Research Highlights

バランスを崩す

Nature Reviews Cancer

2005年6月1日

遺伝子の活性化または抑制の調節は、複雑なネットワークからのシグナル統合に関与する平衡作用で、特異的なクロマチンリモデリング複合体および転写因子の動員が起こる。Jung Hwa KimらはNatureで、転移抑制因子KAI1の転写調節が、転写因子である核因子- B (NF- B)を軸とする平衡によって、組織特異的に調節されていることを報告している。

Kimらは、KAI1が既知のNF- B-応答遺伝子であることから、NF- BがKAI1の転移抑制機能を調節しうるのだろうかと考えた。逆転写PCR (RT-PCR)を実施したところ、正常細胞でも腫瘍形成性ながら非転移性の前立腺(RWPE)細胞でも、NF- B活性化因子のインターロイキン-1 (IL-1 )による処理後に、KAI1 mRNAが増大することが明らかになった。しかし、転移性の高い前立腺癌細胞系(LNCaP)のKAI1はIL-1 に応じて増大しない。LNCaP細胞にKAI1の発現を取り戻させ、これを同所移植したマウスは、その肺転移数が著明に少なかった。

Kimらは、前立腺癌におけるKAI1の転写調節機序を解き明かすため、クロマチン免疫沈降法(ChIP)を用いてKAI1プロモーターと結合する因子を特定した。RWPE細胞をIL-1 で処理すると、このプロモーターからNCo-R転写コリプレッサー複合体が放出され、前立腺癌発生に関与するアンドロゲン受容体共役因子であるTIP60 が動員された。しかしLNCaP細胞では、NCo-Rがいったん放出されると、TIP60共役因子複合体は動員されなかった。

TIP60は、クロマチンリモデリングタンパク質であるポンチンおよびレプチンとともに複合体を形成するが、RWPE ChIPの実験から、IL-1 で処理するとヒストンH3およびH4がアセチル化されることがわかっているため、Kimらは次に、上記両タンパク質のKAI1調節への関与に焦点を当てた。非転移性細胞をIL-1 で処理すると、TIP60およびポンチンはKAI1プロモーターと結合したが、転移性LNCaP細胞には、これがみられなかった。その代わり、ポンチンともレプチンとも相互作用するもうひとつの転移調節因子である カテニンとともに、レプチンがこのプロモーターに動員された。

タンパク質レベルでみると、転移細胞は非転移細胞よりも、TIP60が少なく カテニンが多かった。ChIP実験と併せて考えると、これが、カテニン-レプチン複合体を介する抑制と、TIP60複合体による活性化との転写平衡であることがわかる。この理論は、非転移性細胞におけるカテニンの構成的活性変異体の発現がKAI1をダウンレギュレートするのに十分であることによって裏付けられた。TIP60の発現を増大させると、KAI1 の発現が復活した。しかも、二段階ChIP測定法からは、TIP60陰性のプロモーターにのみ カテニン-レプチンが動員されることが明らかになった。

カテニンの作用は、少なくともKAI1に対するものは、NF- Bを介しているようである。Kimらは、NF- B DNA結合タンパク質p50との結合部位をもつ最小プロモーターを用いることによって、 カテニンおよびTIP60はいずれも、その動員がp50に依存していることを突き止めた。

では、TIP60と カテニンとの転写平衡は、実際に前立腺癌細胞の転移を調節しているのだろうか。Kimらはこれを検証するため、TIP60とカテニンとの比を変えて、この細胞がMatrigelでコートした膜を通過する能力をみた。LNCaP細胞をIL-1 で処理して、TIP60を過剰発現させるか、またはカテニンをノックダウンすると、対照細胞と比較してMatrigelの浸潤は確かに低下する。以上のことから、この経路が上記細胞の転移能の中心ではないかと考えられる。

doi:10.1038/nrc1634

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