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治療法:B型肝炎ウイルス感染症患者に抗TNF薬は安全か

Nature Reviews Rheumatology

2010年10月29日

Therapy Are TNF blockers safe for patients with hepatitis B virus infection?

免疫抑制は、慢性ウイルス感染症患者のウイルス再活性化に関連している。ある前向き研究では、抗ウイルス薬を予防投与中の慢性B型肝炎ウイルス感染症患者に抗腫瘍壊死因子薬を用いることは安全であると結論された。この結論を裏づけるエビデンスは十分であろうか。

慢性B型肝炎ウイルス(HBV)感染症患者では、癌、骨髄移植、固形臓器移植、自己免疫疾患に対して化学療法薬および免疫抑制薬を投与後に、ウイルスの再活性化 が報告されている。リウマチ性疾患、消化器疾患、皮膚疾患を有する患者の治療選択肢としての腫瘍壊死因子(TNF)標的療法の出現とともに、HBV感染症患者の肝 障害との関連が報告されてきた。2003年、Michelら1は、HBV表面抗原(HBs抗原)が陽性で成人発症スティル病に対してインフリキシマブによる治療を受けた患者におけ る、緊急移植術を要する急性肝不全を報告した。HBVの再活性化は確認されなかった(抗HBc[HBVコア抗原]抗体に対するIgM抗体の試験結果は陰性であり、血中 HBV-DNAは検出されなかった)が、本症例は、HBV感染症患者での抗TNF抗体薬の使用リスクの可能性を明らかにした初の症例であった。

TNF遮断とHBV再活性化の間の疾病原因的な関連は何であろうか。マイコバクテリア感染症について仮説が立てられているように、TNFはHBV感染を制御する重要 なサイトカインであると考えられ、HBV感染症患者の血清および肝臓ではTNFおよびTNF受容体スーパーファミリーメンバー16(p75とも呼ばれる)の濃度上昇が認め られている2。TNFは、インターフェロン(IFN)との相乗効果によりHBV複製の抑制に重要な役割を果たすことも示唆されている。この仮説では、TNFは、IFN-γの 分泌により、HBV特異的細胞傷害性T細胞を刺激してHBV遺伝子発現を阻害させ、ひいてはHBVに感染した肝細胞のアポトーシスを誘導する。したがって、TNF の薬理学的遮断が、内因性の抗ウイルス防御機序からウイルスをエスケープさせることによりHBVの複製を促進している可能性を示唆することは理にかなっていると考えられる。

Vassilopoulosら4による、抗TNF療法を受けたリウマチ性疾患患者131例を対象とした研究では、19例がHBVのワクチン接種を受け、19例が抗HBc抗体(以前の HBV感染を示す)陽性であり、14例にHBs抗原(慢性HBV感染症のマーカー)が認められた。HBs抗原陽性患者には、抗TNF療法前に抗ウイルス薬を予防投与し た。平均2年間の追跡調査後、HBs抗原陽性患者のうち、ラミブジン耐性ウイルス株の発現によりHBV再活性化を経験したのは1例のみであった。この研究の著者らは、 抗TNF薬は、抗ウイルス薬を予防投与中の慢性HBV感染症患者に安全な治療選択肢であると結論した。

Vassilopoulosらの結果が得られたものの、TNFの薬物的遮断を実施後のHBV再活性化のリスクはまだ明らかにされていない。化学療法を受けている患者では、 臨床的に顕性のHBV再活性化の有病率の範囲は38~53%であり、死亡率は最高40%である。コルチコステロイド、アザチオプリン、メトトレキサートなどの免疫抑 制薬を服用中の患者では、再活性化は散発的にのみ報告されていたが、抗TNF薬の導入以降はそうした症例の数が急増した。2010年8月のPubMedデータベース検 索では、2003年以降の非対照研究(大部分が後ろ向き研究)および症例報告(オンラインの補足表1)に示された、抗TNF薬療法を受けた患者でHBV再活性化がほぼ 確実な症例または確認された症例は42例であった。これらの症例を解析したところ、いくつかの興味深い点が認められる。

HBVの再活性化リスクは、抗TNF療法開始前の患者の血清学的状態に従って変化する。PubMed検索の結果により、抗TNF薬での治療を受けたHBV感染症患者255例のうち、HBV再活性化は、HBs 抗原陽性患者では87例中33例であったのに対し、抗HBc抗体陽性であった患者では168例中9例のみであった。この結果から、抗HBc抗体陽性患者ではHBV再活性化の頻度が低いことが示唆され、これらの患者では、抗ウイルス薬を併用せずに抗TNF薬を使用しても安全であるというVassilopoulosらの提言が裏づけられる。しかし、 Vassilopoulosらの研究では、TNF遮断により抗HBs抗体の力価が大幅に低下しているため、患者によってはウイルス再活性化が促進される場合も考えられる4。した がって、抗TNF療法を受けているHBV感染歴のある患者では、肝酵素量とHBV-DNA量を緊密に監視することが望ましい。これは、HBs抗原エスケープ変異体(これ らの抗原は市販されている検出法では検出できない可能性がある)による潜在的HBV感染症、またはHBs抗原が検出不可能なウイルス血症を有している場合があ るためである。

また、HBs抗原陽性患者の抗TNF療法前の抗ウイルス薬使用については議論が多い。HBV再活性化の予防における抗ウイルス薬の有用性は、HBs抗原陽性患者 では比較対照試験およびメタ解析により裏づけられているが、抗TNF療法を受けた患者では裏づけがない。補足表1にあげた症例のなかで、抗TNF療法を受けたHBs 抗原陽性患者で抗ウイルス薬の予防投与を受けたのは58%のみであり、標準的な推奨がないことを反映しているのかもしれない。しかし、2009年7および2010年 8の研究では、抗TNF療法前の抗ウイルス薬使用を推奨しており、これを受けてVassilopoulosらの研究では、HBs抗原陽性患者全てに抗ウイルス薬の予防投与 を行っている。全体として、抗TNF薬投与を受けたHBs抗原陽性患者の報告症例では、抗ウイルス薬予防投与を受けていない患者の方が、投与を受けた患者よりも HBV再活性化率が2倍高いという印象を受ける。これらの結果は、抗TNF療法の対象となるHBs抗原陽性患者における抗ウイルス薬の使用を裏づけるように思われる が、前向き比較対照研究でデータを得る必要がある。

さらに、抗TNF療法が必要なHBs抗原陽性患者の再活性化予防では、抗ウイルス薬の選択も議論を呼ぶ問題である。現行の国際ガイドラインでは、免疫抑制療法 を受けている患者には、6ヵ月未満であればラミブジン単剤で十分であることが示唆されている。しかし、ラミブジン療法のリスク:ベネフィット比は、抗TNF療法を 施行中の患者など長期免疫抑制療法を必要とする患者では不明確である。ラミブジンの長期投与は、HBVポリメラーゼ遺伝子のYMDDモチーフの突然変異によるラミ ブジン耐性HBV株の出現と関連してきた。YMDD変異発現のリスクは、ラミブジン療法開始後2年および3年でそれぞれ、40%および50%と推定されている。長期 TNF療法を受けている患者のYMDD変異発生の報告4により、これらの患者で第1選択の抗ウイルス薬としてのラミブジンの適切性には疑問が投げかけられており、エン テカビル、テノホビル、アデホビルなどの突然変異発生率が低い抗ウイルス薬を検討する必要性が示唆される。

リウマチ性疾患患者でのTNF遮断の治療的役割は十分確立されている。これらの患者における一部の感染症(特に結核)のリスク増加の結果、こうした合併症 のリスクを大幅に低下させる特異的な予防戦略が開発された。抗TNF療法後のHBV再活性化の報告症例数が増加したことにより、同様の取り組みが求められて いる。対照比較試験のデータが得られるまでは、報告されている経験に基づき何らかの暫定的な勧告を作成することが可能である。こうした背景を鑑みて、 治療上の意思決定は、発表されたエビデンスのみでなく臨床経験を通して培われた常識にも基づくべきであろう。

doi: 10.1038/nrrheum.2010.156

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