Research Highlights

逮捕に抵抗する癌細胞

Nature Reviews Cancer

2002年6月1日

事件の犯人が逮捕(arrest)に抵抗するのと同じように、癌細胞が分裂停止(arrest)に抵抗することがある。Clemens Schmittらは、Cellの5月3日号に掲載された論文で、癌細胞が細胞死だけでなく分裂停止によって化学療法に応答することがあり、薬剤抵抗性には両経路の阻止が必要なことを示している。この2つの経路にはそれぞれ異なるタンパク質が関与しているので、腫瘍発生過程のこれらのタンパク質の変異が化学療法に対する応答を決める可能性がある。

chmittらは、Eμ‐myc遺伝子導入マウスの化学療法に対する応答を調べた。このマウスはc‐Myc癌遺伝子を過剰に発現し、B細胞リンパ腫になりやすい性質がある。また、このマウスにわかっている遺伝的病変を導入し、関与する経路をさらに精査することもできる。Eμ‐mycマウスに生じたリンパ腫は、シクロホスファミド(CTX)という化学療法剤を投与すると急速に退縮し、CTXがアポトーシスを誘導したことがわかる。ところが、Trp53ヘテロ接合性のEμ‐mycマウス(このマウスは、高頻度で野生型対立遺伝子を消失し、Trp53遺伝子欠損マウスになる)では、初期にゆっくりだがp53に依存しないアポトーシス応答が見られたにもかかわらず、まもなく腫瘍が進行し、マウスは死亡した。

ころで、p53は細胞周期の停止を誘導することもできる。アポトーシス応答が抑制されていたら、CTX処理細胞は分裂停止するのだろうか。Eμ‐mycマウスおよびEμ‐myc Trp53+/−マウス由来の造血細胞にアポトーシスを抑制するBcl2遺伝子を導入し、この仮説を調べてみた。Eμ‐myc マウスでBcl2が発現されるとCTXに応答した腫瘍の退縮が妨げられたが、腫瘍はp53遺伝子欠損マウスで見られるように急速には進行しなかった。その代わり、腫瘍は静止状態に入った。細胞周期の停止の誘導は、CTXで処理しないBcl2発現細胞は増殖を続けるが、CTXで処理した細胞は増殖しなかったことで確認できた。Bcl2が発現されるとTrp53+/−マウスの腫瘍の野生型対立遺伝子の消失も抑制されたが、CTX処理後には抑制されなかった。p53は、おそらく細胞周期の停止を誘導することによって、CTX抵抗性に対して選択的有利性を与えるといえる。

は、p53以外のタンパク質はCTXに対する応答を決定できるのだろうか。Schmittらは、Cdkn2a遺伝子座にある癌抑制遺伝子Ink4aとArfの影響を調べるため、Eμ‐mycマウスをArf+/−マウス(エキソン1βが欠失)およびInk4a/Arf+/−マウス(エキソン2が欠失)と交雑させた。得られたすべてのマウスにEμ‐mycマウスよりも急速な腫瘍発生が見られ、結果的にアポトーシスが減少した。野生型Cdkn2a対立遺伝子は、すべてのInk4a/Arf+/−マウスで消失していた。Arf+/−マウスの65%ほどがエキソン1βを消失していて、残りのマウスはエキソン2のヘテロ接合性欠失に感受性を示した。Ink4aだけの欠失はEμ‐myc マウスの腫瘍発生を増加させないので、Ink4aではなくArfがMyc誘導性リンパ腫形成の抑制に重要なようだ。ところが、CTX処理に対する応答は Ink4aの有無によって驚くほど異なっていた。Ink4a/Arf遺伝子欠損マウスはAfr遺伝子欠損マウスよりも予後が悪かった。Bcl2の発現は生存期間をさらに減少させたことから、Ink4aとBcl2が別の経路で作用してCTX抵抗性を誘導することがわかる。

dkn2a遺伝子座の自然変異も、癌ではよく見られる。Schmittらは、この自然変異のポリメラーゼ連鎖反応による解析と化学療法に対する応答の相関を調べ、Ink4aの消失が癌細胞の増殖を有利にすることを確認した。おもしろいことに、Bcl2が発現していると、細胞をCTXで処理するまでは Ink4a対立遺伝子の消失が妨げられる。Ink4aは、非アポトーシス経路を介してCTX処理後の増殖を抑制するといえる。

殖を続けるp53遺伝子欠損細胞では、CTX処理後にInk4aが蓄積することがある。これは、p53がInk4aの細胞増殖抑制機能に必要なことを示している。実際に、p53タンパク質とInk4aタンパク質は協同して作用するようだ。p53遺伝子欠損Ink4a/Arfヘテロ接合体も、またその逆の場合も、野生型対立遺伝子が失われることはなかった。これは、もう一方の遺伝子の変異を起こす選択圧は軽減され、両タンパク質は一緒に作用して細胞周期の停止を誘導することを示している。Bcl2発現性Eμ‐myc 細胞では酸性β‐ガラクトシダーゼという老化関連マーカーの発現も見られたので、細胞周期の停止は早発性老化だとわかった。Arf遺伝子欠損細胞では CTX処理後にSA‐β‐ガラクトシダーゼの発現も見られた。p53遺伝子欠損細胞やInk4a/Arf遺伝子欠損細胞では本酵素の発現は見られなかった。

のように、少数の鍵となる遺伝子によって、同じ薬剤に対する応答が抜本的に変わることがある。個々の患者の状況にかなった癌治療法についての議論を強化することが望まれる。

doi:10.1038/nrc833

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