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ストレスの効用

Nature Reviews Genetics

2002年7月1日

雑草は所詮、雑草であり、シロイヌナズナ(Arabidopsis)も一見何の変哲もない雑草のように見える。でもシロイヌナズナがストレスを受けると、それまで隠されていた数々の意外な形態学的特徴が現われるのだ。このような結果がChristine Queitschたちの研究論文で報告された。彼女たちは、90kDa熱ショックタンパク質(Hsp90)の量を減らすことの影響を調べた。Hsp90は、いわゆる「シャペロン(介添え)」で、高温状態において細胞内タンパク質を安定化させる。Queitschたちは、従来のショウジョウバエを使った実験結果をシロイヌナズナの実験で再現することによって、Hsp90には緩衝作用があり、発生段階での突然変異が顕在化しないようにしているという考え方を補強している。このような突然変異が顕在化するのは、生物がストレスを受けた時だけで、それもストレスという新たな環境によりよく適応していく上で形態的多様化への道を模索すれば大きな効用が得られる可能性がある場合である。 ショウジョウバエの体内におけるHsp90の量を変えたところ、極めて多様な発生段階での表現型が発生した。そこで発生段階での突然変異についてのHsp90の緩衝機能が保存されているかどうかを調べるため、Queitschたちは、恒常的に他物に付着し、主に自家受精をするシロイヌナズナというショウジョウバエとは大きく異なる生物を使って検証した。特定の薬剤を使ってHsp90の機能が阻害されると、形状や色の異なる葉や上向きに伸びる根といった数多くの奇妙な形態が現われた。ショウジョウバエの場合と同様、Hsp90の阻害によって引き起こされた表現型の多様化には遺伝的基盤がある。次にQueitschたちは、植物に特徴的な「発生可塑性」(環境の変化に対応して形態や行動を変える能力)を調節するHsp90の役割に注目した。例えば光に対する反応といった単一形質の可塑性については、遺伝的に同質の系統の植物間で多様性が見られた。このことは、Hsp90が、環境の変化に対する植物の応答における遺伝的多様化に対して、緩衝作用があることを示している。これに対して、同じ系統においても形質が異なれば、Hsp90の緩衝作用に対する依存度も異なった。さらにHsp90は、形態形成タンパク質の折り畳み方を変えるかもしれない偶発的な事象についても、植物の緩衝役を果たしている。 どのようにして1つのタンパク質にこれだけのことができるのだろうか? Hsp90は、不安定なタンパク質(形態形成タンパク質が典型例)が機能し始めるまでの間、そのタンパク質を正しい形状に維持する。その結果、タンパク質のコンホメーションに影響を与える数多くの欠陥の影響は弱められる。ところが生物体がストレスを受けると、大量のHsp90が集合し、他のタンパク質の折り畳み構造がほどけないようにするため、発生段階での突然変異を防ぐことができなくなる。このことは、生物体が遺伝的事象、環境的事象、確率論的事象に対する堅牢性を失うことに現われている。もしストレスの多い環境が続くと、新たに発生した有益な突然変異が固定化される可能性もある。 ショウジョウバエでの理論モデルを植物界に当てはめる試みは、このようにして報われた。ただし研究者は新たな「ストレスのたまる」課題に直面している。この課題とは、顕在化していない表現型が進化的に有利に作用することを実証することなのだ。

doi:10.1038/fake466

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