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中味が換わったマトリックス

Nature Reviews Molecular Cell Biology

2005年6月1日

アテローム性動脈硬化症は、西欧社会では死亡や病気のかなり大きな原因であり、この疾患の予防は健康管理における緊急課題となっている。今回、The Journal of Cell Biologyに掲載された新しい研究は、粥状動脈硬化斑の形成を開始させる分子的相互作用を解明したもので、さらに著者らは初期の治療的介入まで第一歩進み、この重要な進展について報告をしている。

粥状動脈硬化斑は、血管内で血流の速度・方向などが乱れ、乱流状態を呈する部位に生じやすく、これはこの種の損傷の発生に局所的なずれ応力が重要であることを示している。このような変形応力は、インテグリンを介したシグナル伝達を誘発する。インテグリンは、内皮細胞などの複数種の細胞で発現されている細胞接着分子ファミリーの1つである。最近の研究で、このシグナル伝達が防御的に働くか、それとも炎症性のNF-κB転写因子を活性化させてアテロームを誘発させる遺伝子の発現を増す方向に働くのかを決めるのに、インテグリンと特定のリガンドとの結合が重要であることが明らかになっている。インテグリンに結合するタンパク質は正常な血管中では、内皮下層細胞外マトリックス(ECM)中に局在しており、その主成分はコラーゲンIVとラミニンである。しかし、血管が損傷を受けると、フィブリノーゲンやフィブロネクチンのようないわゆる移行型のマトリックスタンパク質がECMに沈着し、こうしたタンパク質がそれぞれ特定のインテグリンと結合することがNF-κB活性化の引き金になるかも知れない。

アテローム性動脈硬化症におけるECM の役割を明らかにするために、M Schwartzらはin vitroアッセイを使って、ずれ応力で誘発されるNF-κBの活性化が、実際にECMの組成に依存するのかどうかを調べた。そこで実際、フィブロネクチンあるいはフィブリノーゲン上で培養された細胞ではNF-κBの活性化が明らかに促進され、NF-κB標的遺伝子の発現も増大した。アテローム性動脈硬化症のモデルマウスを使ったin vivoアッセイの結果もこれと一致し、アテローム性動脈硬化の起こりやすい部位のECMではフィブロネクチンとフィブリノーゲンの量が増大していた。そしてこういう部位の内皮細胞では、NF-κBによって誘導される炎症性マーカーが発現していたのである。

これに対して、正常な内皮下層中のタンパク質成分は動脈硬化斑の形成を防げる働きを持っていた。コラーゲンIVと特定のインテグリンとの結合は、p38マイトージェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)を活性化し、MAPKはNF-κBの活性化を阻害する。内皮細胞の細胞質中では、活性化されたp38はインテグリンとECMの接着部位に局在しており、p38経路はずれ応力によって誘発されるNF-κBの活性化を阻害するにもかかわらず、サイトカインによるNF-κBの細胞全体での活性化は影響を受けなかった。さらに、Schwartzらがフィブロネクチン上で培養した細胞をp38を活性化することが知られているペプチドで処理してみたところ、ずれ応力によって誘発されるNF-κBの発現増大が阻害された。

著者らは、このペプチドは患者の治療に使うのには不適当だろうと言っている。それはともかくとして、p38経路を治療的介入の標的とできることがわかったのは実に興味深い。それは、p38は局所的および選択的に働くことで、NF-κBの阻害を血管損傷を受けた狭い範囲に限定し、拡がらないようにしているからである。p38の働きをこのように限定することで、全体的なNF-κB阻害に伴うと考えられる好ましくない副作用を避けながら、確実に影響を与えることができるのである。

doi:10.1038/fake580

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