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The Global Grants for Gut Health
The Global Grants for Gut Health
2022年助成者インタビュー

加齢と微生物叢

我々の体の微生物叢と加齢の間の複雑な相互作用を調べる研究

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加齢が微生物叢に与える影響を探る

加齢は微生物叢にどのような影響を及ぼすのか。3つの研究プロジェクトが異なる角度から追究する。

原文:Exploring the effect of ageing on the microbiome

Global Grants for Gut Health(GGGH)プログラムは、微生物叢と宿主の間の新たな相互作用の機構を解明することを通じてヒトの健康を維持する新たな方法を研究するプロジェクトを支援し続けている。私たちは、加齢と微生物叢に焦点を合わせた研究を支援し、2022年のGGGHの受賞者3名に心よりお祝いを申しあげる。ヒトの微生物叢は加齢するにつれて幾度か大きく変化するが、その組成や機能の変化は、さまざまな加齢関連疾患の罹病性に影響すると考えられる。ここでは3人の受賞者およびそのプロジェクトを紹介する。

アレクサンダー・フレミング生物医科学研究センター(ギリシャ・バリ)のバシリキ・コリアラキ(Vasiliki Koliaraki)は、「高齢者の腸で微生物叢が誘導する病因病原論的な間質変化」というプロジェクトによって、腸内環境と加齢関連疾患との関連を調べる。具体的には、加齢に伴う腸管バリア完全性の破壊と粘膜層への微生物叢の侵入が、線維芽細胞の性質を変化させて発がんのリスクを高めるかどうかを探る。さまざまな技術とモデル系を用いることで、関与している機構の詳細を明らかにし、将来の治療法の標的となり得る細胞・分子経路を見いだすことを目指す。得られた興味深い知見については、公開データセットを使って検証を行う。

システム生物学研究所(米国シアトル)のショーン・ギボンズ(Sean Gibbons)の研究は、「健康な加齢とヒトの腸内微生物叢:時計を巻き戻せばよいわけではない理由」である。このプロジェクトが斬新であるのは、「より若い」微生物叢の再構築を目指すのではなく、微生物叢の変化を加齢に伴う他の変化と合わせて考え、それに応じて微生物叢を修正することを目指している点である。微生物の機能性遺伝子と臨床変数との加齢依存的な関連を明らかにして、健康な加齢に関連するパターンを見いだすために、研究チームは3000人超の大規模なコホートのメタデータセットを調べる予定である。そして、in silicoモデルを用いて食物とプロバイオティクスによる介入を設計し、加齢に関連する有益な微生物代謝物と有害な微生物代謝物への影響を調べる。

APCマイクロバイオーム・アイルランドおよびコーク大学(アイルランド)のポール・オトゥール(Paul O’Toole)のプロジェクトは、「腸内微生物叢の分類群とその代謝物の、神経認知障害への関連付け」である。研究チームは、炎症の増悪や腸管バリア機能の障害につながる、加齢に関連した腸内微生物叢の撹乱が、その後の神経認知障害に関連しているのかどうかを調べる。認知障害の程度が異なる高齢成人群に着目し、腸内微生物叢の解析と、脳の病変や炎症の血中マーカーの定量化を組み合わせる。最終的には、前臨床試験で特定の介入を行うことによって、認知機能を改善できるかどうかを調べる予定だ。

私は、他の審査委員と共に、この3件の優れたプロジェクトが、ヒトの腸内微生物叢の特徴に関連した健康な加齢のための将来的な解決策の基盤を築く一助になると確信している。3人の受賞者が、重要な研究が成功を収めることを願う。

最後に、審査に多大な貢献をいただいた審査委員のアミ・バット(Ami Bhatt)、エラン・エリナフ(Eran Elinav)、サラ・レビール(Sarah Lebeer)、竹田 潔(Kiyoshi Takeda)、趙 立平(Liping Zhao)に、心から感謝を申しあげる。

カレン・P・スコット
「Global Grants for Gut Health」


加齢に伴う腸の変化は、がんに有利にはたらくのか?

アレクサンダー・フレミング生物医科学研究センター(ギリシャ・バリ)のバシリキ・コリアラキらは、Global Grant for Gut Healthの支援を得て、加齢に伴う腸内微生物叢の変化が線維芽細胞という宿主組織の細胞の活動を調節するのかどうか、そしてそれががん性の腫瘍が定着するに最適な微小環境を提供するのかどうかを調べようとしている。

原文:Could changes to our guts as we age give cancer the edge?

バシリキ・コリアラキ(Robert Quinn)

バシリキ・コリアラキ(Vasiliki Koliaraki)

バシリキ・コリアラキは、アレクサンダー・フレミング生物医科学研究センター(ギリシャ・バリ)の生物学者で、研究准教授を務める。2016年に研究室を立ち上げて以来、線維芽細胞の生物学と、それが腸の恒常性と疾患発症において果たす役割の研究に取り組んでいる。この研究は、腸で炎症とがんを制御する分子経路を記述した複数の論文につながった。彼女の研究チームは、マウスの遺伝子工学、腸疾患動物モデル、ハイスループット解析、オルガノイド共培養を用いて、線維芽細胞に特有の病因機構を明らかにしている。彼女はこれらの手法を用いて、加齢に伴うディスバイオーシスが、加齢した腸において線維芽細胞の特性や下流の機能に及ぼす役割を解明しようとしている。

培養中の線維芽細胞の蛍光顕微鏡画像。

Vasiliki Koliaraki

線維芽細胞に着目した理由は?

コリアラキ: 私の研究室では、線維芽細胞の生物学的性質を研究しており、慢性炎症性疾患やがんなどの疾病において普遍的に存在する、この細胞の活動を調べてきました。線維芽細胞は、体の組織において健康と疾患の間でバランスを保つ上で重要な役目を果たしていることが分かっています。ですが、腸内、とりわけ加齢に伴う腸疾患におけるその役割はよく分かっていません。高齢者と若年者では、腸の線維芽細胞の遺伝子発現プロファイルに大きな違いがあります。私たちは、加齢に伴うディスバイオーシスや腸管透過性は、線維芽細胞のこのような変化を促進している可能性があり、そこから発がんに有利な微小環境が生じる可能性があると考えています。腸組織の線維芽細胞は、自然免疫のシグナルを感知して応答することができ、特定の微生物産物と相互作用することが分かっています。しかし、こうした相互作用の詳細、例えば、微生物と線維芽細胞は直接相互作用しているのか、腸内微生物叢の変化が加齢の過程で線維芽細胞に見られる変化を引き起こすのか、微生物が引き起こす細胞のこのような変化が大腸がんの素因となるのか、などについてはほとんど分かっていないのです。

GGGHプロジェクトの主たる目的は?

コリアラキ: がん、中でも大腸がんは高齢者に多い疾患で、60歳を過ぎると罹患率が高くなります。私たちは、加齢に伴う微生物叢の変化が腸の細胞にどのように影響するのか、それが健康と疾患の状態にどのように影響するのかを調べたいと考えています。発がん前の腸の組織に起こる分子レベルの変化を明らかにしたいのです。間質のオルガノイド(臓器の機能を模倣する三次元細胞モデル)の共培養物を利用して、最も可能性の高い分子機構を明らかにするとともに、マウスモデルから大規模なデータを収集して、それらの知見をヒトの既存のデータセットと比較します。その後、ヒトの試料を用いて、得られた知見を検証します。私たちは、初期がんの予後、さらには予防法の開発にも利用できる重要な分子マーカーを特定したいと考えています。

加齢に伴うディスバイオーシスの引き金となるものとは?

コリアラキ: 若々しい腸と加齢している腸の重大な違いは、微生物の多様性です。腸の多様性は加齢とともに低下する傾向にあり、これは特に炎症や疾病を抱えた場合に顕著になります。食事、薬物療法、身体活動量の低下など、加齢に伴うディスバイオーシスに影響する要因はさまざまです。ディスバイオーシスは、宿主の免疫系やそれに関連した炎症が微生物の活動をどのように変化させるかなど、腸内の相互作用ネットワークのわずかな変化によっても引き起こされます。慢性炎症は腸管バリアの透過性を高めることがあり、これはすなわち、微生物産物や微生物そのものがバリアを破って宿主の粘膜内に侵入するということです。そうなると、微生物が線維芽細胞をはじめとする宿主細胞と相互作用してその活動に影響することになります。それぞれの因子が疾患の予後にどのように影響するのかはまだ分かっていません。

複雑な腸管系においてそうした過程をどう解き明かす?

コリアラキ: それは簡単ではありません。私たちは、加齢の過程でどのように微生物が変化し、代謝物が変化して、組織が変化するのかを示す細胞レベルのデータを、大量に収集します。そして、特に微生物と線維芽細胞の間の相互作用ネットワークを構築します。この相互作用ネットワークが完成したら、これが正しいかどうかをin vitroで検証します。相互作用の検証ができたら、これをin vivoの実験で検証します。大きな構図からとても詳細なミクロの相互作用に至るまで、微生物、代謝物、宿主の線維芽細胞が腸のネットワーク内でどのように機能しているのか、説得力のある全体像を構築します。最も困難な課題の1つは、ハイスループットの種間データを全て組み合わせることでしょう。究極的には、ヒトの疾患の発生と進行を理解したいと考えており、動物モデルで得られた結果をヒトの状況に橋渡しすることが非常に重要です。

オルガノイドのモデルはどう役立つ?

コリアラキ: オルガノイドは研究の方法を一変させました。本物の生物を模倣しているので、生物システムの複雑さを、従来の二次元の培養細胞よりもはるかに詳細にモデル化して理解することができるのです。オルガノイドは特定臓器のミニチュア細胞モデルであり、細胞は、外見と機能がin vivoの臓器に極めて近い三次元構造体を形成します。そのため、特定のパラメーターが与えられたその臓器内の組織マトリックスや相互作用を調べることができるのです。今回のプロジェクトでは、腸管オルガノイドと腫瘍オルガノイドの両方を使います。私たちは特に、加齢する腸の組織において、線維芽細胞の変化が腸管幹細胞の性質にどのように影響するのか、そして線維芽細胞が腫瘍の増殖と成長にどのように影響するのかを知りたいと考えています。糞便微生物叢移植を用いたマウスモデルにおいて、分子機構を解明し、こうした研究仮説を検討する予定です。

なぜ糞便微生物叢移植を用いるのか?

コリアラキ: 確立された分かりやすい方法だからです。微生物叢の組成の違いが腸の組織にどのような影響を与えるかを直接確認できます。老齢マウスから糞便試料を採取して若齢マウスに移植し、腸組織で何が起こるかを細胞レベルでモニタリングします。その逆も可能で、若齢マウスから老齢マウスに微生物叢を移植することもできます。そうすることで、加齢に伴う腸の特性が疾患の状態に影響を及ぼしているか、それが微生物叢とは無関係かどうかを決定することができるようになります。

今回の結果の実用法は?

加齢した腸において腫瘍形成に影響を与える可能性のある特定の分子やシグナル伝達経路を明らかにすることで、早期予後予測のためのマーカーを特定できると思います。60歳だからというだけで、その人の腸が60歳ということにはなりません。人それぞれなのです。加齢のスピードは個人差が大きく、その人が生きてきた中で起きた出来事によって、また、1人の人の臓器ごとに違うこともあります。私たちは、がんの早期発見やリスクが高まっていることを知らせてくれるような、特定の因子を発見したいと思っています。その結果、予防策を開発できるようになるのです。


健康に歳を重ねた腸における独特な特徴を明らかにする

システム生物学研究所(米国シアトル)のショーン・ギボンズたちは、Global Grant for Gut Healthの支援を得て、健康な高齢者に独特な腸内微生物組成の特徴、腸内微生物の機能性遺伝子の特徴、関連する血中代謝物を探ろうとしている。

原文:Revealing the unique signatures of healthy guts as we age

ショーン・ギボンズ(Sean Gibbons)

ショーン・ギボンズ(Sean Gibbons)

ショーン・ギボンズは、システム生物学研究所(ISB)の准教授、ワシントン大学の生物工学科およびゲノム科学科の客員准教授、eサイエンス研究所のデータサイエンスフェローを務める(いずれも米国シアトル)。研究室では、ヒトの微生物叢や、それが健康と疾患に与える影響を調べており、研究分野は、生態学、進化学、微生物学、生物医学、計算システム生物学にまたがっている。最近、腸内微生物叢の代謝出力を操作するための群集規模の代謝モデル化ツールを開発した。このツールは、プレシジョン栄養学や個別化プロバイオティクスへの応用が期待される。

ショーン・ギボンズの研究室に所属する研究者のカット・ラモス・サルミエント(Kat Ramos Sarmiento)。糞便の試料にラベルを付けているところ。

ISB (image taken by Allison Kudla)

腸内微生物を研究する理由は?

ギボンズ: 微生物は地球上の生物の祖先です。人類が出現するはるか前から存在し、人類が絶滅したとしても長く存在し続けることでしょう。微生物は、地球の生物地質化学を動かしており、微生物がいなければ、大気、地殻、海洋の組成は全く違うものになっていた可能性があります。これは私たち人間の体にも当てはまります。人間は、体の機能の多くを片利共生微生物の生態系に委ねており、それが健康維持に役立っています。私は環境微生物生態学から研究活動を始め、生態系の回復、さらには生態系機能が撹乱や侵入種によってどのように損なわれるのか興味を持つようになりました。やがて興味の対象は、健康と疾患の両方における人体の微生物生態学に移りました。環境システムにおいて、生態系機能や生態系の健全性を定義・定量化するのは難しい場合があります。しかし、体の生態系がうまく機能しているかは、単純明快な質問があります。「気分はどう?」と聞くことです。。

健康に年齢を重ねた微生物叢はどういう点が独特か?

ギボンズ: 私たちは、以前の研究で、高齢者の腸には明確に定義される特徴が2つあることを確認しました。調べたのは、各年代の人々から集めた血中代謝物、血中タンパク質、臨床化学分析値、健康・生活様式データ、糞便微生物叢試料を含む複数の大規模なマルチオミクスデータセットです。健康な高齢者の微生物叢の組成は、健康ではない高齢者の組成と明確に異なっており、その微生物叢は若年者のものとも明らかに違っていました。健康な高齢者では、全ての人に共通する中核的な微生物の優占度が低い一方、中核種よりも優占度の低い微生物分類群の優先度が高くなっていました。つまり、各個人がより独特な腸内微生物叢の「指紋」を持っていて、健康な高齢者の微生物叢の組成は互いに異なるということです。健康に問題を抱える高齢者では、「独特な」シグナルが消えていました。私たちは、こうした独特さが、健康な高齢者において優占度の高い微生物に由来する特定の血中代謝物群と直接関連していることを見いだしました。これらの血中代謝物のいくつかは、非ヒト動物モデルで寿命を延長することが分かっています。4年間の追跡評価において、特徴が独特な人は、そうでない人と比べて生存率が高い傾向にありました。

「時計を巻き戻す」ことは必ずしも良いわけではない?

ギボンズ: そのとおりです。高齢者に若年者の微生物叢を移植することは、注意が必要だと思います。若年者の微生物叢には、高齢者の健康的な加齢には適さない片利共生細菌が含まれている可能性があります。例えば、若年者の腸には特にバクテロイデス属細菌が多く存在しています。バクテロイデス属細菌は複雑な炭水化物の分解に特化しており、食物中の炭水化物を分解するもの、粘液中のグリカンのような宿主由来の炭水化物を分解するもの、その両方を分解できるものもいます。年齢を重ねると食欲は減退するので、バクテロイデス属細菌の主たる栄養源は宿主の粘液へと偏ります。すると、バクテロイデス属細菌は粘液層を重点的に分解するようになり、炎症や健康状態の悪化につながる可能性があります。また、加齢に伴って、上皮の腸管幹細胞の働きが悪くなり、細胞分裂が起こりにくくなります。そのため、高齢者は粘液を産生する杯細胞の数が減り、粘液層の薄化に伴う炎症が起こりやすくなる可能性があるのです。この仮説が正しければ、バクテロイデス属細菌が優位な若年者の微生物叢を高齢者に移植することは、良いことよりも悪いことの方が大きいと考えられます。

提案したGGGHプロジェクトの概要は?

ギボンズ: 健康な高齢者において、微生物叢の独特さが増していく機構は分かっていません。健康的な加齢に関して、相関関係なのでしょうか、因果関係なのでしょうか。また、微生物に由来する血中代謝物は健康的な加齢に寄与しているのでしょうか。血中代謝物の約半分は、微生物叢の多様性が影響しています。こうした生物活性分子は全身を循環しながら臓器系と相互作用し、生理状態や遺伝子発現に影響を与えています。私たちが初めて実施した独特さについての研究では、独特さと密接に関連する微生物由来の代謝物が複数見つかりました。最も強くヒットしたのは、フェニルアセチルグルタミンという代謝物で、独特さのスコアが高い人の血流中で非常に高い値を示しました。実際、フェニルアセチルグルタミンは健康的な加齢のバイオマーカーとしてすでに特許が取得されていて、百寿者だけでなく百寿者の子どもたちにも見られるため、遺伝や生活様式に共通点があることが示唆されます。私たちは、メタゲノムの塩基配列を解読することで、既存のデータセットをより大きなものにする予定です。また、微生物遺伝子を調べ、微生物のどの機能が健康な高齢者の独特さの特徴に関連しているかを決定したいと考えています。

メタゲノムに見つかる関連は?

ギボンズ: 私たちは、メタゲノムデータのあるデータベースの30人を対象に最初の解析を行いました。その結果、インドール類(微生物由来の血中代謝物群)の利用や消費に関与する遺伝子は加齢とともに減少している一方、インドール類の合成に関与する遺伝子が増加していることが分かりました。同様に、微生物叢の独特さが高い人の血液でインドールのレベルが高いことも分かりました。こうした結果を合わせると、微生物によるインドール産生と宿主の血流中に存在するインドールの利用率と間に機構的な関連があることが示唆されます。私たちは、このようにして、健康な高齢者の各種の血中代謝物を全て調べる予定です。短鎖脂肪酸など、腸内で微生物が産生する他の代謝物も調べます。短鎖脂肪酸は健康に強く影響しますが、血中にはあまり存在していません。メタゲノムを調べることで、短鎖脂肪酸の分解や合成を行っている遺伝子を特定し、それが腸の健康にどのような影響を与えているかを明らかにすることができるのです。

計算機によるモデル化はどう役立つ?

ギボンズ: 最大の技術的課題は因果関係の見極めで、ヒトではそれが特に困難です。特に腸のように極めて複雑で動的な生態系では、非ヒト動物モデルでの研究がヒトに直接応用できることはまれです。私たちは、MICOMという群集規模の代謝モデル化プラットフォームを開発しました。MICOMは、異なる分類群のゲノム規模の代謝モデルを群集規模のモデルに組み込むものであり、食物や微生物叢組成のデータを用いることで、個人に合わせてカスタマイズできます。MICOMはその人の腸のデジタルツインなのです。微生物の代謝に関する詳細な知識を利用して、個人の腸内微生物叢が食物や宿主の基質を腸内で無数の微生物代謝物にどのように変換するのかを、因果論的・機構的に予測する、象徴的な人工知能(AI)プラットフォームと言えるでしょう。

研究の実用化については?

ギボンズ: 私たちはMICOMを使って、腸内生態系の代謝の機能性に関するシミュレーションを行います。そして、プレバイオティクスやプロバイオティクスを含め、食物からの摂取を操作することで、摂取の結果生じる微生物の応答の可塑性を調べます。うまくいくと、単純な非薬剤的介入法によって、より健康的な加齢に関連する代謝物を増やすもの、あるいは高齢者の健康を損なう可能性のある代謝物を激減させるようなものが発見されるかもしれません。MICOMのようなAIモデルを構築して改良することで、将来的に、加齢に関連する慢性疾患を予防、改善するよう設計されたプレバイオティクス、プロバイオティクス、食事介入法を個別に検証するヒトでの介入試験が実施可能になるのです。


腸内微生物と脳機能との関連を明らかにする

コーク大学(アイルランド)の分子微生物学者ポール・オトゥールたちは、Global Grant for Gut Healthの支援を得て、腸内微生物が高齢者の神経炎症と認知機能低下にどう影響するのかを調べようとしている。

原文:Unveiling the links between gut microbes and brain function

ヒド・ホイフェルト(Guido Hooiveld)

ポール・オトゥール(Paul O’Toole)

ポール・オトゥールは、コーク大学の微生物ゲノミクスの教授。微生物学科長も務めた経験もある。アイルランド科学財団が資金を拠出する研究所「APCマイクロバイオーム・アイルランド」の主任研究者でもあり、腸内微生物叢と健康な加齢に関する研究を主導している。ラクトバチルス属細菌のゲノミクス研究の世界的リーダーとして認識されており、高齢者の食物と腸内微生物叢との相互作用に関する影響力の高い研究である「ELDERMETプロジェクト」のコーディネーターを共同で務める。また、地中海食が、微生物叢を改善してフレイルの発症を遅らせることを示したEUのプロジェクト「NuAge」では、微生物叢の解析を主導した。さらに、在来種のミツバチから野生のタイセイヨウサケまで、持続可能性と環境保全に関する科学的主張を行っている。

老年学者スザンヌ・ティモンズ(左)と心臓学者クセニヤ・シンビルツェワは、共に現役の臨床医であり、腸内微生物叢の変化が高齢者の認知機能にどう影響するのかを調べる研究を支援する。

University College Cork (taken by Tomás Tyner)

マイクロバイオーム研究を始めたきっかけは?

ポール: 腸の研究をするなら、生態学者にならなければなりません。腸内微生物叢を理解するのは、アマゾンの熱帯雨林を理解するのと同じくらい難しいことです。微生物生態系は、地球上のあらゆる生態系と同様に複雑なノード構造を持っています。中枢種があり、その種を中心として、重要な過程や相互作用が数多く発生します。その中心となっている微生物を除去したり枯渇させたりすれば、ネットワーク全体が不安定になります。私は、こうしたネットワークを理解することで、フレイルという高齢者の不必要な負荷を減らし、人々が尊厳を持って自力で長生きし、人生を楽しむことができるようにしたいと考えています。

これまでの研究は今回のGGGHプロジェクトにどう役立つ?

ポール: 高齢者の健康上の大きな問題は、認知機能の低下です。認知機能の低下はさまざまな症状を示す複雑な状態です。記憶力が低下したり複雑な課題に集中する能力が低下したりするなど、軽度の問題を経験する人もいれば、アルツハイマー病のような重度の脳機能障害に至る人もいます。腸–脳軸の研究からは、腸内細菌が、神経系に作用し得る生物活性物質(代謝物)を産生していることが示唆されています。私は、NuAgeプロジェクトというヨーロッパの大規模試験で微生物叢の解析を主導しました。NuAgeプロジェクトでは、高齢者に1年間、地中海食を食べてもらいました。1年経過した後、地中海食を食べた群の人々は、通常食の人々と比べてフレイルが少なく、より良い微生物叢を保持していて、認知機能の臨床スコアが高いことが分かりました。この結果は、地中海食が、認知機能の健康を支える特定の腸内微生物群を維持することを示唆しています。別のプロジェクトでは、在来アイルランド人の旅行者の腸内微生物叢が復元力のあるネットワークを形成し、強力な中枢種と相互作用が存在することが分かりました。この結果をアイルランドのフレイルの高齢者と比較すると、フレイルの高齢者の微生物叢には多くの重要な微生物が欠落していることが明らかになりました。私は、食物を活用したり、腸内微生物叢に有益な細菌を加えたりすることで、認知機能の低下を改善できる可能性があると考えています。

このGGGHプロジェクトでは何を行うか?

ポール: 今回のプロジェクトの共同研究者である老年学者スザンヌ・ティモンズ(Suzanne Timmons)が運営するコークのRegional Specialist Memory Clinicから高齢者を100人集めます。このクリニックと私たちの研究者の連絡役として、ウクライナを逃れた臨床科学者で心臓学者のクセニヤ・シンビルツェワ(Kseniya Simbirtseva)の支援を受けます。私たちは、主観的認知機能障害、軽度認知機能障害、初期の認知症の人々を集め、神経炎症のマーカーと共に腸内微生物叢の組成を調べます。さらに、循環血液中のサイトカインレベルを調べ、各参加者にリーキーガット(腸管壁侵漏)があるかどうかを確認します。私たちが考えている仮説は、腸の炎症や腸の代謝物が神経炎症(脳の周辺組織の不顕性だが測定可能な炎症)を引き起こし、それが特定の機能低下の一因となる可能性があるというものです。これらの測定が完了した後、ヒト被験者群の微生物をレシピエントのマウスモデルへ移植します。さまざまな腸内微生物叢を再現し、それが認知機能に異なる違いを生じるか調べたいと考えています。また、過去15年の研究で、私たちが健康な高齢者に存在することを見いだした7株の微生物群をマウスモデルに投与することを計画しています。これらの微生物群がマウスモデルの貧弱な微生物叢を補充して修復できるかを調べます。

腸内微生物叢は認知機能にどう影響するか?

ポール: 認知機能障害を抱える人の微生物叢が、健康な高齢者のものとは異なっているというのは、既存の文献でかなりの一致が見られます。食事の成分は、腸内微生物によって、神経伝達物質、アミノ酸、その他の代謝物など、神経活性物質へと変換されます。これらの代謝物の中には抗炎症作用を持つものや、血液脳関門の恒常性に影響を与えて神経調節分子の脳内への侵入を可能にするものもあると考えられています。しかし、こうした相互作用の根底にある機序や、それらが後の人生で脳にどのような影響を与えているかについては、ほとんど知られていません。私たちの研究では、ヒトのドナーと動物モデルの両方からメタボロームデータを収集することにより、神経炎症や認知機能低下に関与している可能性のある重要な化合物を特定したいと考えています。

腸という複雑で動的な空間を解析できる技術は?

ポール: 私たちは、バイオインフォマティクスと統計学の技術を組み合わせて、大規模なオミクスデータセットの解析を行います。これらのデータには、それぞれのヒトのドナーから収集した微生物叢、代謝、認知の健康状態の臨床パラメーターに関するデータが含まれています。ヒトの微生物叢をマウスモデルに移植した結果として、マウスに経時的に表れる認知行動のデータを徹底的に収集します。そして、人工知能(AI)による方法を用いて、これらのデータセット間の関連性を明らかにします。AIは基本的に、ある変数の存在量が別の変数の存在量とロバストに関連しているという「共起パターン」を検索します。加齢に伴う認知機能障害を抱える人たちの関連におかしな点があるかどうかを明らかにしたいと考えています。例えば、食事から摂取しても、期待される血中代謝物が生成されない場合などです。

技術的課題は?

ポール: 大きな課題の1つは、ヒトの疾患を動物モデルで正確に再現することです。運がよければ、動物モデルに、微生物叢や行動の違い、ヒトの認知機能低下の根底にある機構が反映されるでしょう。また、主観的認知機能障害、軽度の認知機能障害、初期の認知症という臨床カテゴリーの間で、微生物叢がはっきりと異なっていて、こうした知見が再現されることも期待しなければなりません。そして、ヒトの細菌がマウスで十分な期間に生存して、これらの疾患の指標となる代謝物を産生してくれることも必要です。ヒトの細菌は、マウスにはうまく定着しないので、注意深く観察する必要のある課題です。

今回の知見にはどんな実際的応用法が?

ポール: フレイルの高齢者は、微生物叢を強化することで、機能性の腸内生態系を再構築できる可能性が生まれると考えています。そうすることで、認知機能の改善につながるかもしれません。腸内微生物叢が作用する経路、そして腸内微生物と神経炎症の重要な関連を明らかにすることで、治療介入法を提供できるようになることを目指しています。また、体が利用できる有用代謝物を生成するように食事を調整することで、高齢者が特定の食事の摂取によって認知機能を改善できる可能性もあります。

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2021年助成者インタビュー「微生物叢の見過ごされてきた領域を明らかにする」

審査委員の紹介審査委員は、世界各国の国際的に有名なヒト細菌叢研究者で構成されている。

カレン・P・スコット

カレン・P・スコット 審査委員長

アバディーン大学 ロウェット研究所(英国)

アミ・バット

アミ・バット

スタンフォード大学医学科(血液学・BMT)・遺伝学科(米国)

エラン・エリナフ

エラン・エリナフ

ワイツマン科学研究所(イスラエル)

サラ・レビール

サラ・レビール

アントワープ大学生物科学工学科(ベルギー)

竹田 潔

竹田 潔

大阪大学大学院 医学系研究科(日本)

趙立平

趙立平

ラトガーズ大学応用微生物学講座(米国)
上海交通大学微生物学特聘教授(中国)

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