Research Highlights

伝染(うつ)るんです

Nature Reviews Cancer

2006年9月1日

健康なヒトなら、腫瘍との直接接触によって癌に「感染する」ことはないが、イヌならありうる。Claudio Murgiaらは、イヌ可移植性性器腫瘍(CTVT)で、その腫瘍細胞が伝染性物質であることを明らかにしている。

CTVTは、主として交尾中にイヌからイヌへ伝播する組織球性腫瘍であり、最初にその特徴が記載されたのは130年前のことである。CTVT細胞は長らく、新しい宿主に接木のように生着できると考えられてきたが、別のデータからは、発癌ウイルスの関与が明らかになっている。Murgiaらは、伝播の問題を解決する手段として分子遺伝マーカーを用い、CTVTの起源を調べた。

イタリア、インドおよびケニアで治療したイヌの腫瘍組織と正常組織とをマッチさせ、これらを用いて世界中の採取源から単離して保存した腫瘍組織との比較を行なった。CTVT細胞についてはすでに、MYC癌遺伝子の近くに挿入された広範囲散在反復配列(LINE-1)を隠しもっていることがわかっており、Murgiaらは、これがCTVT細胞の特徴であって、イヌそのものの遺伝的素因でないことを確認した。イヌ主要組織適合遺伝子複合体(MHC)内の多型を分析し、マイクロサテライトマーカーをゲノタイピングし、ミトコンドリアDNAの多型調節領域を分析すれば、腫瘍細胞およびその宿主を遺伝的に区別できる。さらなる分析からは、CTVTの起源がオオカミにあったかもしれないこと、現在の腫瘍クローンは発生から250〜2500年経過していることがわかる。

また、マイクロサテライトデータは、腫瘍細胞が異数体であっても、そのゲノムは驚異的に安定していることをも示しており、興味がもたれる。これはCTVT細胞にテロメラーゼが発現し、短いテロメアによるDNA損傷が起きないようにしているためと考えられる。

CTVT細胞は、さまざまな犬種に生着できるが、回復した(腫瘍を拒絶するようになった)イヌに腫瘍の再度負荷に対する免疫があることを考えると、新しい宿主に初めて定着する際は、腫瘍によって免疫応答が抑制されているはずである。実際、CTVT細胞は、既知の免疫抑制サイトカインであるトランスフォーミング増殖因子βを分泌し、1匹から採取した新鮮腫瘍検体を分析したところ、対照組織と比較してMHC発現レベルが低いことが明らかになった。このため、CTVTは、まず宿主の免疫応答を免れるよう変化したことがうかがえる。

腫瘍ではMHC遺伝子の発現がしばしば抑えられている。そのため、シリアンハムスターのコロニーに見つかった腫瘍と、最近大発生したタスマニアデビルの伝染性腫瘍のほか、これまでに寄生型腫瘍の発生頻度が高くならなかった理由はわからない。タスマニアデビルおよびシリアンハムスターに遺伝的多様性のないことは、両種のこのような出来事が起きた理由となりうるが、CTVTが、さまざまな宿主で何世代にもわたって異数性を維持してきた寄生型腫瘍でもあることが確認されたことにより、腫瘍発生に関する見解の多くが揺らいでいる。

doi:10.1038/nrc1960

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