Research Highlights

自由になる

Nature Reviews Cancer

2003年9月1日

深みにはまって動きがとれないと感じる日々が続くなら、現状から脱皮して自らの運命の主導権を握るべきだと友人に言われるかもしれない。癌細胞は、三次元(3D)の細胞外基質に束縛されている場合、まさにそのような行動をする。Stephen WeissらがCell誌への報告で示したところによると、癌細胞はプロテアーゼを産生して腫瘍周辺の細胞外基質を分解し、増殖を続行する。

プロテアーゼが腫瘍細胞の増殖の調節に果たす役割は、明らかにするのが難しいとされていた。今までの研究の多くは二次元(2D)の実験系で行われ、生理学的な状況を確に反映していない可能性があった。この問題に取り組むため、Weissらは2Dと3D(I型コラーゲンからなる細胞外基質の中)の両条件下でプロテアーゼ阻害因子が癌細胞の増殖に及ぼす影響を調べた。各種プロテアーゼ阻害因子は2D条件下では細胞増殖にまったく影響を及ぼさなかったが、基質メタロプロテイナーゼ(matrix metalloproteinase、MMP)阻害因子のTIMP2が3D条件下で増殖を特異的に阻害することがわかった。

では、どのMMPがこの細胞増殖に重要なのだろうか。 WeissらはMDCK細胞で種々のMMPを発現させる実験を行い、膜連結型MMPのMT1-MMPが3D基質内での細胞増殖を特異的に促進し、TIMP2がこの細胞増殖を抑制することを明らかにした。これはMT1-MMPの直接的影響だと考えられる。MT1-MMPの標的となるMMP2とMMP13の活性型を発現させても、共存培養実験でMT1-MMPに誘導される細胞増殖は促進されなかったからである。癌細胞は、これと同じ戦略を使って増殖を増加させる。MT1-MMP遺伝子を導入すると、SCC-1癌細胞の増殖速度が3Dコラーゲン基質内では2.5倍になったのである。このMT1-MMP活性の増加は、サイクリンD3依存性キナーゼ活性の増加と相互に関連している。

Weissらは次に、MT1-MMPのどの領域がこの増殖促進能力に重要なのかを調べるため、 MT1-MMPの細胞質側尾部または膜貫通領域を欠失させた。この2つの領域は、MT1-MMPの活性型への変換過程には影響しない。膜貫通領域が欠失したMT1-MMPだけが増殖を促進することができなかったので、MT1-MMPタンパク質は細胞表面に存在していることが重要である。

MT1-MMPの影響が生理学的に重要なことをさらに確認するため、MT1-MMPの発現量が低いSCC-1細胞、中程度のSCC-1細胞あるいは高いSCC-1細胞をマウスの皮下に注射し、経過を観察した。生じた腫瘍の大きさはMT1-MMPの発現量と相互に関連していた。腫瘍の増大は腫瘍増殖の促進が原因であり、アポトーシスの減少によるのではなかった。PCNA(proliferating cell nuclear antigen、増殖細胞核抗原)陽性細胞の数は増加していたが、アポトーシスが起こっているTUNEL陽性細胞の数は同じだったからである。

MT1-MMPによるタンパク質分解の標的分子が何なのかを検討する過程で、Weissらは最 初にいくつかの可能性を除外した。MT1-MMPは軟寒天またはマトリゲル培地では細胞増殖を増加させないので、細胞に依存する標的分子とは考えられない。また、MT1-MMP遺伝子を導入していない細胞をMT1-MMP発現性細胞に隣接させて一緒に培養しても非導入細胞の増殖は増加しなかったので、拡散性の抑制物質(リプレッサー)の不活性化を通して作用することもありえない。MT1- MMPに誘導されるコラーゲンの切断によりαvβ3インテグリンという受容体に特異的に結合するリガンドのゼラチンができるが、モノクローナル抗体によってαvβ3を阻害しても増殖は抑制されなかった。最後に残ったのは、細胞が増殖するにはコラーゲンそのものが分解される必要があるという可能性である。 Weissらは、タンパク質分解に感受性を示さない変異型コラーゲンを用いてこのことを確証した。実際に、コラーゲンが細胞をおりの中に閉じこめているらしく、細胞は各種増殖信号に応答して拡散したり細胞骨格を再編成したりができず、結果として形態変化を起こせない。細胞が細胞周期に入るには、その前にこれらの形態変化が必要である。MT1-MMPは、コラーゲンを分解して細胞を拡散させることにより、この過程を媒介する。

したがって、細胞が3Dの細胞外基質をつきぬけて増殖できるようにすることにより、 MT1-MMPは細胞増殖を直接調節している。臨床試験にMMP阻害剤を適用するにはいくつ か問題が残されているが、Weissらの研究から再度明らかになったように、癌治療の 分子標的としてのMMPの研究を続けるべきである。

doi:10.1038/nrc1155

「レビューハイライト」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度