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治療薬の「二重人格」性を解明する

Nature Reviews Cancer

2002年5月1日

タモキシフェンとは、エストロゲン受容体(ER)が誘発する遺伝子発現を調節する選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)で、組織によって全く正反対の作用を示す。乳房では遺伝子発現、そして細胞増殖を阻害するのだが、子宮内膜では促進するのだ。したがって乳癌患者の治療でタモキシフェンを投与すると、子宮での発癌が促進される可能性がある。ところで、このように組織によって作用が異なる原因は何なのだろうか? このほどYongfeng Shangたちは、組織特異的補助制御因子の発現量によってタモキシフェンの作用が決まることを実証した論文をScience誌に発表した。 ERは遺伝子の転写を調節する。この調節作用は遺伝子プロモーターのエストロゲン応答配列(ERE)との結合により直接的になされ、他の転写因子を介して結合することによって間接的になされる。このように異なるタイプのプロモーターをSERMはどのように調節しているのだろうか? Shangたちは、タモキシフェンとラロキシフェンをMCF-7乳癌培養細胞株と子宮体癌培養細胞株(Ishikawa)に投与して、遺伝子発現に与える影響を調べた。(ラロキシフェンは、乳房と子宮内膜においてエストロゲンアンタゴニストとして作用するSERMだ。)その結果、ERが間接的に標的とするc-MYC遺伝子とIGF1遺伝子の転写はタモキシフェンの投与によって促進されたが、ラロキシフェンによっては促進されなかった。また転写が促進されたのは、子宮体癌培養細胞株(Ishikawa)の場合のみでMCF-7乳癌培養細胞株には見られなかった。そしてERが直接的に標的とするCTSD遺伝子とEBAG7遺伝子の転写は促進されなかった。したがってプロモーターのタイプは、タモキシフェンの活性を決定する重要な因子だと言える。 このような活性の違いには何が関与しているのだろうか? クロマチン免疫沈降実験を行ったところ、タモキシフェンによってMCF-7乳癌培養細胞株の2タイプのプロモーターと子宮体癌培養細胞株(Ishikawa)の直接的なプロモーターに転写抑制因子が集合したことが判明した。しかし子宮体癌培養細胞株(Ishikawa)の間接的なプロモーターには、転写活性化因子が集合した。タモキシフェンの作用が組織特異的である原因は、このような転写制御因子の発現量の違いだとは言えないだろうか? 転写活性化因子NCOA1(SRC1とも呼ばれる)の発現量は、子宮内膜細胞より乳腺細胞の方が少なかった。MCF-7乳癌培養細胞株でSRC1が過剰発現すると、タモキシフェン誘発型の転写が促進された。これに対して、RNA干渉法によって子宮体癌培養細胞株(Ishikawa)のSRC1を不活性化させると、タモキシフェン誘発型の転写とそれに伴う細胞周期の進行が停止した。 このようにSRC1の発現量に見られる組織特異的な違いによって、タモキシフェンが数種類のタイプのプロモーターに対して抗エステロゲン作用を示すのか、親エステロゲン作用を示すのかが決まる。このような機械論的知見が、発癌性の副作用のないSERMの開発につながることを期待することとしよう。

doi:10.1038/fake878

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