【Springboard】オープンアクセス25年を振り返る:ニッチなモデルから出版の標準へ
2025年11月13日
シュプリンガーネイチャーのVP for Open Access、Carrie Webster(キャリー・ウェブスター)が、出版モデルの25年にわたる進展を振り返ります。
2025年11月10日
Research Publishing
著者:Carrie Webster(キャリー・ウェブスター)
私が初めてオープンアクセス(OA:Open Access)出版の世界に足を踏み入れた当時、その状況は今とは大きく異なっていました。 2000年代初頭、私は当時新設の「スタートアップ」企業であったBioMed Central(BMC;初の商業OA出版社)の初期の社員の一人でした。また、OA は当時まだほとんど注目されていませんでした。
オープンアクセスには25年以上の歴史がありますが(プレプリント向け初の主要なOAリポジトリーarXivは1991年に開設)、2000年代初頭にはまだ発展途上のモデルであり、私たちはその概念の説明、価値の提唱、および認知度の向上に多くの時間を費やしました。研究者や研究活動への恩恵というOAの理念自体は理解されていましたが、懐疑的な見方も少なくありませんでした。それは自己満足のための出版に過ぎないのではないか?OAという仕組みは、拡張性があるのか?信頼に値するものなのか?
今でも覚えているのは、オフィスに設置したホワイトボードに投稿論文数を記録していたことです。30件に達した時は、まさに画期的な出来事のように感じられました!OAの成長と認知度は2000年代初頭から変化し始めました。ブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI:Budapest Open Access Initiative)がOAを正式に定義し世界的な行動を呼びかけ、ベセスダ声明とベルリン宣言(The Bethesda Statement and Berlin Declaration)がOAの原則をさらに固めたこと、そして2005年にウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)が資金提供を伴うOA方針を導入したことが契機となりました。しかし、この新たなモデルへの支持が広まるまでには、なお時間を要しました。
2004年当時、世界の研究成果に占めるOA論文の割合は4%未満(31,486報)でしたが、現在では市場シェアが約50%(48.1%)に達し、2024年には140万本以上のOA論文が出版されました。[1] これは出版モデルの転換だけでなく、世界が研究を評価し、共有する方法そのものの転換を示す節目と言えるでしょう。私にとってこれは単なる統計ではありません。これは、コミュニティーとして歩んできた道のり、成し遂げた進歩、そしてこれから取り組むべき課題について振り返る機会だととらえています。
進歩の現状
今日、OAはもはやニッチな取り組みではなく、主流の出版モデルとなりました。それは、もはや一部の人だけが支持する考え方ではなく、出版の現実であり未来です。また、単なる論文へのアクセス問題でもありません。これはオープンサイエンスへの広範な移行の一環です:研究ライフサイクルの全段階——データから方法論、査読にいたるまで——をより透明性が高く、再利用可能で、影響力のあるものにする取り組みです。
市場においてOA比率が50%に達したという節目は、この転換の強力な証左です。持続可能かつ効果的なOA移行が可能であることを示しつつ、同時に単一の道筋が存在しないこともあらためて認識させてくれます。むしろ、複数の手段の組み合わせ、協力体制、そして適応力が求められます。
当社の最新のOAレポートは、OAの勢いを示す説得力のある見解を提供しています。シュプリンガーネイチャーのフルOAジャーナルに掲載された論文は平均6.3回引用されており、これは混合モデル(mixed-model)やほかの純粋なOA出版社からの論文よりも高い数値です。OA書籍およびジャーナルコンテンツのダウンロード数は、2024年に31%以上増加し、分野や地域を超えた関与の拡大を反映しています。
特に注目すべきは 、そのグローバルな広がりです。中所得国におけるOAコンテンツのダウンロード数は21%増加し、低所得国でも14%増加しました。これらの数値は、研究へのアクセシビリティーが拡大し、世界中の研究者がOAのエコシステムに積極的に参加していることを示しています。
当社のOAポートフォリオの成長も顕著です。昨年は68誌の完全OAジャーナルが新たに創刊され、当社のフルOAポートフォリオは現在、OAで出版された一次研究論文の73%を占めています。OA論文の掲載数は、31%増加し、特にインドで著しい成長が見られました。これは、新興研究経済圏におけるオープン出版オプションへの需要が高まっていることを示すものです。
協働による拡大
転換契約(TA:Transformative agreements)は、OAを拡大する最も効果的な手段の一つです。研究者や機関が移行を支援するための体系的かつ拡張可能な方法を提供します。過去10年間で転換契約は著しい成長を遂げました。欧州内で始まり、急速に世界へ拡大し、現在では米国、メキシコ、コロンビア、南アフリカ、エジプト、ポルトガル、ギリシャ、日本、およびオーストラリアとの契約を締結しています。
当社の最新のOAレポートが示すとおり、2024年にはハイブリッドジャーナルにおけるOA論文の82%が転換契約を通じて出版されました。一部の国では、契約初年度に70%ものOA採用率を達成しています。南アフリカとスロベニアでは、人文社会科学分野におけるOA出版が契約初年度に600%以上増加しました。これは転換契約が学際的なOA出版をいかに支援できるかを示す有力な事例です。
転換契約がOAへの移行を加速させたことは疑う余地がありませんが、課題も伴います。世界的な移行は依然として不均一であり、特に研究資金が限られている地域にいる研究者にとって公平性を確保することがきわめて重要です。また、分野間の不均衡が影響力を制限する可能性があります。転換契約は、万能な解決策とは見なされるべきではなく、地域の状況や資金構造を反映した形で調整され、各地域に適した移行のペースと規模で支援することが求められます。
日本では、当社の転換契約がわずか2年で10大学から60機関に拡大し、2,400報以上のOA論文を生み出しました。米国では、新たな連携が普及加速に貢献しています。こうした成果は、適応を最優先課題とし、資金提供者、機関、そして出版社が連携した際に何が可能かを示しています。
公平性は依然として重要な焦点
OA分野で大きな進展が見られる一方で、資金調達、インフラ、および支援体制における格差が依然として存在することを指摘せずにはいられません。これらはすべてOAの公平性に影響を及ぼし、より長期的な課題として取り組む必要があります。免除措置の強化、転換契約などのモデル適応、地域に応じた価格モデルの試験的な導入といった強力な措置が講じられ、世界的なOAの成長が一定の好影響をもたらしていることは確かですが、それだけでは不十分です。
真に公平なOAの未来を実現するためには、出版者、資金提供者、機関、および研究者といった研究エコシステム全体での継続的な連携が不可欠です。あらゆる声が届き、あらゆる研究が共有される環境を構築するためです。
インフラとエコシステム
OAは進化を続けており、学術出版を支えるインフラも同様に進化しなければなりません。技術とイノベーションは、この次の段階においてきわめて重要な要素です。
シュプリンガーネイチャーでは、研究者、査読者、および編集者の方々により迅速でスマート、かつ統合された体験を提供するため、2021年以降4億7,000万ユーロ以上を技術に投資しています。査読プラットフォーム「Snapp」の立ち上げからprotocols.ioの買収、早期共有ツールの拡充にいたるまで、OA出版の成長を支え、拡大するための著者支援システムの構築と開発に継続的に投資してまいります。
しかしながら、イノベーションは信頼と歩みを共にし、常に人間を中心に据えなければなりません。OAは同時に、オープンで信頼性が高く、質の高い研究を意味するものでもあります。これには、研究の誠実性、査読、透明性、そして著者と査読者の双方を支援するAI(Artificial Intelligence;人工知能)を活用したツールへの投資が含まれます。科学への信頼を維持することが、これまで以上に重要となっているからです。
今後の取り組み-協働が鍵
業界全体で50%超のOA達成は重要な節目ですが、ゴールではありません。次の50%への道程は、構築したインフラだけでなく、得られた集合的な経験により、より迅速に進むでしょう。しかしながら、OAへの道がすべての方にとって持続可能かつ拡張可能であることを保証するには、インフラ以上のもの-真の協働と適応力が求められます。
各国、各機関、および各コミュニティーにはそれぞれのペース、優先事項、そして課題があります。トップダウン方式で全員に同じ道を歩ませるのではなく、お客様やコミュニティー、地域の資金提供者や機関と連携し、導入される施策が各主体にとって適切であることを保証することが重要です。
私たちは皆、同じ目標に向かって努力していますが、OAの成長とは、各地域がその同じ目的地へ向かう異なる旅路にあることを認識することにあります。
最後に
OAは、20年以上にわたり私(そしてシュプリンガーネイチャー)のDNAの一部でした。BMCがシュプリンガーネイチャーに買収されたとき、それは私たちの取り組みに対する大きな評価のように感じられました。OAは投資する価値があり、実現可能で拡張性のあるものだと確信したのです。シュプリンガーネイチャーへの移行後、私たちは数々の重要なOAの節目を共に歩んできました。例えば、Nature Communications のOA化、2015年に締結した世界初の転換契約、および一次研究論文の50%をOAで出版する目標の達成などです。私たちは常に限界に挑戦し、コミュニティーと連携しながら、OA出版を希望し、そのリーチとエンゲージメントの恩恵を受けたいと考えるすべての方々が、それを実現できるよう尽力してまいりました。これらの節目は単なる戦略ではなく、発見を加速し地球規模の課題を解決する「開かれた力」への確固たる信念に支えられていました。
この分野で20年以上携わる中で、OAは出版の未来であるだけでなく、より緊密に連携し、協働的で影響力のある研究エコシステムの基盤であると、これまで以上に確信しています。気候変動から公衆衛生、および社会的公平性にいたるまで、社会が直面する喫緊の課題に対処するうえで、研究はきわめて重要な役割を担っています。研究成果を、それを活用できる人々の手に届けるためには、研究がアクセス可能で、再利用可能であり、さらに発展させられるようにすることが不可欠です。
市場全体でのOAシェア拡大に向けた取り組みは、私たちが協力し、柔軟性を保ち、公平性を中核に据えることで変革が可能であることを示しました。今年のB17カンファレンスのテーマが想起させたように、転換は少数ではなく、多くの人々の肩にかかっているのです。
[1] このデータはWeb of Science InCitesから取得したもので、フルオープンアクセス(OA)ジャーナルとハイブリッドOAジャーナルの両方における論文およびレビューを反映しています。
著者:Carrie Webster(キャリー・ウェブスター)、VP for Open Access
キャリーはオープンアクセス分野において20年以上の経験を有しています。2003年にBioMed Centralにて出版キャリアをスタートさせ、オープンアクセス運動の初期の発展に関与しました。2012年にはマクミラン・サイエンス&エデュケーションに参画し、オープンアクセスポリシーの策定、オープンアクセス単行本プログラムの立ち上げを担当しました。さらに、主要なオープンアクセス誌であるNature Communications のオープンアクセス化およびScientific Reports の創刊および発展にも携わりました。
現在の職務では、シュプリンガーネイチャー全体におけるオープンアクセスおよび転換ビジネスモデルの責任者を務めています。また、複数の業界団体や理事会のメンバーとしても活動しています。
Springboard blogについて
Springboard blog(シュプリングボード・ブログ)は、オープンリサーチを推進するため、シュプリンガーネイチャーおよびそのパートナーからの最新の見解、コメント、ディスカッションを紹介するプラットフォームです。詳細は、Springboard blogのウェブサイトをご覧ください。
シュプリンガーネイチャーについて
シュプリンガーネイチャーは、世界をリードする研究出版社のひとつです。当社は、最も多くのジャーナルや書籍の出版数を誇り、オープンリサーチのパイオニアでもあります。180年以上にわたって信頼されてきた主要ブランドを通じて、研究者が新たなアイデアを見いだしてそうした発見を共有すること、医療従事者が医学の最前線に立ち続けること、教育者が学習を促進することを支援するテクノロジーを活用した製品、プラットフォーム、およびサービスを提供しています。当社は、当社が支援するコミュニティーとの協力のもと、知識を共有し、世界に対する理解を深めるための進歩に貢献していることを誇りに思っています。詳細は、about.springernature.comおよび@SpringerNatureをご覧ください。
本件に関するお問い合わせ
宮﨑 亜矢子
シュプリンガーネイチャー
コーポレート・アフェアーズ
E-mail: ayako.miyazaki@springernature.com
本ブログの原本(一部を除いて)は英語であり、日本語は参考翻訳です。
英語ブログ:Reflections on 25 Years in Open Access: From niche model to publishing standard
