「私」とNature — Author Interview

“ねむけ”の謎を解明したいブックマーク

柳沢 正史氏

筑波大学大学院時代に見つけた血管収縮物質が世界の研究者の注目を集め、米国テキサス大学にスカウトされて1991年に渡米。後を追って留学してきた後輩の櫻井武(現・筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構;IIIS)とともにオレキシンを発見する。この脳内の神経伝達物質が睡眠と覚醒に関係していることから、本格的に睡眠学の研究を開始。現在IIISを主宰して、「ねむけとは何か」の解明を目指している。

エンドセリンを発見

―― 医学部に進まれたきっかけは何ですか。

柳沢氏: 臨床医で電気生理学の研究をしていた父のアドバイスで、1970年代の終わり頃、これからは生物学、特に分子生物学が面白くなること、また医学部に行けば人間の生物学について広く深く学べる機会が与えられることを知りました。それが動機かもしれません。

―― 筑波大学ですね。

柳沢氏: はい。筑波大学医学部に入り、最終的には臨床医にはならずに基礎研究の道に進むことになりました。筋肉の生化学を研究していた薬理学の眞崎知生先生の研究室に所属しました。先生は筋肉研究の世界的権威だった江橋節郎博士の弟子です。私は眞崎先生の指示もあって、cDNAクローニング技術を習得するため、岡崎の基礎生物学研究所(基生研)に1年間の国内留学をしました。分子生物学のイロハを学び、筋肉の収縮タンパク質の遺伝子を取る実験をして、学位論文を出せることになりました。

生物物理ないしは細胞生物学の方向で、この研究をさらに前に進める道はありました。でも引っかかったのは、この課題が基礎的すぎるところでした。当時の段階では病気と直接関係しそうにない点が気になったのです。

柳沢 正史氏
柳沢 正史氏
基礎睡眠学研究のトップランナー。 | 拡大する

Naoyuki Inomata

―― そこで別のテーマを探し始めたんですね。

柳沢氏: そうです。1986〜87年当時、血管生物学の分野では内皮細胞がホットトピックでした。いわゆる内皮由来弛緩因子の正体が一酸化窒素であること(1998年のノーベル医学生理学賞)が判明する前夜だったからです。文献をいろいろ読んでいくと、内皮由来の血管収縮因子もあるらしいという論文に行き当たりました。これは面白いと思い、眞崎先生に本格的にやらせてほしいとお願いしました。すると先生は、「半年やってダメならあきらめなさい」という条件付きで許してくれたのです。実験には80リットルという大量培養が必要で、費用が何百万円もかかったのですが、幸いなことに眞崎先生のところには研究費が潤沢にありました。

―― 眞崎先生は柳沢先生を信頼されていたのですね。

柳沢氏: 当時の筑波大学の研究環境も幸いしました。私が分子生物学や細胞培養の手法を持っていて、周囲の研究室には、血管バイオアッセイや物質精製などの技術を持つ指導者がいたからです。研究はトントン拍子に進みました。1987年3 月頃から始めて、7月には目的の物質が精製できていました。小さなペプチドらしいことが分かったので、岡崎の生理研にあった当時最新鋭のプロテインシーケンサーを使わせてもらい、アミノ酸配列を決めました。

20残基と分かり、得られた配列を合成して活性を見たのですが、血管は全く収縮しません。これには焦りました。その後、エドマン分解で壊れやすいトリプトファンが21残基目にあることを突き止めました。21残基分を再合成して活性を見たら、今度は見事に収縮してくれたのです。エンドセリン(endothelin)という名前をつけて、Nature に報告することができました。

Nature が火をつけた

―― 発表されたのはいつですか。

柳沢氏: 87年の12月に投稿して、88年3月31日号に掲載されました。この論文は大きな反響を呼び、世界中のたくさんの研究者が注目してくれました。引用数はこれまでに12,000を超えています。

当然のことに、次はエンドセリンの作用メカニズムが焦点になります。これについては、櫻井武さんが院生として入ってきて、幸いなことに、エンドセリン受容体のクローニングに成功しました。この論文もNature の90年12月20/27日号に載りました。

―― それを待たずに国際会議が開かれたのですね。

柳沢氏: 1988年に英国ロンドンで第1回のエンドセリン国際会議が開かれたのですが、第2回は1990年につくばで開催されました。その時、ノーベル賞を受賞した英国の薬理学者で第1回の国際会議を主催したジョン・ベーン(John Vane)も来日し、私から根掘り葉掘りエンドセリン発見の経緯を聞き出したのです。それを彼は、Nature の News and Views 欄に私の個人的なことも絡めて書いてくれました。

テキサス大学ではオレキシンを発見

―― この記事がきっかけでテキサス大学に引き抜かれたのですか。

柳沢氏: ベーンは、エンドセリンを見出したのは柳沢という若い研究者で、この発見が博士論文になったと紹介してくれました。これが、コレステロールの研究でノーベル賞を受賞したゴールドスタイン(Joseph Goldstein)とブラウン(Michael Brown)の両博士の目にとまり、米国テキサス大学にスカウトされたのです。年が明けた1991年のことです。

テニュアの准教授という地位が与えられ、ハワード・ヒューズ医学研究所の准研究員にも同時に採用されました。ただ、私の渡米手続きに時間がかかり、また眞崎先生が京都大学に移られた時でもあって、私も京都の研究室立ち上げに1年ほど汗を流しました。

―― テキサス大学の研究環境はいかがでしたか。

柳沢氏: 何もないところから自由にやれと言われました。フロアの両隣は、その後ノーベル賞受賞者となるトーマス・スードフ(Thomas Südhof)とブルース・ボイトラー(Bruce Beutler)の研究室だったのですから、びっくりです。当時の日本では考えられないような素晴らしい環境でした。エンドセリン関係の仕事を進め、94年にはCell に4報も出すことができました。

この頃、エンドセリン研究の中心が臨床応用へと急速に移行しつつありました。実際、2001年には米国で最初のエンドセリン受容体拮抗薬が肺高血圧症の治療薬として承認されています。それに私自身も、十分に取り組んだので別のことを始めたいと思っていました。

そこで新たに、オーファン受容体(リガンドが未同定の受容体の総称)のリガンド探しを始めたのです。医薬に結びつく可能性が高いと考えてのことです。ちょうど櫻井武さんがポスドクとしてテキサスに来ることになり、一緒に発見したのが、脳内のペプチド性神経伝達物質であるオレキシンです。

―― これは脳の中にある物質ですね。

柳沢氏: そうです。ただ、新しい活性物質は精製できたけど、初めのうちは、その生理的機能が何なのか、全く分かりませんでした。やがて、その産生細胞が視床下部という食欲や体重調節に関与する脳の場所にのみ存在することが分かり、古代ギリシャ語の「食欲・欲望」を意味するorexisに因んでオレキシンと命名しました。実際、オレキシンを急性投与すると摂食量が増え、空腹なマウスではオレキシン産生量が上昇していました。

―― オレキシンは食欲に関係するのですか。

柳沢氏: 状況証拠からは、そう思ったのです。しかしノックアウトマウスを作って観察してみると、オレキシンがなくても食べる量はそんなに減らない。むしろ、実験条件によってはマウスは太り気味なのです。はっきりした形質が見つからなくて困った挙げ句に、マウスは夜行性動物なので、夜間の摂食行動の詳細をビデオ撮影してみたのです。それが発見につながりました。急に活動を停止して倒れ込むといった異常な行動を示すのです。詳しく調べてみると、ナルコレプシーという睡眠覚醒障害でした。

—— 先生は常に病気との関係を気にかけておられるようですね。

柳沢氏: オレキシンと受容体の結合を妨げる化合物は、一昨年、不眠症治療薬として認可されました。オレキシン受容体を活性化させれば、覚醒の維持を助ける薬になるはずです。私たちはナルコレプシー治療薬となり得る化合物の探索にも取り組んでいます。

睡眠研究の世界拠点を構築

—— ところで現在は、筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS;茨城県つくば市)の機構長として、研究をされるだけでなく、研究を計画・管理・運営する立場でもいらっしゃると思いますが……。

柳沢氏: 2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)のもとで発足したのですが、申請時に、私は24年間米国にいたので「アメリカ的にやります」と宣言して、その通りに実行してきています。ですからIIISは極めて米国式な組織になっています。例えば、研究者の階層が基本的に2段階だけで、PI(principal investigator:注)とそれ以外。私もPIのひとりです。それから、建物自体も米国的です。設計は、研究所を得意とするアメリカで修業したデザイナーに頼みました。

—— 研究者を選ぶ基準は何かお持ちですか。

柳沢氏: それはもう、研究所としては人選びが一番大切なので、いい研究者を一生懸命探しています。最先端の基礎睡眠学の研究者で日本に来てくれる人を、必死に集めているつもりです。

睡眠の基本的な謎を解明したい

—— これから明らかにしていきたいことは?

柳沢氏: 基礎睡眠学の根本問題は2つあると思います。1つは、そもそも動物はなぜ眠らなければならないか、という謎です。これは哲学的な問いかけでもあり、どんな科学的アプローチがあり得るのか、探っている段階です。

もう1つは睡眠の調節メカニズムで、僕自身はこちらの方に興味を持っています。例えば、日々の睡眠量は動物種によって異なります。どのような神経メカニズムによって睡眠量が一定に保たれているかは不明です。言い換えると、“ねむけ”の神経科学的な実体・仕組みを解明したいのです。いま、8,000匹ものマウスをスクリーニングして、覚醒系そのものは正常なのに、睡眠量が異常に増えている系統とその遺伝子をつかまえたところです。これが“ねむけ”とは何かを知る突破口になるのではないかと思っています。

—— 大変に興味深いお話をありがとうございました。

聞き手は餌取章男(科学ジャーナリスト)。

注:ここでのPIとは、教授・独立准教授・主任研究員など、独立して研究室を運営できる地位にある研究者のこと。

柳沢 正史

筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)機構長。テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授。「ねむけとは何か」という現代脳神経科学最大のブラックボックスに挑む。2016年春、学術や芸術などの功労者に送られる紫綬褒章を受章。

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