
腸内細菌叢のその先へ
腸内微生物叢におけるウイルスと真菌の役割を探る
腸内細菌叢のその先へ
Global Grants for Gut Health(GGGH)プログラムは、微生物叢と宿主の相互作用における新たなメカニズムの解明を通じて、ヒトの健康を維持する新たな方法を探る研究を引き続き支援する。
原文:Looking beyond the gut bacteriome
私たちは、細菌叢の枠を超えた研究を支援する2024年のGGGHの3人の受賞者を心から祝福する。腸内微生物叢研究の多くは腸内細菌叢のみを対象としているが、2024年のGGGHは、宿主と腸内微生物叢の他の構成要素との相互作用を探る研究に助成を行う。3人の受賞者とそのプロジェクトを紹介できることを誇りに思う。
セントルイス・ワシントン大学(米国)のメーガン・ボールドリッジ(Megan Baldridge)は、炎症性腸疾患(IBD)におけるウイルスの潜在的役割に着目する。腸内におけるバクテリオファージ(以下、ファージ)とヒトのタンパク質の間の特異的な相互作用が、IBDに特徴的な炎症にどのような影響を与えるかを調べる。ファージが腸上皮細胞に取り込まれると炎症反応が引き起こされることがあり、これが、活動期と寛解期を繰り返すIBDのサイクルにおいて炎症が突然生じる原因となっている可能性がある。ボールドリッジのチームは、CRISPRスクリーニングに基づく新しい手法によってファージの取り込みに関与すると予想される細胞表面タンパク質を調べ、特定のファージとの結合に関与するタンパク質を突き止める予定だ。さらに、そうしたタンパク質の発現を調節することで、ファージの結合や炎症マーカーにどのような影響があるかを検証する。ヒト細胞へのファージの結合を抑制することが、IBDに関連する炎症を抑える新たな治療戦略になる可能性がある。
女性・子供専門病院であるシドラ・メディスン(カタール・ドーハ)のソハイラ・アル・コドール(Souhaila Al Khodor)は、小児のIBD患者における腸内ウイルス叢の役割、そしてウイルス叢と他の微生物叢との相互作用を調べる。小児は、成人よりも重症かつ衰弱性のIBDを発症する傾向がある。このため、アル・コドールのチームは、小児患者の縦断的コホートから試料を収集した。アル・コドールらは、細菌叢と真菌叢の既存のデータセットに、これまで欠けていたパズルのピースであるウイルス叢を加えることを目指している。時間経過や病状によって変化する組成を調べ、異なる微生物界の間の関係、さらには宿主との関係を比較することで、重要な情報が得られ、IBDの原因となる因子を特定する道筋がもたらされるだろう。
ケンブリッジ大学(英国)のバージニア・ペディコード(Virginia Pedicord)は、真菌叢が認知症などの神経変性疾患の発症に関与しているかどうか調べることを目的としている。腸由来の真菌成分は体内を循環し、血液脳関門を通過して神経炎症を引き起こし、認知機能低下の引き金になっている可能性がある。真菌群集と細菌群集のバランスが崩れた場合、血液を循環するこうした分子の量や種類に変化が見られるかもしれない。ペディコードのプロジェクトでは、既存の患者データのリポジトリを調査し、真菌叢と神経変性の関連を探る。ペディコードらは重要な相関関係を特定するために、AIツールを使ってデータをフィルタリングし、分析する。この研究は、神経変性の新たな早期バイオマーカーの発見に役立つ可能性がある。
これら3つの優れたプロジェクトは、細菌叢だけでなく腸内微生物叢の全ての構成要素間の相互作用が、腸内そして全身の疾患の発症にどのように寄与しているかについての理解を大いに深めてくれると、私たち審査員は確信している。
受賞者3人の重要な研究が成功することを祈っている。
最後に、審査に多大な貢献をいただいた審査委員のアミ・バット(Ami Bhatt)、サラ・レビール(Sarah Lebeer)、竹田 潔(Kiyoshi Takeda)、ガブリエラ・ヴィンデローラ(Gabriela Vinderola)に、心から感謝を申し上げる。
腸で細胞がファージとどのように相互作用するかを探る
メーガン・ボールドリッジらは、GGGHの助成金を使って、腸でヒトのどのタンパク質がファージと相互作用するのか、またこうした相互作用が炎症性腸疾患(IBD)の炎症をどのように引き起こすのかを調べる。
原文:Exploring how cells interact with bacteriophages in the gut

メーガン・ボールドリッジ(Megan Baldridge)
メーガン・ボールドリッジは、セントルイス・ワシントン大学(米国)医学部感染症学部門の准教授である。2011年にベイラー医科大学(米国テキサス州ヒューストン)でMD/PhD過程を修了後、ポスドクとしてスキップ・ヴァージン(Skip Virgin)博士の研究室に加わり、ノロウイルスなどの腸管ウイルスが細菌微生物叢とどのように相互作用するかについての解析を始めた。2016年、セントルイス・ワシントン大学で自身の研究室を立ち上げ、現在は、細菌やファージなどの腸内微生物叢が、腸におけるウイルス感染や免疫応答をどのように制御しているかを調べる研究プログラムを統括している。
ウイルス学に興味を持ったきっかけは?
私は以前から、ヒトに感染するウイルスと、それらが腸内細菌とどのように相互作用するかに興味を持っていました。ポスドク時代には、ノロウイルスなど、ヒトの細胞に感染して下痢を引き起こすウイルスの研究を始めました。細菌叢がウイルス感染を抑制したり促進したりするという考えに強く惹かれ、私は自身の研究プログラムを立ち上げた際、研究室の主要なテーマを、ファージのような腸に感染・常在するウイルスに絞ることにしました。
ファージとは?
ファージは細菌に感染するウイルスです。種によって生活環が異なり、細菌に感染して複製後に細胞を死滅させるものもあれば、細菌ゲノムに組み込まれて細菌の活動に影響を与えるものもあります。ファージは、ヒト細胞に直接感染しないため、ファージとヒト細胞との相互作用の可能性はこれまでほとんど検討されてきませんでした。しかし私たちは、ファージと腸内細菌がどのように相互作用するかだけでなく、ファージがヒトの腸の細胞にどのような影響を与えるかを解明することも重要だと確信しています。
ファージがヒトの腸内に存在していて、小腸を覆うヒトの上皮細胞がファージを感知して取り込むことも分かっています。そしてこの取り込み過程は、特定のファージに対する炎症性の免疫応答を引き起こすことがあります。しかし、これがどのようにして起こるのか、またこの過程が健康な状態と疾病状態においてどのような役割を果たすのかはまだ明らかになっていません。

ファージが宿主である細菌細胞にDNAを送り込む過程の想像図。Credit: Thom Leach/Science Photo Library/Getty
IBDでのファージの役割は?
IBD患者は、寛解期と、劇的で生活に大きな影響のある活動期を繰り返します。炎症や再燃を引き起こすウイルス性・感染性の引き金が存在している可能性は十分に考えられます。
これまでの研究で、IBD患者は健康な人に比べて、体内のファージが多様かつ大量である傾向にあり、一方で腸の健康を支える細菌種が減少していることが分かっています。ファージは、健康に寄与している細菌を死滅させ、腸疾患を促進している可能性があります。また、ファージはヒト細胞の炎症性サイトカイン経路を直接活性化することも示されており、免疫応答や炎症を直接引き起こしている可能性もあります。ファージがどのようにIBDに関与しているのかを理解するためには、こうした異常なファージ群集がヒトの腸に及ぼす直接的・間接的影響を詳細に明らかにすることが不可欠です。
プロジェクトの目的は?
腸内でのファージの感知と取り込みにヒトのどの因子やタンパク質が関与しているかを正確に突き止めることに関心を持っています。私たちは、新しいCRISPRスクリーニングライブラリーを開発し、さらに既知の細胞表面分子を過剰発現させたヒト腸上皮細胞株を持っています。これらを用いて、ファージと相互作用する候補分子を突き止めます。健康な人とIBD患者から分離されたファージ、さらにはファージ群集を調べ、さまざまなファージのヒト細胞への最初の取り込みを促進すると考えられる細胞表面タンパク質をいくつか選定し、詳細に解析します。
うまくいけば、ファージのヒト細胞への取り込みに関与する興味深いヒトタンパク質を特定できるでしょう。細胞株でそうした候補タンパク質の発現を操作し、ファージの結合が調整されるのかを確認します。その後、こうしたタンパク質がファージとどのように相互作用するのかをより詳細に明らかにする予定です。

メーガン・ボールドリッジの研究室では、ウイルスとファージの研究を行っている。
CRISPRスクリーニングライブラリーの仕組みは?
非常に画期的な技術です。ライブラリーの各細胞には、活性化酵素、そして特定の細胞表面分子を標的とするガイドRNAが組み込まれています。このため、特定の細胞表面分子を過剰発現させることができます。その後、蛍光活性化セルソーティング(FACS)法を用いて、ファージとの結合能が増強された細胞を単離します。これにより、ライブラリー中のどの細胞が特定のファージと結合しやすいかを明らかにすることができるのです。さらに、塩基配列決定によって、ファージの結合と取り込みに関与する活性化したヒト細胞表面タンパク質を突き止めることができます。
細胞表面タンパク質の発現は制御することができるため、その発現を抑制したり過剰発現させたりすることで、発現レベルの違いでファージの結合がどのように促進・抑制されるかを評価できます。これらの因子が、初期の結合段階だけに重要なのか、それとも取り込み過程全体に重要なのかを評価した後、これらの結合分子によって活性化される下流の免疫経路を調べ、多様なファージ群集に対する宿主の応答を調べます。
成果はどのような実用的応用につながるか?
腸内のウイルスやファージは、現時点ではまだ科学者にとってブラックボックスのようなものです。ファージに関連した治療法への関心は高まっていますが、新たな治療手法について検討する前に、ファージそのものについて、そしてファージがヒト細胞にどのような影響を与えるかについて、完全に理解することが不可欠です。
このプロジェクトによって、この分野に新たな基礎科学的知見がもたらされ、IBDなどの腸関連疾患に対するファージ関連療法研究が加速されることを期待しています。炎症過程が始まる前に、炎症過程を標的として抑制する手法を確立することができれば理想的です。そうなれば、患者の生活の質は飛躍的に向上するでしょう。
小児のIBD再燃における腸のウイルスの寄与
ソハイラ・アル・コドールが率いる研究チームは、GGGHの助成金を活用して、小児のIBD患者における腸内ウイルス叢の役割を調べる。
原文:Viral gut components could influence IBD flare-ups in children

ソハイラ・アル・コドール(Souhaila Al Khodor)
アル・コドールは、女性・子供専門病院であるシドラ・メディスン(カタール・ドーハ)の生殖・周産期健康部門のディレクターであり、マイクロバイオームバイオマーカー探索研究室の責任者でもある。アル・コドールの研究室では、メタゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクスなどのマルチオミクス手法と計算生物学ツールを用いて、さまざまな疾患の根底にある分子メカニズムの解明と、疾患予測のための早期バイオマーカーを特定することに取り組んでいる。彼女のチームは、妊娠合併症や炎症性腸疾患などの小児複合疾患に関する最先端の研究を行っている。
小児のIBD研究がなぜ重要なのか?
炎症性腸疾患(IBD)の発症率は世界的に増加傾向にあり、とりわけ中東と北アフリカで顕著になっています。IBDの原因はまだ分かっていませんが、遺伝要因や環境要因が免疫系の機能不全と組み合わさって生じている可能性が高いと思われます。こちらも原因は明らかではありませんが、若年患者ほどIBDが重症化して侵襲的な治療を必要とする傾向があるため、長期的な健康維持のためにはIBDの早期診断・早期介入が重要です。私は、微生物叢とその構成に目を向けることなしに、疾患の病理を完全に理解することはできないと確信しています。
今年のGGGHに応募した理由は?
2024年6月にイタリア・ローマで開催された国際ヒトマイクロバイオームコンソーシアム国際会議で、私たちのコホートについての初期データを発表し、最優秀ポスター賞を受賞しました。今年のGGGHのテーマは、腸内細菌だけでなく、真菌叢(真菌構成要素)やウイルス叢(ウイルス構成要素)など、微生物叢の他の側面を対象としていることを知り、応募を決意しました。
私たちの腸は、細菌、ウイルス、真菌からなる生態系であり、これらは全て互いに相互作用している上、宿主細胞とも相互作用しています。細菌は単独で機能を果たしているのではなく、細菌同士、そして細菌・ウイルス・真菌の共同体として機能しているのです。これらの生物の協力関係が、IBDの進行、活動期、治療への応答に影響すると考えられます。ウイルス叢は、小児IBD研究で欠けていたパズルの最後のピースです。私たちは既に、何百もの試料の縦断的コホートを有しています。このため、助成金申請に取り組んで、採用されたことを大変うれしく思っています。

腸内のウイルスを示す概念図。ウイルスは、腸内微生物叢の構成要素としては注目されてこなかったが、炎症性腸疾患において重要な役割を果たしている可能性がある。Credit: Christoph Burgstedt/Science Photo Library/Getty
所有の縦断的コホートについて教えてください。
IBDは、特に重篤な活動期には生活が大きく制限される疾患です。子どもたちは激しい痛みのために学校を欠席し、入院が必要になることもあります。2017年に私はカタール国立研究基金から助成金を獲得してカタール初の小児IBDバイオレポジトリを構築し、この研究を、1人の患者の特定の単一時点の試料を採取するのではなく、同一の複数患者から複数時点の試料を採取する計画を立てました。小児患者から3か月ごと、あるいは症状発現時に、血液、糞便、唾液の試料を採取しました。患者から唾液試料も採取したのは、検査や試料採取の侵襲性を抑えたいと考えたためです。血液試料を用いてIBD患者のトランスクリプトームを評価することで、免疫系がさまざまな微生物の刺激とどのように相互作用しているかを明らかにすることができ、一方で、糞便試料を用いることで腸内細菌叢の組成についての知見が得られました。
GGGHプロジェクトの目的は?
小児患者の腸内ウイルス叢を理解することで、小児IBDとその原因について、より包括的により良く理解することができます。私たちは既に、クローン病患者46人、潰瘍性大腸炎患者21人、分類不能のIBD患者8人、超早期発症のIBD患者8人に加えて、年齢・性別をマッチさせた健康な対照者58人からなる小児コホートから収集した広範なデータセットを有しています。各患者はそれぞれ特有の経過をたどっており、寛解期と活動期の両方の試料を得ています。既存の細菌叢のデータと真菌叢のデータがあるので、これにウイルス叢を加えて、腸内の細菌間相互作用を評価する予定です。私たちは、これらの異なるタイプの腸内微生物種間のネットワークを分析し、これらの相互作用が腸内の健康状態と疾患状態にどう影響するかを分析します。
解析手法の概要は?
まず、確立されたプロトコルとバイオインフォマティクスパイプラインを用いて、微生物叢のウイルス構成要素の塩基配列を詳細に決定します。次に、腸内のウイルス・真菌・細菌間のネットワークをモデル化し、異なる微生物間の関連を調べます。ノードの大小が相互作用の強弱を示し、さらに小さな副次的ノードとも連関する一連の構造を想定しています。次に、このような微生物間のクロストークが、健康な人の腸とIBD患者の腸、そして同一患者の活動期や寛解期で、どのように異なるかを分析します。
また、小児のIBD患者で観察される腸内微生物叢の不均衡を引き起こす主要な因子を明らかにすることを目指しています。もちろん、このようなウイルス、真菌、腸内微生物叢の相互作用から生成されるデータは膨大なものであり、私たちは各データセット内のS/N比が高くなるように、さまざまな解析戦略を用いて、有意義で意味のある情報を拾い集めていきます。

IBD患者の血漿試料(左)用いた実験に従事しているソハイラ・アル・コドール(右)。
この研究はどのような実用的応用につながるか?
腸内ウイルス叢は比較的新しい研究分野なので、基礎科学への貢献が私たちのプロジェクトの要です。健康な人と患者における微生物界の間のクロストーク、そしてそれらがどのように相互作用しているかを解明するのはユニークなアプローチです。治療標的候補を正確に突き止めるには、まず正しい侵入者を特定しなければなりません。
今回の知見によって、疾患の異なる病期の患者のパターンと治療標的候補が明らかになることを期待しています。将来的には、個別化精密医療によってIBDを早期に診断・治療し、特に小児に対しては侵襲的な試料収集や治療法が不要になる未来を思い描いています。
神経変性疾患における腸内真菌の隠れた役割
免疫学者であるバージニア・ペディコードらは、GGGHの助成金を利用して、腸内微生物叢の真菌成分が神経変性疾患や認知症の初期段階でどのような役割を果たしているかを探る。
原文:The hidden role of gut fungi in neurodegenerative diseases

バージニア・ペディコード(Virginia Pedicord)
バージニア・ペディコードは、ケンブリッジ大学(英国)治療免疫学・感染症研究所(CITIID)のグループリーダーである。メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター(米国ニューヨーク)でジム・アリソン(Jim Allison)と共に博士課程を修了し、ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)でポスドク研究員として過ごした。彼女の研究グループは、機能的メタゲノミクス、in vivoモデル、細胞免疫学、トランスクリプトミクス、プロテオミクスを用いて、腸内の常在微生物が宿主の生物学的過程を改変する細胞メカニズムおよび分子メカニズムを特定している。これにより、ペディコードらは、宿主の発生、恒常性維持、疾患の摂動時の常在微生物群集とその環境の間の複雑な相互作用を特徴付けることができるようになった。
脳は腸内微生物叢とどのように相互作用しているのか?
微生物叢は、微生物が生成する代謝物と共に、全身に影響を及ぼす形で免疫系を教育・訓練します。私たちは事実上「ホロビオント」、すなわち私たちが共進化してきた微生物の住人と共生している生態系です。私たちは微生物からの合図に応答するよう進化してきましたし、微生物も私たちからの合図に応答するよう進化してきたのです。
微生物叢からのいくつかの合図は、中枢神経系の健全な機能を支えています。腸内微生物叢からのシグナルが乱れると、中枢神経系のさまざまな構成要素の完全性が阻害され、有害な神経炎症や神経変性が引き起こされる可能性があります。
腸内の真菌成分の変化が脳にどう影響するのか?
これはまだ解明され始めたばかりの領域です。常在真菌、すなわち真菌叢は、ヒトの腸内生態系ではまだあまり調べられていません。
これまで、真菌病原体、細菌病原体、ウイルス病原体に対する宿主細胞の応答が調べられてきました。例えば、真菌性髄膜炎については多くのことが分かっています。しかし、全身に拡散することのある微生物叢からの真菌代謝物、真菌代謝物に対する身体の応答、そしてこうした応答パターンが変化したり乱れたりしたときに何が起こるかなど、全身の健康への影響について分かっていることはほとんどありません。真菌性髄膜炎における重篤な神経炎症反応は、病的な状況下でどれほど深刻な事態が起こり得るかを示しています。しかし、「正常」な真菌の代謝物が神経変性にどのように関与しているのでしょうか。
例えば、血液脳関門の完全性の調節異常が、認知症やアルツハイマー病と関連していることが分かっています。私たちは、宿主のバリアを調節している可能性のある常在真菌微生物からの合図があると考えています。GGGHプロジェクトでは、このことが神経変性疾患にどのように影響するのか、なぜ影響するのかを探りたいと考えています。

真菌は有害な神経炎症を引き起こす恐れがある。Credit: Kateryna Kon/Shutterstock
GGGHプロジェクトの目標は?
既存の患者メタゲノムデータの膨大な公開リポジトリを活用するために、バイオインフォマティクスツールを最適化し、新たな試料の塩基配列決定の必要性を最小限にとどめます。こうしたツールでデータベースを検索して腸内微生物叢の真菌成分に関する情報を抽出し、真菌叢と神経変性や認知症との重要な関連や、これらの相互作用の中にある潜在的な誘因事象を探ります。腸内の細菌と真菌のバランスの異常は、神経変性の素因となる可能性があります。特定の相互作用やバランスの異常を突き止めることができれば、その仮説を無菌マウスモデル(体内に常在微生物を含まないマウス)で検証することができます。マウスの腸内に検証の対象となるさまざまな微生物を加えることで、細菌と真菌のさまざまな組み合わせが、脳、そして記憶や認知にどのような影響を及ぼすかを調べることができるのです。
抗生物質は腸内の真菌成分にどう影響するか?
健康なヒトの腸内生態系では、存在している細菌・ウイルス・真菌の間で生態学的なバランスが取れている必要があります。これらの微生物の全てが相互作用している上に、お互いの活動を調節しているのです。例えば抗生物質によって細菌が減少すれば、真菌群集やウイルス群集も影響を受けることになります。細菌が死滅すると、真菌群集の別の構成要素の比率が偏ることになり、その結果、一部の患者では、おそらく真菌の過剰増殖が原因となって真菌誘発性の神経炎につながる可能性があります。このプロジェクトではこの現象を調べる予定です。
AIは真菌叢の調査にどのように役立つのか?
わずか2年前ですら、このプロジェクトは夢物語にすぎませんでした。近年の技術の進歩は目覚ましいものです。私たちが開発しているアルゴリズムは、データベースから真菌のDNAを探し出します。AIはその一部を形成しています。私たちは、データのフィルタリングと分析を最適化するためにAIを用いており、偽陽性の関連性を特定することなどに役立つでしょう。AIを取り入れることで、データの全体像を俯瞰することができ、より広い視野で観察することができるようになります。例えば、私たちの体内に生息する微生物と私たちの共進化を考えた場合、私たちの発生、常在微生物に対する私たちの応答の仕方、そして私たちに対する微生物の応答の仕方が、異なる進化的圧力によってどのように形作られてきたかを理解することはとても興味深いことです。
研究成果はどのような応用につながるか?
まず、神経変性疾患の発生初期のメカニズムに関して基礎的な新規知見をもたらすことを目指しています。これは、私たちの研究分野でも最も大きな課題の1つであり、新たな知見を得ることができれば、神経変性疾患の理解や発症の引き金についての概念が根本から変わる可能性があります。本プロジェクトは、こうした神経変性疾患の治療法や予防法について、新たな可能性を開くかもしれません。アルツハイマー病を含む神経変性疾患の早期診断・早期治療のためのバイオマーカーを特定できれば素晴らしいことです。
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審査員団紹介
スポンサーの影響を受けない当審査委員会は、ヒト微生物叢の分野で国際的に高名な世界各地出身の研究者によって構成されている。

カレン・P・スコット 審査委員長

アミ・バット

サラ・レビール

竹田 潔
