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RIPにより再び脚光を浴びるアカパンカビ

Nature Reviews Genetics

2003年5月1日

もしモデル生物がなかったならば、遺伝学は今日のような姿にはなっていなかっただろう。ゲノム科学という比較的新しい分野のおかげで、私たちは、古典的遺伝学で何年にもわたって研究してきた生物の遺伝子コードを解読できるようになった。Nature4月24日号で、この頻繁に研究されていたモデル生物Neurospora crassa(アカパンカビ)の遺伝子配列が解読されたことが発表されたのだ。DNAの構造を解明した論文からほぼ50年経った今、まさにふさわしいタイミングでの発表と言うべきだろう。 糸状菌の一種であるアカパンカビのゲノムは、4,000万塩基長で、約10,000個のタンパク質がコードされている。アカパンカビは、遺伝学の研究者がほぼ1世紀にわたって研究対象としてきており、一般にはパンに生えるorange bread moldとして馴染みのある生物だ。BeadleとTatumは1940年代にアカパンカビを使った研究によって「一遺伝子一酵素説」を発表し、のちにノーベル賞を受賞した。より最近になって、アカパンカビは、遺伝子重複に対する非常に興味深い防御機構により、後成モデルとして再登場した。この現象はrepeat induced point mutation(RIP)と呼ばれ、アカパンカビゲノムの進化過程に重大な影響を与えたと考えられている。RIPにより、1回の性周期において新たに形成する約400の塩基対より長い重複配列が完全にCpGメチル化され、重複時に最大30%のシトシンが突然変異するのだ。
シトシンのメチル化は、アカパンカビと高等生物に共通な特徴の1つにすぎない。アカパンカビのゲノム配列を調べたところ、詳細な概日リズムシステムと複雑なシグナル伝達ネットワークがあることも判明しており、このネットワークには、これまで他の菌類では見られなかった細胞外cAMPシグナル伝達経路が含まれている可能性もある。それでも、これまでにゲノム配列が解読された他の生物と比較した場合、アカパンカビは多重遺伝子ファミリーの遺伝子に関する共通点がほとんどない。Galagan et al.では、アカパンカビのゲノムについて解析が行われ、RIPに特有の急速な突然変異によって、アカパンカビは、他の数多くの生物のように遺伝子重複によって進化するのではなく、ほとんど似ていない遺伝子を作り出すことによって進化する、という考え方が提唱された。
しかし進化は、戦争のような状態であることが多い。アカパンカビがRIPから取得したのは、外部から侵入してくるDNAを排除する能力なのだ。同じNature4月24日号で発表されたSelker et al.では、アカパンカビのゲノムからメチル化部分が単離され、そのほとんどがRIPを経た塩基配列によって構成されている、という結論が示されている。要するにアカパンカビのゲノムは、外部から侵入しようとしたがRIPによって死滅したレトロトランスポゾンなどの残骸が散乱した状態なのだ。アカパンカビは、現在のゲノムを守ることと引き換えに、進化による将来の姿についての予測可能性を手放したとも言える。近い将来、アカパンカビに関する新たな研究に、そのゲノム情報が十分反映されるようになると、より詳しいことがわかってくるだろう。

doi:10.1038/fake474

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