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The Global Grants for Gut Health
The Global Grants for Gut Health
2020年助成者インタビュー

微生物叢の見過ごされてきた領域を明らかにする

消化器疾患や血糖応答の調節、宿主と微生物叢の相互作用に新たな光を当てる小腸の微生物叢の研究

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将来のソリューションのための基盤を構築する

2020年のGlobal Grants for Gut Healthは、宿主と微生物の間の未知のコミュニケーション経路を解明し、代謝性疾患および機能性消化管障害を予防するための新たな戦略を開発することを目的とした研究を支援するものであり、3人の受賞者を心から祝福する。

原文:Laying the foundations for tomorrow’s solutions

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックのために、私たちのほとんどにとって、この1年はこれまでの年とは大きく異なるものとなった。研究室は閉鎖され、研究者や学生は自宅での作業を余儀なくされた。2020年のGlobal Grants for Gut Healthの審査委員会も、他の多くの会議と同様、オンラインで開催された。世界の科学界では、COVID-19パンデミックのために多くの困難があるにもかかわらず、優れたアイデアがたくさん寄せられたことに審査員一同はとても安堵した。

2020年は、小腸の微生物叢に焦点を合わせた研究を募集した。小腸の微生物叢は、大腸や糞便の微生物叢と比べると試料の採取が非常に難しいため、あまり理解が進んでいない。例年どおりたくさんのすばらしい提案が寄せられたため、その中から優秀なものを選ぶのには今年も苦労した。ここでは、見事に最終選考を通過した3人の応募者と彼らのプロジェクトを紹介する。

米国ハーバード大学医学系大学院のマルコ・ジョスト(Marco Jost)は、腸内微生物と腸内分泌系の間のコミュニケーションを解読するという野心的な目標を掲げている。現在の技術水準をはるかに上回る一連の技術を用いて、長期的にはホルモン産生経路および腸–脳シグナル伝達回路に影響を及ぼす治療法の開発を助ける可能性のある知見を得る、という彼の優れた提案に、審査委員会は大きな感銘を受けた。

米国メイヨークリニック医科大学の消化器学・肝臓学の顧問医であるプルナ・カシャップ(Purna Kashyap)は、機能性消化管障害の根底にある腸の生理機能と症状の調節における小腸の微生物叢の役割を調べる。過敏性腸症候群のような疾患はごくありふれたものだが、その診断と治療は難しい。彼の提案している戦略は、ヒトの研究と齧歯類での細菌の再定着を組み合わせるという独創的なものであり、重要だが現在十分ではない臨床上の必要性を満たそうとするものである。

オランダのワーヘニンゲン大学の栄養学、代謝学、ゲノム学部門のヒド・ホイフェルト(Guido Hooiveld)は、ヒトの小腸の微生物叢が、食物摂取時の血糖応答の個人差にどのように影響するかを解明することを目指している。審査委員会は彼の提案を、代謝性疾患を予防するための新たな戦略につながる可能性のある、独創的で刺激的なものだと評価した。代謝性疾患は、糖尿病が蔓延する多くの国で大きな課題となっている。

私は、審査委員会の他のメンバーと共に、これらの優れたプロジェクトが、蔓延していて腸内細菌叢の特徴に関連していると思われるいくつかの疾患や状態との闘いにおいて、将来の解決策の基礎を築くのに役立つと確信している。受賞した3名の重要な研究がうまくいくことを願っている。

最後に、評価プロセスに時間と労力を割いていただいた審査委員のエラン・エリナフ(Eran Elinav)、ポール・W・オトゥール(Paul W. O’Toole)、カレン・P・スコット(Karen P. Scott)、竹田 潔、 趙 立平(Liping Zhao)に、心よりお礼を申しあげる。

ティナ・ラスク・リヒト(Tine Rask Licht)
「Global Grants for Gut Health」
審査委員長


小腸の分子言語を解読する

マルコ・ジョストは、小腸オルガノイドと、自身の専門であるRNAシーケンシングとCRISPR技術を用いて、宿主と微生物叢の分子コミュニケーションを調べる。彼はまた、こうした相互作用が他の臓器の生理機能にどのような影響を与えるのかを明らかにしようとしている。

原文:Deciphering the molecular language of the small intestine

マルコ・ジョスト(Marco Jost)

マルコ・ジョスト(Marco Jost)

マルコ・ジョストは、ハーバード大学医学系大学院(米国ボストン)の微生物学助教。2021年4月にジョスト研究室を立ちあげ。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)のジョナサン・ワイスマン(Jonathan Weissman)およびキャロル・グロス(Carol Gross)とのポスドク研究では、オーダーメイドのCRISPRスクリーニング技術の開発を行い、これを用いてマイケル・フィッシュバック(Michael Fischbach)たちと共同で腸内微生物叢の研究を開始。ジョスト研究室は、単一細胞RNAシーケンシングとCRISPR技術を用いることにより、腸内の分子コミュニケーションと、それが全身の生理機能にどのように影響するのかについての理解を深めることを目指している。

本プロジェクトで調べることは?

ジョスト: 私たちの主な目標は、小腸の細菌およびそれが分泌する小分子と宿主細胞の間の分子コミュニケーションの解読を始めることです。特に興味があるのは、小腸の内壁にあって腸管全体に見られる「腸内分泌細胞」という細胞と、小腸の微生物叢が、ホルモンの分泌をどのように促しているかです。このコミュニケーションによって、腸内細菌が全身の生理機能をどのように変化させているのかも調べたいと考えています。腸内細菌が脳や骨格筋などの離れた部位の生物学的過程に影響を与えることはすでにわかっています。私は、細菌による腸内分泌細胞とのコミュニケーションがその主要な機構だと考えています。腸内分泌細胞は、ホルモンや神経伝達物質を分泌するとともに、ニューロンへと働きかけて全身にシグナルを送っています。細菌と宿主細胞間には物理的な相互作用があることが知られていて、細菌はこれを通して宿主細胞に付着しています。また、化学的な相互作用も知られていて、腸の細胞は、微生物が産生する小分子を感知して応答します。小腸におけるこの分子言語の文脈や意味は、まだ十分には理解されていません。腸内分泌細胞がどの小分子に応答するのか、どの細菌がそうした小分子を産生するのか、その小分子がどの受容体に結合するのか、そしてそれがどのようにして生物学的過程の変化につながるのかといったことを調べていきたいと考えています。私たちは、代謝性疾患ばかりではなく、神経精神疾患や、微生物叢の影響を受ける疾患に関しても、有用な新規治療標的が得られることを期待しています。

どのような細胞や分子に注目を?

ジョスト: 小腸は驚くほど動的な環境であり、小腸の活動には食事が重要な影響を与えることがわかっています。また、小腸には多様性に富んだ腸内分泌細胞が存在していて、その化学的環境は非常に興味深いものであることもわかっています。腸内分泌細胞にはさまざまなタイプがあり、それぞれが独自の特化した機能を持っています。最もよく知られているのは、それぞれのタイプの腸内分泌細胞は食事などの外的な刺激に応答して、異なるホルモンを分泌することです。今回のプロジェクトでは、小腸の腸内分泌細胞が分泌する「グルカゴン様ペプチド1(GLP1)」および「ペプチドチロシンチロシン(PYY)」という2つの具体的なホルモンに着目します。どちらのホルモンも食後に放出されて満腹感を伝えます。つまり、食べるのをいつ止めるべきかを知らせてくれるホルモンです。またこれらのホルモンは、グルコース恒常性の調節を助けており、健康な代謝を維持するために重要な役目を果たしています。これら2種類のホルモンの乱れは、代謝性疾患と関係することが明らかにされていますので、代謝性疾患が現在の世界の医療サービスにおいて大きな負荷となっていることを考えると、これらのホルモンの研究から始めるのは当を得ていると考えています。しかしながら、ホルモン分泌がどのような機序によって誘導・調節されているかは正確にはわかっていません。私たちはそれを調べようとしています。

目標を達成するための手段は?

ジョスト: まずは分子レベルから始め、そこに複雑な事柄を何層も積み重ねることで、全体像を明らかにします。実験室では、オルガノイドという簡略版の小腸を使います。オルガノイドとは、臓器の活動を模倣し、細胞間や細胞内で起こっている相互作用を再現した3次元の小型臓器モデルのことです。私たちは、小腸オルガノイドを用いて、宿主の腸内分泌細胞と小腸微生物叢集団の間の相互作用をモニタリングします。特に、個々の細胞が、細菌やそれに関連する小分子に対してどう応答するのかを、単一細胞RNAシーケンシングを用いて調べます。そして、どの受容体がどのシグナルに応答しているのかをCRISPRスクリーニングで調べ、前述の2種類のホルモンの分泌など、目的とする宿主の応答を仲介している因子を特定します。

この目的で小腸オルガノイドの開発が有用なのはなぜか?

ジョスト: オルガノイドが不可欠なのは、標準的な培養法ではほとんどのタイプの腸内分泌細胞を増殖させることができないからです。オルガノイドを使えば、生理的な状況下で、細胞を増殖して濃縮することができます。さまざまな研究グループが、腸のあらゆる部位についてオルガノイドモデルを作り出しています。腸内分泌細胞応答を調べた過去の研究ではマウスモデルが使われることが多かったのですが、オルガノイドを用いると、腸内分泌細胞の応答をはるかにハイスループットで見ることもできます。オルガノイドは、ヒト多能性幹細胞を分化させることで構築されます。これは目的とする主要な細胞タイプを生成することに的を絞った方法であり、そうした細胞を、機能するミニチュア臓器へと組み立てます。考慮すべき重要な要素としては、小腸は人間の体内で急速に変化する環境であり、さまざまな要因の影響を受けていることが挙げられます。私は、オルガノイドのin vivoモデルを還元主義的モデルとして利用しようと考えています。これは、出発点であって最終目標ではありません。このモデルを使ってカギとなる分子や受容体を突き止め、将来的にはin vivoモデルで研究をさらに進めたいと考えています。

走査型電子顕微鏡(SEM)による小腸の微絨毛のカラー画像。この微細な構造は、小腸の内側を覆う細胞が消化された食物から栄養素を吸収するのに役立っている。

Steve Gschmeissner/Science Photo Library/Getty Images

得られた成果は将来の治療法にどう役立つか?

ジョスト: 私たちは、治療法ばかりでなく、基礎生物学の理解を深めるためにも、in vivoの実験を可能な限り有用な情報が得られるように設計しており、さまざまな相互作用を調べます。しかし、優先順位を付けることも重要です。このプロジェクトでGLP1とPYYに注目するのはそのためです。そのホルモンの産生を促進する細菌あるいは食事由来の特定な分子や、特定の受容体が見つかるかもしれません。見つかれば、古典的な創薬技術を利用することで、こうした相互作用を最適化して、例えばグルコースコントロールを改善する方法を探ることができるでしょう。また、食事と宿主の応答の間に関連性があることも発見できるかもしれません。これは食事介入の設計につながる可能性があります。さらに長期的には、望ましくない物質を低減・分解したり、腸内分泌細胞の活動を特定の状況下で最適化したりするような微生物を作製できる可能性もあります。これが実現すれば、腸内微生物叢を時空間的にもっと制御できるようになるかもしれません。最終的には、ヒトを対象とした大規模臨床試験を実施する必要がありますが、そのためには標的が明確になっている必要があります。

今後の研究に期待することとは?

ジョスト: うまくいけば、今回の研究では、腸内細菌と腸内分泌細胞の間だけでなく、他の細胞タイプ間の分子コミュニケーションをより詳細に調べるための青写真が得られるでしょう。私の大きな目標は、この複雑な分子言語の解読を可能にする技術の開発を続けて、このコミュニケーションが私たちをどのように形作っているのかを明らかにすることです。


先駆的な小腸の微生物叢モデル

プルナ・カシャップは、Global Grant for Gut Healthを利用し、小腸の初のヒト化マウスモデルを作製して、微生物叢が腸の生理機能の調節や消化管疾患の症状に及ぼす影響の役割を明らかにしようとしている。

原文:A pioneering microbiome model for the small intestine

プルナ・カシャップ(Purna Kashyap)

プルナ・カシャップ(Purna Kashyap)

プルナ・カシャップは、メイヨークリニック医科大学(米国ミネソタ州ロチェスター)の顧問医。機能性消化管疾患の研究は、患者と直接向き合った経験が原動力となっていて、複雑な消耗性疾患の理解を深めることを最大の目標としている。腸内細菌、食事由来の炭水化物、関連する代謝物を調べ、それらが宿主の生理機能に及ぼす影響を調べて、消化管疾患の新たなバイオマーカーと標的化治療法の開発を目指している。

腸内微生物叢の研究を始めたきっかけは?

カシャップ: 私は医師として、機能性消化管疾患に苦しむ人々と接してきました。彼らにはさまざまな症状があり、その多くは時間とともに変化します。機能性消化管疾患に標準的な検査はなく、診断は症状に基づいて行われます。この疾患のさまざまなグループの患者の症状を引き起こしている原因が何であるのかが、十分にわかっていないためです。それぞれの症状は、腸内の個別の過程、あるいは複数の過程の乱れによって生じている可能性があります。最近の研究では、これらの過程が、「微生物叢」、すなわち特定の場所に存在する細菌、菌類、ウイルス、寄生虫などのあらゆる生命体の集合体、およびその遺伝子に密接に関係していることがわかってきました。微生物叢がこの機序にどのように影響しているのかを解明することで、この種の消耗性疾患の患者を助ける方法が変わることになるでしょう。ヒトの腸には、私たちの命を脅かす恐れもある細菌がぎっしりと詰まっていますが、実際には細菌はヒトの体内で協調して生息しています。腸は、非常に血管が発達しており、独自の免疫系と調節機構を持っています。しかしながら、微生物叢の変化が腸の細胞の機能にどのような変化をもたらすかはまだよくわかっていません。

なぜ小腸の微生物叢を調べるのか?

カシャップ: 小腸の微生物叢は大腸とは異なっていて、消化以外にも重要な役目を果たしていると考えられています。小腸において細菌が過剰に増殖すると、体重が減少したり、機能性消化管疾患に似た消化管症状を呈したりすることがあります。これは、ある種の手術後に、小腸の動きが悪くなったときによく起こるものです。水の入ったコップを何日も放置しておくとそこに微生物の膜が張るように、小腸の動きが悪くなると、微生物が過剰に増殖し、環境の微妙なバランスが崩れることがあります。最近、私たちが行った予備的な研究では、症状から細菌の過剰な増殖が疑われる患者を対象に、小腸の細菌の構成を調べました。その結果、下痢や腹痛、鼓腸のような症状を呈する患者の小腸の微生物構成は、健常な無症状者とは大きく異なっていることがわかりました。

このような違いの因果関係や、それが機能性消化管疾患に対してどのような意味を持っているかを解明することは非常に困難です。ヒトは複雑であるため、もっと単純なモデルが必要です。DNAシーケンシング技術の登場により、腸内微生物叢について多くを知ることができるようになりましたが、大腸に注目した研究がほとんどであり、小腸の研究はあまり行われていませんでした。私は、小腸の微生物叢の生物学的影響を調べることのできる効果的なマウスモデルを作製することで、この状況を変えたいと考えています。

マウスモデルの作製方法は?

カシャップ: 私たちは、腸内に細菌がいない状態で繁殖させた「無菌マウス」を使って、ヒトの小腸の微生物叢をマウスで再現する3つの方法を試験します。これまでのマウスモデルでは、ヒトの糞便試料を移植することによって微生物叢を再現していましたが、この方法では小腸を含む消化管全体が正確に再現されているのか、それとも大腸しか再現されないのかがわかりませんでした。糞便だけでなく、小腸の細菌の試料も必要なのか、それともどちらか一方だけでよいのか、3つの選択肢の全てを試すことによって、小腸(理想的には小腸と大腸)の再現に最適なモデルを見極めたいと考えています。もちろん、この実現には課題があります。試料の採取は容易ではありませんし、小腸の細菌は、大腸に比べれば数も種類も少なく、実験の過程に耐えられるとは限りません。

モデルからわかることは?

カシャップ: 私たちは、さまざまな小腸の微生物が消化管の機能にどのように影響しているのか、また、これらの機構に食物の選択がどのように影響するのかを調べる予定です。微生物は、人間が食べたものを食べており、栄養素の提供を人間に依存しているのです。小腸の微生物が高繊維食と低繊維食にどう応答するのかを調べ、小腸が内腔に腸液を分泌する能力、食物が小腸を通過するのにかかる時間、小腸の透過性がどのように変化するかを調べます。私は「リーキーガット(腸管壁侵漏)」という言葉が好きではありません。腸はある程度漏れるようにできているものであって、そうでなければ生きていくのに必要な全ての栄養素を吸収することができません。問題は、腸の透過性が高まり、望ましくない分子が透過してしまうことです。健康が保たれている腸では、宿主細胞と常在微生物は利害関係にあります。微生物は宿主細胞に攻撃されたくありませんし、宿主も免疫系に絶えず働いてもらいたいわけではありません。しかし、食事の内容が違えば栄養素も異なるわけで、それに応じて微生物の行動が変化することもあります。私たちは今後、細菌が食事に応答してどのような代謝物を産生するのかを明らかにし、それが消化管症状にどう関わるのかを調べる予定です。

消化器系の生理機能に対する微生物およびその代謝物の影響を評価するチャンバー実験。

Mayo Clinic

食事が小腸に及ぼす影響についてわかっていることは?

カシャップ: ほとんど何もわかっていないのが現状です。小腸は、食べたものから栄養素を吸収しているので、小腸と食事が密接に関係していることはわかっています。小腸の細菌は、大腸の細菌とは大きく異なり、流れが速く動的な環境での生息に適応しています。食物繊維は、大腸の細菌を変化させることがあり、鼓腸のような症状の原因とされていますが、食物繊維が小腸の微生物叢に対して及ぼす影響や、その結果として消化管機能に及ぼす影響は、これまで全く研究されていませんでした。小腸の微生物の行動が症状の発現にどのように関与しているのかという点は、未開拓の領域です。私たちが開発したマウスモデルでは、小腸の微生物が、食事に応答して消化管機能のさまざまなパラメーターへどのような影響を及ぼすかを調べることができるでしょう。こうしたことを行うのは、マウスモデルの方が容易です。ヒトはとても複雑で、薬剤の使用や合併症などの要因の影響を排除することができないためです。小腸の微生物叢に影響する要因は他にもいくつかありますが、食事の影響が最も大きいと考えられるため、私たちは食事から取り掛かります。ゆくゆくは、別の要因に取り組むことも必要になると思います。

得られた成果は将来の治療法にどう役立つか?

カシャップ: 小腸の細菌の過剰な増殖の治療では、どの細菌が問題なのかがわからないため、標準的な抗生物質を使って細菌の数を減らします。しかし、細菌は人間よりも賢く、すぐに抵抗性を獲得します。非特異的な治療では、多くのオフターゲット作用が引き起こされ、薬剤耐性菌の増殖が促進されるといった長期的な悪影響が生じることがあります。症状を引き起こしている特定の微生物、あるいは微生物の産物をピンポイントで突き止めることができれば、現在の治療パラダイムを一変させることができるでしょう。私たちは、大腸と区別し、小腸を標的に薬剤を送達させる方法を持っていますし、特定の細菌に感染するファージのような戦略を用いることもできます。また、抗生物質のように広いスペクトルをカバーするのではなく、スペクトルの狭い薬剤を使ったり、小腸での生存効率の高い健康な細菌を使って健康でない細菌を駆逐したりすることで、微生物環境を変化させるというやり方もあります。

今後の研究に期待することは?

カシャップ: 機能性消化管疾患の患者は、死亡率が高く、生活の質(QOL)が低下し、さらには、「症状を想像しているのではないか」という病気に関する偏見に直面します。私は、こうした疾患の症状が具体的にどのような機序によって引き起こされるかを明らかにしたいと考えています。最終的には、それが機能性消化管疾患そのものを検証することになるでしょう。小腸は未知の領域ですが、多くの答えを見つけることが期待できる場所でもあるのです。


小腸の微生物叢がグルコース応答に及ぼす影響を調べる

同じものを食べても血糖応答は人によって異なるが、ヒド・ホイフェルトは、Global Grant for Gut Healthを利用して、小腸の微生物叢がこの異なる応答にどのような影響を及ぼしているのかを調べる概念実証研究を行う。

原文:Examining the influence of the small-intestine microbiota on glucose responses

ヒド・ホイフェルト(Guido Hooiveld)

ヒド・ホイフェルト(Guido Hooiveld)

ヒド・ホイフェルトは、ワーヘニンゲン大学人類栄養健康部門(オランダ)の助教。分子栄養学者として、食べたものが分子レベルで微生物叢とどのように相互作用するのか、それが宿主の応答や健康にどう影響するのかに関心を持っている。以前は、食物の脂質や、生体内でのその消化吸収の調節をテーマとしていたが、その後、健康な状態と病気の状態のグルコース応答の制御の違いを調べることに目を向けた。

腸内細菌叢研究に取り組むようになったきっかけは?

ホイフェルト: 分子レベルの栄養学に魅了されています。私の専攻は分子生物学と生化学で、当初は、食事に含まれる脂質と、その体内での吸収の調節に着目していました。数年前、微生物叢研究は、DNAシーケンシング技術によって全く新しい領域に突入し、私は、健常者と代謝性疾患の患者における腸内微生物群集の違いや、それが体内での食物の処理のされ方の違いと関連しているかどうかについて興味を持つようになりました。栄養素がどのように吸収されるのか、栄養素が食後にどのように代謝されるのかといった過程は、健常者と、例えば糖尿病患者では大きく異なります。また、人々の食事に対する応答の違い、さらには食事に含まれる個々の食物に対する応答の違いにも、腸内の多様な微生物群集が関与していることが明らかになっています。

なぜ血糖コントロールに関心を?

ホイフェルト: 血糖応答の調節に異常があると、糖尿病などの代謝性疾患の発症リスクが高くなります。イスラエルのセガール(Segal)らによる重要な論文では、糞便微生物叢の詳細をコンピューターモデルに取り込むことで、さまざまな種類の食物に対する個人の食後のグルコース応答を極めて正確に予測できることが示されました。それまでの予測はその人の食事やボディーマス指数(BMI)などに基づいていましたが、予測精度は30~35%ほどでした。これは、腸内微生物叢が血糖応答に個人レベルで何らかの影響を及ぼしていることを明確に示しています。セガールらはさらに、例えばパンとケーキなど、含まれる炭水化物量が同じ2種類の食品を食べた場合に、パンを食べた後には血糖値が上がるがケーキを食べた後には血糖値が上がらない人もいれば、ケーキを食べた後には血糖値が上がるがパンを食べた後には血糖値が上がらない人もいることを明らかにしました。同じものを食べても、人々は同じ応答を示さないのです。私たちが行ったヒトの試験でも、同じことが観察されました。これはなぜなのかという疑問が湧いてきます。

なぜ小腸の微生物叢に注目を?

ホイフェルト: 小腸は、微生物があまり研究されていない臓器です。ヒトでは、小腸にアクセスするのが非常に難しいためです。これまでの微生物叢研究の多くは糞便試料に基づくものでしたが、こうした試料は腸管の片側の端からのみ採取されたものであるため、全体像を示していません。人々はさまざまな食品に対して異なる応答を示し、グルコース応答は食べるものによって個人差があることがわかっています。小腸は腸の中でグルコースなどの栄養素が吸収される領域であることから、この違いには小腸の微生物叢が関わっていると考えられます。これは実際に、前臨床研究でも明らかにされています。私たちのGut Healthプロジェクトでは、人々の血糖コントロールにおいて小腸の微生物叢が担っている役割と、これがさまざまな食物の摂取に対して個人間、個人内でどう異なっているのかに着目します。

実験で使用したトマトジュース試料。さまざまな食品に対する個人の応答を比較することにより、小腸の微生物叢が個人レベルで血糖応答にどう影響しているのかを調べることができる。

Wageningen University and Research

小腸の微生物叢の構成が急激に変化する要因は?

ホイフェルト: さまざまな要因が絡み合っています。細菌にしてみれば、増殖しなければなりません。細菌種は、環境中で利用可能な食物に依存していて、こうした食物の供給源は基本的には個人の食事です。小腸はとても動的な環境です。というのも食物は、人の消化速度の緩急にしたがって通過し、腸管は拡張したり収縮したりします。消化酵素や胆汁酸など一部の物質は、細菌の増殖には有害で、増殖を妨げるものもあります。このような過程の全てによって、どの微生物が小腸内で継続的に成長・増殖できるのかが決まりますが、血糖コントロールと小腸微生物叢についてはほとんどわかっていません。数は少ないものの、以前の研究ではグルコースと大腸の微生物叢に相関があることが示されており、動物試験では脂質の吸収が小腸の微生物叢によって操作されていることが明らかになっています。しかし、炭水化物の吸収とそれに関連する血糖コントロールについては新たな研究となります。

このプロジェクトでは行うことは?

ホイフェルト: 私たちのプロジェクトでは、同じ量の炭水化物を含むいくつかの標準化された食品に対して大きく異なる応答を示す70人の参加者を調べます。我々の以前の研究や、これまでに報告されている研究から、どのような食品がそうした異なる応答を引き起こすのかはわかっているので、その知見を再現したいと考えています。実験で使う食品は、含まれる炭水化物量が同じであれば、パンでもケーキでもクッキーでも問題ありません。私たちが必要としているのは、それぞれの被験者が、実験に使う2つの食品に対して異なる応答を示すことです。そうすれば、個人のグルコース応答を促進している要因が何であるかを特定することができます。

一部の参加者では、それぞれの食品を食べる数分前と数時間後に、カテーテルを使って小腸から複数の試料を採取します。そして、個人の微生物叢の経時的な構成、食品に含まれる炭水化物、グルコース応答を調べます。なお、再現性を見るためにこれを複数回繰り返す予定です。それぞれの食品に対する個人の小腸の微生物叢構成に違いがあるかどうか、それが個人の血中グルコースレベルとどのように相関するのかを調べます。これによって、小腸の微生物叢の役割に関する重要な知見が得られるでしょう。今回は小規模な概念実証研究ですが、うまくいけば、この知見に基づいてもっと大規模な実験へと広げていきたいと思います。

小腸の微生物叢は、宿主の応答にどう影響を及ぼすか?

ホイフェルト: 特定の小腸の細菌は、ある炭水化物源を別の炭水化物源よりもうまく代謝できるという事実があります。血糖応答に違いがあるのは、この事実によるのかもしれません。宿主の応答に対する影響が、細菌によって異なる可能性も考えられます。私たちは、これを調べるために、培養ヒト腸細胞モデルを用いて、この細胞をカテーテルで得られた小腸内容物に曝露し、こうした試料が宿主細胞のグルコースの取り込みマーカーや代謝マーカーにどのような影響を与えるのかを調べます。

このプロジェクトによって得られる結論とは?

ホイフェルト: 今回のプロジェクトは、あまり研究されていない微生物生態系に関する貴重なデータを収集し、グルコース応答を変化させているのは何であるかに関する理解を深めることを目的としています。いずれは、腸・宿主応答の新たな因子としての小腸微生物叢の役割を検証し、食事が小腸微生物叢の構成を決めていて、健康全般に影響を与えているという決定的な証拠を得ることを目指しています。血糖コントロールを改善して、エビデンスに基づくより良い食事のアドバイスの提供するために利用できる、新しい微生物標的を突き止めたいのです。栄養に関しては誤った情報が世に氾濫していますが、厳密なエビデンスに基づいたアドバイスが重要です。

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2019年助成者インタビュー「ヒト腸内細菌叢についての画期的研究をサポート」

審査委員の紹介審査委員は、世界各国の国際的に有名なヒト細菌叢研究者で構成されている。

ティナ・ラスク・リヒト

ティナ・ラスク・リヒト 審査委員長

デンマーク工科大学 国立食品研究所(DTU FooD、デンマーク)

エラン・エリナフ

エラン・エリナフ

ワイツマン科学研究所(イスラエル)

ポール・W・オトゥール

ポール・W・オトゥール

コーク大学およびAPCマイクロバイオーム・アイルランド(アイルランド)

カレン・P・スコット

カレン・P・スコット

アバディーン大学 ロウェット研究所(英国)

竹田 潔

竹田 潔

大阪大学大学院 医学系研究科(日本)

趙立平

趙立平

ラトガーズ大学(米国)
上海交通大学(中国)

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