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癌のT細胞療法の発展

Nature Reviews Cancer

2003年4月1日

T細胞に腫瘍を攻撃させる理にかなった癌治療法は、うまく成功するとは限らない。 Nature Medicine誌に掲載された新しい研究には、非常に心を引きつけられる いくつかの技術が活用されている。(279ページ〜286ページ)

癌患者のTリンパ球を遺伝的に改変する処理は、T細胞の細胞傷害性を腫瘍細胞に特異的に向け直す魅力的な戦略である。しかし、養子免疫療法のT細胞を腫瘍の除去に利用するには難関がいくつかある。今月号に掲載された論文では、Brentjensらが臨床適用前のいくつかの障害を克服し、この戦略を大きく前進させた。この腫瘍標的攻撃 型免疫療法の構想が、現実の治療法に変わりつつある。

専門の免疫学者を待ち受けている難問の第一は、リンパ球に導入したときに抗原特異性を腫瘍に向け直すT細胞受容体(TCR)の選択である。これがうまくいけば、遺伝的に改変したリンパ球給源は生体外処理で急速に爆発的に増殖し、臨床的に意味のある数に達するにちがいない。最終的には、患者の体内に戻したときに、これらの遺伝的改変処理したT細胞は長期間の存続が可能で、腫瘍が含まれる部位に帰着し、それに何よりもまず、腫瘍特異的免疫応答を樹立して維持していかなければならない。

考すればこのように深刻な状況であるが、以下の3つの要点にまとめたように最近の多様な発見と新手法の導入によって、この治療法の構想がいつか実現するかもしれないと議論されるようになった。新発見の第一は、(T細胞受容体による抗原の結合のほかに)抗原提示細胞(APC)表面のB7ファミリーのリガンドによるCD28というT細胞受容体の副刺激が、生体内で生産的T細胞応答に必須の第二の信号を伝達することがわかったことである。第二は、インターロイキン(IL)‐15の発見で、IL-15はCD8 陽性Tリンパ球の増殖過程でIL-2とは異なる特有の役割をもつことが突き止められた。第三は、遺伝的改変処理による人工TCR保有T細胞集団の作製と人工APCを介した細胞傷害性Tリンパ球(CTL)集団の誘導が可能になったことである。

回の研究で、Brentjensらは、レトロウイルスを用いて末梢血Tリンパ球に19z1という人工TCRを導入した。19z1は、慢性リンパ性白血病、急性リンパ芽球性白血病およびB細胞リンパ腫の大部分で発現されるCD19というB細胞マーカーを標的にする。改変処理した細胞の特異性は、試験管内でCD19陽性標的細胞に対する選択的細胞傷害性によって示された。Brentjensらは次に、この遺伝的に修飾したT細胞をIL-2またはIL-15の存在下でCD19発現性人工APCおよびCD80 (B7.1)という副刺激分子とともに培養して増殖させた。IL-2存在下で培養したT細胞は増殖したが、細胞死で全滅してしまった。一方、この培養系に IL-15が存在すると、19z1陽性T細胞が千倍以上に増殖し、臨床的に適切な細胞数になった。

9z1陽性T細胞は生体内でどのような挙動をするのだろうか。Brentjensらはこの問題 に取り組むため、重症複合免疫不全症(SCID)のベージュマウスにCD19陽性バーキッ トリンパ腫系の細胞を移植し、IL-15と人工APCの存在下で増殖させた19z1陽性T細胞 を静脈注射して経過を観察した。対照マウスは一様に発病して死亡したのに対し、 CD8陽性19z1陽性T細胞を注入したマウスでは100%の個体に発病のかなりの遅れまたは 病気の完全な鎮静化が起こった。これとは対照的に、CD4陽性19z1陽性ヘルパーT細胞 を注入しても腫瘍は消えず、IL-15がCD8陽性の記憶T細胞の生存に必要不可欠だがCD4 陽性T細胞の生存には必要でないという観察結果と一致した。同様に、OKT3抗体と高 用量IL-2による非特異的なTCR刺激を用いた従来のT細胞増殖法では、このマウスモデ ルで腫瘍含有部位にうまく移動してCD19陽性の腫瘍を消滅させる19z1陽性T細胞はつ くられなかった。腫瘍の副刺激が19z1陽性T細胞の機能に寄与することを証明するた め、BrentjensらはSCIDベージュマウスにB7ファミリーの分子を発現しない腫瘍細胞 系を移植した。続いてこれらのマウスに19z1陽性T細胞を注入したが、腫瘍は消えな かった。対照的に、同じ腫瘍細胞に副刺激分子のCD80を発現させてマウスに移植する と、この系で19z1陽性T細胞の効力が回復し、腫瘍は消滅した。最後に、この方法を 臨床に関連する問題に適用するため、BrentjensらはCD19陽性慢性リンパ性白血病患 者由来のT細胞に19z1 TCRを導入した。この19z1陽性のヒトT細胞を人工APCとIL-15の 存在下で増殖させてから調べたところ、試験管内で患者自身の腫瘍細胞に対してCD19 特異的細胞傷害性を示した。

rentjensらの研究により、T細胞の生物学の分野で持ち上がってきたいくつかの問題 が実際に統合されることになる。まず第一に、IL-15がT細胞の増殖と存続の強力な仲 介因子であるのに対し、IL-2は活性化に起因する細胞死と末梢での免疫寛容の原因に なる。したがってIL-15は、19z1陽性T細胞の増殖を誘導する点においてはIL-2よりも 優れている。Brentjensらは、19z1陽性T細胞の増殖が誘導されるときにIL-15による 情報伝達のアポトーシス抑制作用に特有の標的としてBcl-XLを同定している。IL-15のほかに、生体外に取り出したT細胞の効果的な増殖の鍵となる第二の要因は、副刺激分子存在下での抗原提示である。生体内で副刺激の必要性が持続するという観察は、CD28分子を介して伝達される重要な第二の信号伝達経路を浮かび上がらせている。このIL-15と副刺激分子の情報の協力作用の根底にある分子的基礎が解明されれば、T細胞刺激を理解するのに役立つだろう。

rentjensらの研究から、患者自身の腫瘍に対して生体内で反応性をもつ患者由来の大集団のT細胞の遺伝的改変処理が可能なことが明らかに証明されたが、癌治療に使えるかどうかはわからない。

者自身のT細胞を利用する養子免疫療法の利点は、腫瘍に特異的に傷害を与える可能性があることだ。それゆえ、従来の化学療法や他個体(非自己)のT細胞の養子移入(この場合は移植片対宿主病を引き起こす可能性がある)に比べて毒性が低くなる。しかし、T細胞の養子移入に関連する毒性の可能性として、腫瘍溶解症候群がある。この病気になると、急速に死滅しつつあるB細胞悪性疾患由来の代謝産物が患者の体を制圧し、突然の心臓死や腎不全を引き起こすことがある。そのほかに、制御されないサイトカインの放出から生じるショックや、自己免疫疾患などの問題もある。自己免疫疾患には形成不全や免疫不全が含まれ、T細胞が正常細胞と悪性細胞に共通の(CD19などの)抗原を標的攻撃した場合に起こる。さらに、最近のX連鎖性SCIDに関連した医療現場での悲痛な経験から、レトロウイルスを介してT細胞に遺伝子を導入するとウイルスが癌原遺伝子に組み込まれて細胞の悪性形質転換が引き起こされる場 合があるとわかった。

れらの毒性の問題の少なくとも幾分かは、単純ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼなどの自殺遺伝子を細胞内に入れることで取り組むことができる。遺伝的に修飾された自殺遺伝子保有T細胞は、ガンシクロビアで処理すれば除去されるはずだ。これらの懸念のほか、この戦略全体の実現可能性は、生体内でT細胞に継続的に副刺激を与える必要があるために制限されるかもしれない。副刺激分子を発現しない腫瘍、あるいはさらに悪いことに副刺激を阻害する分子を発現する腫瘍が存在する場合、どのようにしてこの要求にこたえられるだろうか。このような場合は、CD28受容体をふさぐ低分子やモノクローナル抗体との組み合わせ療法が必要になるかもしれない。それにもかかわらず、臨床医療の世界は、将来の研究に備えてこのすばらしい実験的戦略の有効性を試していくにちがいない。

doi:10.1038/nm0303-257

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