Research Highlights

心臓圧迫

Nature Reviews Cancer

2006年9月1日

メシル酸イマチニブ(グリベック)は、発癌性融合タンパク質BCR-ABLのキナーゼ活性を強力に阻害することから、慢性骨髄性白血病の有効な治療薬である。イマチニブの忍容性はほとんどの患者で良好と思われるが、臨床試験でイマチニブを使用した患者の60%超には、心毒性の徴候と考えられる末梢浮腫が認められる。しかし、この薬物に関しては、どの臨床試験でも心機能の評価は実施されていない。Thomas Forceらは、それまで心機能が正常であった患者10例が、イマチニブ療法開始後に重度の心不全を来たしたと報告している。また、イマチニブに直接的な毒性はなく、その標的のひとつであるABLが阻害されることで心筋細胞のストレス応答の引き金が引かれ、細胞死が誘導されることをつき止めている。

患者から採取した心筋生検試料では、筋細胞膜に渦が目立っていることがわかった。これは、毒素性筋症に特徴的な異常である。この細胞にはほかにも、ストレスの徴候である多形性ミトコンドリアおよび小胞体(ER)の拡張が認められた。

これについてさらに検討するため、Forceらは健常マウスにイマチニブを投与し、マウスの心臓に類似の構造変化を見いだした。血中濃度がヒトと同じになる用量のイマチニブを投与したところ、左室機能不全が生じた。イマチニブは、アポトーシスではなく壊死性細胞死(ミトコンドリア膜電位の用量依存性消失、シトクロムcの放出および著明な細胞質空胞化からわかる)を引き起こすように思われた。ABLのイマチニブ耐性変異遺伝子を導入すると、イマチニブによるシトクロムcの放出が阻害され、細胞死が回避された。これは、イマチニブによるABLの阻害が心筋細胞毒性の機序であることを示している。

イマチニブが誘導する心筋細胞死を調節する機序とは、どのようなものなのだろうか。ERの拡張が認められたことから、ForceらがERストレス-応答経路を検討したところ、イマチニブで処理したマウスは、この経路のEIF2α部分およびIRE1部分のいずれもがイマチニブによって活性化されていることがわかった。この応答は当初、保護作用を示すが、(長期イマチニブ療法で起こるように)細胞に対する誘導ストレスが緩和されない場合には、IRE1が細胞死に向かうJNK経路を活性化させることによって細胞死のシグナルを伝達する。Forceらは、イマチニブを投与したマウスの心臓でJNKが活性化されることに加え、この活性化がEIF2αの脱リン酸化を阻害する低分子サルブリナル(salubrinal)の投与によって抑えられることを突き止めた。さらに、サルブリナルでEIF2α脱リン酸化を阻害、またはペプチド阻害因子でJNK活性を阻害したところ、イマチニブによるミトコンドリア膜電位消失および細胞死に対する耐性が心筋細胞にもたらされた。したがって、イマチニブによるERストレス-応答経路の誘導は、JNKの活性化を介して細胞死を引き起こす。

以上の所見からは、イマチニブ療法中の患者に左室機能不全の徴候がないかを注意深くモニタリングするのみならず、心毒性の割合が明らかになるよう、ABLを標的とする新規薬物の臨床試験で左室機能をプロスペクティブに評価する必要があることがわかる。

doi:10.1038/nrc1980

「レビューハイライト」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度