Research Highlights

不死化にまつわる物語:二役を演じるテロメラーゼ

Nature Reviews Cancer

2002年7月1日

癌細胞が増殖するためには、不死性を獲得しなければならない。不死化は、一般にテロメラーゼの再活性化によって起こる。テロメラーゼは、mTertと Tercという2つのサブユニットからなる酵素である。テロメラーゼは、テロメアの蓄えが使い果たされたときに起こる2つの応答、すなわち、複製に伴う細胞の老化と増殖の危機を、テロメアの長さを維持することにより予防する。けれども、テロメラーゼが登場する物語は、最初に考えられていたほど単純ではないかもしれない。Steven Artandiらが最近、テロメラーゼ活性はテロメアの長さとは無関係に腫瘍発生を促進する場合があることを報告したのである。

rtandiらは、触媒機能をもつmTertサブユニットを発現する遺伝子導入マウスを作出し、このマウスの胸腺、肺、腎臓、乳腺、心臓、筋肉、脳などの組織中のmTertサブユニットのメッセンジャーRNAが野生型マウスに比較して増加することを示した。ところが、心臓、筋肉および脳組織のテロメラーゼ活性をテロメラーゼ反復配列増幅プロトコル(TRAP)法で測定したところ、メッセンジャーRNA量に見合う活性の増大は認められなかった。この結果を説明する考えとして、これらの組織中に見いだされたmTertサブユニットの発現量が低いことが挙げられる。

は、強制的なmTert発現とそれゆえに増大するテロメラーゼ活性にはどんな生理学的影響があるのだろうか。野生型マウスとmTert発現マウス由来のマウス胚繊維芽細胞(MEF)を用いて調べたところ、mTertが発現するとテロメアの平均長が50 kbから70 kbに増加した。ところがおもしろいことに、これらの細胞では、野生型細胞と同じ時期に、そして同じ反応速度で、培養誘導性老化が起こる。培養誘導性老化は、継代を続けた後に起こる分裂停止で、テロメアの長さとは無関係と考えられている。ヒト細胞の複製に伴う老化とは異なり、培養誘導性老化がテロメアの長さには関連しないことが、この結果からもいえる。

制されたテロメラーゼ発現が腫瘍発生に影響をおよぼすしくみを知るため、ともに十分なテロメアをもつ野生型マウスとmTert遺伝子導入マウスをジメチルベンゾ[a]アントラセン(DMBA)という発癌物質で処理した。DMBA処理した野生型マウスは高い腫瘍発生率を示し、mTertが発現しても腫瘍発生率はそれ以上増加しなかった。

Tert遺伝子導入マウスを、Ink4aおよびArf癌抑制タンパク質の欠損のために腫瘍になりやすいCdkn2a-/-マウスと交雑させてmTert遺伝子導入Cdkn2a-/-マウスを作出したところ、腫瘍発生率の増加は認められず、Cdkn2a-/-マウスでふつう見られる肉腫とリンパ腫以外の腫瘍を発生するような変化も見られなかった。

かし、mTert発現に伴って生じるごくわずかな欠損が、これらの非常に癌になりやすいマウスでは覆い隠されている可能性もある。ArtandiらはmTert発現マウスを長期間にわたって観察し、野生型マウスが老齢に達したときに発症するふつうの範囲の腫瘍だけでなく、相当数の乳癌も発症することを見いだした。乳癌の発症は、遺伝子導入マウスの乳房組織におけるテロメラーゼ活性の増加と矛盾しない。

織学的解析の結果、遺伝子導入マウスの1系統では67%の個体が乳腺全体に乳癌の前駆症状である乳房上皮内新形成(MIN)を発生し、mTertの発現量が低い別の系統では33%の個体がMINを発生した。野生型の対照マウスでは、MINの発生は見られなかった。

たがって、テロメラーゼは癌細胞において2つの機能を果たしている可能性がある。すなわち、短くなったテロメアを長くして細胞を無限に増殖させることと、テロメア長に無関係な未知の機構によって腫瘍発生を促進することである。ほかの組織でもテロメラーゼ活性が高くなるのに、なぜこの2つの機能が乳腺細胞に限定されているらしいのかは、まだわかっていない。また、テロメラーゼがこの作用をするのにかかわる経路もわかっていない。この研究は、癌治療用のテロメラーゼ阻害剤の開発を奨励しうるものといえよう。

doi:10.1038/nrc847

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