Research Highlights

癌細胞の魚雷攻撃

Nature Reviews Cancer

2003年8月1日

19世紀以来使われてきた魚雷(torpedo)は、水中で艦船を探し出して破壊する。哺乳類のラパマイシン標的タンパク質(mammalian target of rapamycin、mTORと略す)を阻害するラパマイシンは魚雷と同じような作用をし、アポトーシスを誘発して腫瘍細胞を破壊する。ところでこの抗生物質はどのようにして腫瘍に対してこのような特異的な効果を示すのだろうか。Peter Houghtonの研究グループがMolecular Cell誌に寄せた報告によれば、ラパマイシンに誘発されるアポトーシスはc-Junアミノ末端キナーゼ(JNK)情報伝達経路の活性化の延長によって引き起こされるがこれが起こるのは機能的p53タンパク質をもたない細胞だけである。

oughtonらは以前の研究で、p53の欠損した細胞はラパマイシンに応答してアポトーシスを誘発され、p53機能が回復するとアポトーシスから守られることを示している。p53依存性アポトーシスにはJNK情報伝達経路が関与している。そこでHoughtonらは、この経路がラパマイシンによって活性化される可能性を考えた。HoughtonらはRh30細胞(不活性型p53を発現するヒト横紋筋肉腫細胞)を用いてこの可能性を検討し、JNK経路の活性化とc-JUNタンパク質の過剰リン酸化が起こることを明らかにした。活性化と過剰リン酸化は、アポトーシスが最大になるまで5日間持続した。JNK の活性化はmTOR依存性だった。ラパマイシン抵抗性変異をもつmTORタンパク質を発現するRh30細胞はラパマイシンに応答しなかったからである。では、 mTORはJNK情報伝達経路にどのようにつながっているのだろうか。

TORは、S6K1あるいは4E-BP1という2つの別個の経路を媒介にして細胞に影響を及ぼす。そこでHoughtonらは、どちらの経路がラパマイシンの影響を受けるのかを調べることにした。4E-BP1の発現量が低下しているRh30由来ラパマイシン抵抗性クローンと、このクローン由来で野生型 Rh30細胞と同程度に4E-BP1を発現する復帰変異クローンを利用して調べたところ、ラパマイシンに応答して起こるc-JUNの過剰リン酸化は復帰変異クローンだけに見られることがわかった。したがって、4E-BP1はこの過程に不可欠である。HoughtonらはRh30細胞の4E-BP1発現量を RNA干渉法によって減少させ、パマイシンに誘発されるc-JUNの過剰リン酸化には4E-BP1が必要なことを確認した。では、c-JUNの過剰リン酸化は、それだけでラパマイシン誘発性アポトーシスを引き起こすのだろうか。

rp53遺伝子を完全に欠失したマウス胚繊維芽細胞(MEF)で優性阻害型c-Jun変異タンパク質を発現させた場合とc-Junタンパク質を欠損させた場合、ラパマイシン誘発性アポトーシスは完全に抑制された。したがって、c-Junが欠損すると、Trp53遺伝子完全欠失細胞のラパマイシン誘発性アポトーシスが回避される。p53タンパク質がJNK活性を阻止して細胞を守るかどうかを確証するため、 HoughtonらはRh30細胞での機能性p53の回復とp53の下流で作用するWAF1の発現の影響を調べた。正常なRh30細胞では活性化が持続するのに比較し、p53またはWAF1を発現する細胞ではc-JUNは一時的に過剰リン酸化されたにすぎなかった。さらに、c-Junの過剰リン酸化には遺伝子型による顕著な違いがあり、Trp53遺伝子完全欠失MEFでは過剰リン酸化が持続したが、野生型MEFでは一時的だった。したがって、p53とWAF1は両方ともc-Junの持続性リン酸化を抑制する。他のp53応答性遺伝子群の転写のトランス活性化は、ラパマイシン誘発性アポトーシスからp53が細胞を守るのには適切でなかった。p53を過剰発現するWaf1発現性MEFではc-Junリン酸化の抑制はまったく見られなかったのである。

ポトーシス信号調節性キナーゼ(ASK)は、JNKの上流で機能している。野生型ASKを発現するRh30細胞ではc-JUNの過剰リン酸化が増加していたが、優性阻害型ASKを発現するRh30細胞では過剰リン酸化の増加は見られなかったので、ASKがラパマイシン誘発性アポトーシスを媒介すると考えられた。Houghtonらは免疫沈降実験を利用し、ASKがWAF1と相互作用してASKからJNKへの情報伝達を抑制していることを示した。したがって、p53が存在する場合、あるいはWAF1が構成的に発現している場合は、JNKの活性化はASK-WAF1複合体の形成によって阻止される。しかし、機能性p53をもたない細胞またはWAF1を発現しない細胞では、JNK情報伝達経路が誘発され、癌細胞のアポトーシスが引き起こされる。

れらの知見から、ラパマイシン類似物質や他のmTOR阻害剤は、

RP53遺伝子を完全に欠失した腫瘍を選択的に探索して破壊する治療法の開発に使えるかもしれない。

doi:10.1038/nrc1152

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