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顔の表情から情報をつかむ

Nature Reviews Neuroscience

2003年6月1日

私たち人間は、顔情報処理の専門家だ。似た顔の相手が複数いても正しく見分けることができ、顔の表情から、相手がどのように感じているかを細かく判断することができるからだ。Nature Neuroscienceに掲載されているVuilleumier et al.の研究では、この2つの機能が脳の異なる視覚経路によっており、それぞれの経路では、顔の像に含まれる視覚情報の異なる成分が使われていることを示す証拠が見つかった。

脳機能画像法が導入されて、脳内での顔情報処理過程の解明が進んだ。例えば、紡錘状皮質の一部である「紡錘状回の顔領域」(FFA)は、顔の像によって選択的に活性化し、怖がっている顔の像によって扁桃体が活性化することが既に判明している。扁桃体は、感情情報の処理において重要な役割を果たす。ここで興味深いのは、本人が、怖がっている顔を意識的に知覚していなくても、あるいは怖がっている顔に注意を払っていなくても、扁桃体が活性化することで、この点がFFAとは異なっている。

扁桃体が皮質下の経路を通して視覚情報を受け取っていることが間接的に証明されている。これによって扁桃体が顔情報を「手っ取り早く」処理できるのかもしれない。例えば、大脳皮質で詳細な分析が行われる前に、(怖がっている表情のような)危険信号がないかどうかを素早くチェックするといったことができるのかもしれないのだ。この皮質下の経路は視床を介して「盲視」に関与すると考えられている。盲視とは、視覚皮質に損傷を受けて目が見えなくなった人に残った視覚能力のことで、例えば実際には見えないはずの刺激の発生源を指し示す能力のことだ。Vuilleumier et al.の研究では、この皮質下の経路が、視覚場面から大細胞チャネルによって抽出された低周波情報に依存するのに対して、大脳皮質での顔の識別処理が小細胞チャネルによって抽出された高周波情報に依存するという考え方を検証した。

この実験では、幅広い空間周波数の情報(正常な画像)を含む顔写真か、高空間周波数成分または低空間周波数成分のみを含む顔写真を被験者に見せた。そして被験者には、写真の顔が男性のものか、あるいは女性のものかを判別してもらった。この判断は、高周波データと低周波データに同じように依存する。Vuilleumierたちは、事象関連型機能的磁気共鳴画像法によって、異なるタイプの像に対応した脳の活動を調べた。

予想通り、被験者が正常な顔写真を見た時にはFFAが確実に活性化し、怖がっている顔の写真を見た時には扁桃体の活性化が起こった。高空間周波数成分のみを含む顔写真を見た時には、FFAが同じように活性化したが、扁桃体は活性化せず、怖がっている顔の写真を見せても活性化しなかった。これに対して、低空間周波数成分の写真の場合には、FFAは、高空間周波数成分の場合ほど強く活性化しなかったが、怖がった顔の写真を見せた場合に扁桃体は強く応答した。

扁桃体が活性化しない理由が、被験者が高空間周波数成分の写真で顔の表情を識別できないからなのかどうかを調べるため、Vuilleumierたちの研究では、別の被験者グループに写真の顔がどの程度怖がっているかを評価してもらった。その結果、顔の表情に少なくとも注意を払っていた被験者は、高空間周波数成分の写真であろうと低空間周波数成分の写真であろうと、怖がっている顔を同じように識別することができた。したがって脳内では、扁桃体が皮質下の経路からの入力を通して顔の表情を迅速に処理する一方で、大脳皮質の視覚経路によっても怖がっている表情を識別している可能性が高い。

従来の心理物理学的研究では、視覚場面の低空間周波数成分に、感情の手がかりに関する全体的な立体配置情報が含まれているのに対して、顔の識別といった課題のためにきめの細かい情報を詳細に分析するためには高空間周波数成分が必要であることが示されているが、今回の研究結果は、これとも整合性がある。迅速な処理が行われる大細胞−視床枕−扁桃体の経路によって、本人が注意を払っているかどうかにかかわらず、危険や感情の手がかりを素早く認識できるようになっている可能性があり、これが赤ん坊の初期の視覚能力にも関与している可能性がある。赤ん坊は、大脳皮質の視覚系が成熟するまでの間、低空間周波数を使って、感情の手がかりを感知できるのだ。

doi:10.1038/fake516

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