火星の両半球間での二分性は、南側の高地と北側の低地(表面の約42%を占めている)の間にみられる標高、地殻の厚さ、クレーター密度における著しい違いに表れている。この二分性ははっきりしているにもかかわらず、その起源が解明されておらず、形成に関するモデルのほとんどは検証されていない。南北非対称性をもった、内因的起源を考えるdegree-1対流モデルは、マントル運動のシミュレーションだけに限られており、地殻の進化を考慮していない点で不完全である。一方、外因的な複数回の衝突事象が、片方の半球に集中して起こることは統計学的に考えにくい。二分性を生じるのに必要な大きさをもった単回の超巨大衝突は、これまでモデル化されたことがない。このような事象では、メルトで地表が完全に覆われたり、壊滅的な破壊が起こったりして、その証拠が消え去っている可能性があると考えられてきた。本論文では、観測されている地殻構造の二分性を生じ、それを維持するのに矛盾しない性質を作り出す巨大衝突天体の単回衝突に関する初期条件を示す。三次元流体力学シミュレーションから、衝突後の状態は、衝突エネルギー、突入速度、とりわけ重要な衝突角に依存して大きく変動すると予想され、広く調べられている小さな衝突天体ではこうした傾向がもっと増幅されたり、消失したりする。衝突エネルギーが約(3〜6)×1029 Jで、衝突速度が6〜10 km s−1と遅く、衝突角が30〜60°と小さい場合には、生じる地殻消失境界のサイズと扁平率が低地盆地で観測された諸性質と似たものになる。これらの条件下でのメルト分布は、大部分が衝突地域内に入るので、衝突が起こった証拠は消えない。二分性が生じた時期は、直径1,600〜2,700 kmの衝突天体が火星と交差する軌道内に存在していた時期と一致し、衝突角も予期される範囲と一致する。