている。11 β -HSD2 の遺伝子欠損はまれであるが[AME(apparent mineralocorticoid excess)症候群]、薬剤や栄養補助食品の中には11 β -HSD2 活性阻害物質であるグリチルリチン酸を含有するものがある。市販のグリチルリチン酸含有製品を摂取している患者では異常に高濃度の唾液中コルチゾールが検出されることが報告されている。おそらく薬剤やその他の製品が11 β -HSD2 活性、さらには唾液中コルチゾールおよび/ またはコルチゾン測定に影響を及ぼし、その臨床的有用性を低下させている可能性がある。特に患者の臨床所見と無関係に唾液中コルチゾールの増加が認められた場合は、 影響する物質が何であれ、摂取もしくは外用塗布した製品の使用歴をすべて詳細に聴取することが不可欠である。

Perogamvros らの最も重要な主張は「慢性の糖質コルチコイド過剰状態でのさらなる研究が必要である」というものである4。実際に唾液中コルチゾールはクッシング症候群のスクリーニングにおいて主に使 用されるが7-9、唾液中コルチゾン測定の副腎皮質機能亢進症患者における有用性は評価されていない。またLC-MS/MS を用いて唾液中コルチゾールを測定した研究では感度92%、特異度92% の診断精度を示す ことが報告されており、これは免疫測定法による精度に匹敵する10。唾液中コルチゾンに関するデータはなかったが、内因性副腎皮質機能亢進症といった厄介で変動しやすい疾患の評価において唾液中コルチゾン の測定が診断精度をさらに著しく向上させるとは考えにくい。

総じて唾液中コルチゾン測定によりクッシング症候群の診断、さらに言えば血漿ステロイド結合蛋白値の異常を伴うコルチゾール欠乏の診断が大きく改善することはないであろう。それでも唾液試料が外用ステロイドで影響されている少数の患者を特定するうえでは、唾液中コルチゾン測定が有用となり得る。唾液中コルチゾン測定には高額なLC-MS/MS と専門技術が求められるのに対し、唾液中コルチゾール測定に用い られる免疫測定法は簡便であることを考えると、副腎皮質機能障害患者の診断ツールとして唾液中コルチゾンが唾液中コルチゾールに取って代わることはないと推測される。

doi:10.1038/nrendo.2010.192

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