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2 型糖尿病の予防:答えはメトフォルミンンか

Nature Reviews Endocrinology

2010年5月1日

DIABETES Preventing type 2 diabetes mellitus is metformin the answer?

糖尿病前症(prediabetes:耐糖能異常の存在により定義)患者のほとんどは過体重、または肥満であり、 こうした患者の減量や2 型糖尿病(T2DM)発症リスクの低下にはライフスタイルの改善が推奨される。 しかし、ライフスタイル介入は実施が難しく、長期的にみると効果的でない場合が多いが、薬物療法による介入を加えることでT2DM は確実に予防できるようになるだろうか。

2007 年にAmerican Diabetes Association(ADA) の専門委員会は、空腹時血糖値異常および/ または耐糖能異常を有する患者においてT2DM発症を遅延させる、もしくは予防するための勧告を発表した。同勧告では、全体的には肥満を減少するためのライフス タイルの改善が推奨され、また、空腹時血糖値異常と耐糖能異常に加えT2DM発症の短期リスクが最も高い患者(一親等が糖尿病、トリグリセライド値が上昇、HDL コレステロール値が低い、高血圧またはHbA1c 値≧ 6%)、もしくはメトフォルミン療法によるリスク低減の可能性が最も高い患者(< 60 歳またはBMI ≧ 35 kg/m2)においてはメトフォルミン療法の考慮が推奨されている。

そこでRhee らは、米国の2 つの主要な人種群において、このADA 勧告によるメトフォルミン療法が考慮されうる患者の比率を推算した。著者らは、Screening for Impaired Glucose Tolerance(SIGT) 試験とNational Health and Nutrition Examination Survey(Third NHANES and NHANES 2005-2005) における糖尿病前症患者4,706 例のデータを使用して検討を行った。その結果、非ヒスパニック系白人または黒人成人の8 ~ 9% が、メトフォルミン療法が考慮されるADA基準1 に合致することが明らかにされた。空腹時血糖値異常患者のおよそ3 分の1 が耐糖能異常を伴い、かつリスク因子を1 つ以上有していたことから、メトフォルミン療法が考慮される候補患者になると考えられた。そのためRhee らは、耐糖能異常を伴うかどうかを判定するため、空腹時血糖値異常を有するすべての患者において経口ブドウ糖負荷試験を実施することを提唱している。Rhee らは、空腹時血糖値異常と耐糖能異常がいずれも認められる場合は、メトフォルミン療法が考慮されるのに十分値すると述べている。

T2DM 発症を予防、もしくは遅延させるためのメトフォルミン療法が考慮されうるADA 基準に米国民の多くが合致することに関しては、Rhee らの意見に同意する。しかし次の2 点を考えると、これらの患 者に実際にメトフォルミン療法を実施すべきかどうか疑問が生じる。第1 に、いかなる介入でT2DMの発症を遅延させたとしても、それが長期合併症の予防の面で早期治療よりも優れるかどうかは不明である。第 2 に、ライフスタイルの改善が不十分な場合、メトフォルミン療法が最適な薬物療法の選択肢になるとは限らない可能性がある。ADA 勧告は、US Diabetes Prevention Program(DPP)試験結果のみに大きく依存している。他のクラスの薬剤を使用した試験結果4-7の中には、メトフォルミンよりもめざましいT2DM 予防効果を報告しているものもある。しかし、それらの結果は、正式なリスクベネフィット分析が行われていないにもかかわらず、コストおよび/ または有害作用を理由に無視されている。そのため、米国成人 の12 人に1 人はメトフォルミン療法を考慮すべきであるというRhee らの結論はもっともらしく思われるが、決して立証されているわけではない。

血糖値が診断閾値を超えると直ちにT2DMが発症するわけではないことを考えると、臨床試験から実診療に予防戦略を応用することは容易ではない。T2DM は、慢性的なインスリン抵抗性により膵β細胞の代償機構が徐々に消失することで数年かけて発症する。糖尿病治療は、血糖値がまだ糖尿病関連合併症に対して低リスクの範囲にある場合はβ細胞の機能低下を抑止 または回復させることに重点を置くべきである。個別の治療法に関係なく、またT2DM診断の前もしくは後に治療を開始しようと、その狙いは変わるべきではない。

メトフォルミンが実際にβ細胞の機能低下を回復させるというエビデンスは少ない。メトフォルミンのT2DM 予防効果を検討したDPP 試験では3、4 年間の試験期間中の最後の2 年間におけるT2DMの年間 発症率がメトフォルミン群と対照群で同等であった。言い換えると、β 細胞の機能低下率は両群とも同じだったのである。DPP 試験においてメトフォルミン投与を中止すると同時にT2DM症例数が急増したこ とから8、メトフォルミンにはβ 細胞の機能低下速度を遅延させるのではなく、阻止する作用があることが示唆される。アカルボースを用いたSTOP-NIDDM 試験6 でも同様の結果が示されている。T2DM の発症が1 ~ 2 年遅れることで健康上のベネフィットはいくらか得られるだろうが、その程度はおそらく中程度で、かつ短期的と考えられる。

β細胞の消失を遅延または抑止できることを示した最も優れたエビデンスは、過剰な体脂肪を減少させる、もしくはそのバイオロジーを変化させる介入法に関する研究から得られている。DPP 試験3 およびFinnish Diabetes Prevention 試験9 では、体重減少がT2DM の年間発症率の継続的な低下と関連していた。体重減少がβ細胞の機能低下を遅延または抑止するなら、こうしたパターンは予期されよう。脂質分泌や脂肪組織のバイオロジーを変化させ、インスリン抵抗性を含む肥満による有害な代謝作用を回復させるチアゾリジンジオン系薬剤でも同様の現象が繰り返し観察されている。つまり、Troglitazone in Prevention of Diabetes 試験4 やPioglitazone in Prevention of Diabetes 試験10でβ細胞機能を直接測定した結果では、チアゾリジンジオン系薬剤がβ細胞機能の消失を遅延または抑止しうることが示されている。そのメカニズムとしては、インスリン抵抗性が是正されることによってインスリンの分泌需要が低下することが考えられている。β細胞機能が早急に消失するのではなく進行性に消失するのであれば、特定の介入法によってその進行を遅延または抑止することができるか、臨床医は個々の患者において判断することが求められる。こうした原則はT2DMに対する早期治療だけでなく予防療法においても当てはまり、集団よりも個々の患者の反応に焦点をあてた試験を含む、さらなる研究が望まれる。例えば、DPP 試験3 における平均体重減少量は、T2DM 発症リスクの平均低下率(58%)と関連していた。それでも、ライフスタイル介入群の多くの患者が引き続きT2DMを発症した。個々の患者の体重をどの程度減少させればT2DMへの進行を遅延または抑止できるかは、予測不可能である。臨床医が個々の患者において特定の介入法を実施する際、十分な情報 に基づいた決定を行うためには、β細胞の機能低下を引き起こすさまざまな変化を検出するツールが必要となる。

循環血糖値やその代替値(例えばHbA1c 値など)は、現在利用できるものの中では最適なツールと考えられる。血糖値はβ細胞の代償機構が悪化すると上昇し、改善すると低下する傾向にある。こうした指標を用いれば、耐糖能異常または空腹時血糖値異常を伴う個々の患者が進行を阻止するうえで十分減量したかどうかを、医師が判断できるようになろう。血糖値またHbA1c 値が悪化し続ける患者は、まだ糖尿病前症の 状態にあるのか、もしくは早期T2DMに進展しているのかにかかわらず、薬物療法施行の現実的な候補となる。この状況で血糖値を指標として用いるには、特定の治療ターゲット(例えばHbA1c 値< 7% など) に焦点を当てた現在の考え方を変更し、β細胞疾患の基盤にある指標として血糖値の変化に焦点を当てる必要がある。β細胞の健康状態に関する臨床指標が新たに開発されれば、T2DM 予防をモニタリングするた めの医療設備は増えるだろう。

Rhee らは、米国成人の多くが現行の血糖値異常に基づいた糖尿病前症の基準に合致すると主張する。これらの患者において体脂肪を減らためにライフスタイルを変更させるのには、多くの理由がある。T2DM 予防のためにさらなる介入法の追加を考慮すべきか(もしくはいつ考慮すべきか)については、議論の余地がある。我々は、β細胞疾患の進展(例えば血糖値の上昇など)が続いているという明確なエビデンスが 認められる場合にのみ、こうした介入法を考慮すべきと考える。メトフォルミン療法は、ライフスタイルを変更しても疾患進行を抑止できない場合に考慮すべき、数ある薬物療法の1 つにすぎない。

doi: 10.1038/nrendo.2010.25

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