Research Highlights

あばかれた犯人

Nature Reviews Cancer

2003年5月1日

悪性転換した細胞が血管新生に着手する能力は、腫瘍の進行を決定的にする第一歩である。20年前に、MYCおよびRASという2つの癌遺伝子が協調して細胞を悪性形質転換させることがわかった。今回Robert Weinbergらが、この2つの遺伝子の協調作用は新しい血管系の発生にも必要なことを明らかにしている。Cancer Cell誌の3月号に報告されたところによれば、Weinbergらが解明したのは、RASタンパク質からMYCタンパク質に到達し、最終局面で血管新生の阻害に重要なトロンボスポンジン‐1(TSP1)という因子の抑制に結びつく情報伝達経路である。

einbergらは、SV40の初期領域のタンパク質、ヒトのテロメラーゼの触媒サブユニットおよび腫瘍形成性RASタンパク質を導入して悪性形質転換させたヒト胚腎細胞系および乳管上皮細胞系を樹立した。低発現性RASタンパク質を導入して悪性転換させた細胞系は、ヌードマウスに移植しても直径1〜2 mm以上の腫瘍をつくらず、新しい血管系の新生を開始させることができなかった。一方、高発現性RASタンパク質を導入して悪性転換させた細胞系はヌードマウスに直径1.5 cmの腫瘍をつくらせ、新しい血管系を定着させた。

は、これらの細胞系では血管新生の鍵となる調節因子が変化しているのだろうか。血管新生を促進する血管内皮増殖因子(VEGF)を過剰に発現させると、 RASタンパク質低発現性細胞の腫瘍形成性が高まった。ところが、RASタンパク質高発現性細胞のVEGF産生量は、RASタンパク質低発現性細胞に比べて有意に増加しているわけではないので、腫瘍を形成する可能性の顕著な違いをVEGF発現量の差で説明することはできなかった。これとは対照的にTSP1 は、RAS発現量の低い細胞に比較してRAS発現量の高い細胞では大きく減少していた。TSP1遺伝子のアンチセンスを利用してRAS発現量の低い細胞のTSP1因子の発現量を減少させたところ、RAS発現量が低くてもヌードマウスに大きな血管新生性腫瘍を形成させることができた。さらに、RAS発現量が高い細胞にTSP1遺伝子を導入してTSP1因子の発現量を増加させたところ、腫瘍の大きさが減少し、生育可能な細胞は腫瘍の塊の外側の薄い層に限定されていた。

ASタンパク質からの情報伝達はMYCタンパク質を安定化し、MYCタンパク質はTSP1因子の抑制に関与するとされてきたので、Weinbergらは次に、これらの細胞系におけるMYCタンパク質の役割を調べた。RAS発現量が高い細胞に優性阻害型MYCを導入すると、TSP1因子の発現量が増加した。また、損なわれていないMYCタンパク質をRAS発現量が低い細胞に導入すると、MYCの活性化がTSP1の発現量の低下をもたらした。おもしろいことに、MYCタンパク質の発現量はRAS発現量が低い細胞系と高い細胞系で変わらなかった。ところが、MYCタンパク質のリン酸化の状態を調べると、2つの特異的残基のリン酸化がMYCによるTSP1の抑制に必要で、特異的残基の1つはMYCのトランス活性化ドメインに存在することがわかった。

ASタンパク質は3つのエフェクター経路を活性化するが、どの経路がMYCタンパク質を介したTSP1発現の抑制に関与するのだろうか。種々の化学的阻害物質を用いた実験、あるいはRASの影響下にある情報伝達経路の構成成分の構成的活性型および優性変異体を作出して行った一連の実験から、RASから TSP1の抑制に至る情報伝達カスケードが究明された。Weinbergらは、情報伝達がホスファチジルイノシトール3‐キナーゼ(PI3K)経路を介して起こることを明らかにした。最もよく研究されているPI3Kの作用はAKTキナーゼに対する作用だが、構成的活性型AKTキナーゼはTSP1因子の発現量にまったく影響を及ぼさなかった。これとは対照的に、グアニン交換因子(GEF)を介してPI3K経路によって活性化されるGTPアーゼ群に属する RHO-GTP結合タンパク質の発現量はRASタンパク質高発現性細胞のほうが高く、RHOAタンパク質の優性阻害型変異体をRASタンパク質高発現性細胞で発現させるとTSP1の抑制が解除された。RHOタンパク質のおもなエフェクターはROCKプロテインキナーゼ群であるが、RASタンパク質高発現性細胞でこれらのキナーゼ群が阻害された場合もTSP1因子の発現量が増加し、MYCタンパク質のリン酸化が阻止された。MYCタンパク質がTSP1遺伝子の転写を抑制する機構は依然として不明である。

ASタンパク質からTSP1因子に至る情報伝達経路を解明したあと、Weinbergらは研究結果の正当性を3種類のヒト乳癌細胞系で証明した。これらの癌細胞ではTSP1因子の発現は検出できなかったが、PI3K経路またはROCKプロテインキナーゼ群の阻害剤で細胞を処理するとTSP1因子の発現が刺激されたのである。新しい血管系の新生を調節する血管新生阻害因子TSP1と血管新生促進因子VEGFの相対的役割は非常に興味深く、今後の詳細な解析が待たれている。

doi:10.1038/nrc1080

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