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進化遺伝学:黒死病の起源は14世紀のユーラシア中央部にあった

Nature 606, 7915 doi: 10.1038/s41586-022-04800-3

中世の黒死病パンデミック(紀元1346~1353年)の起源は、このパンデミックが人口動態に及ぼした大きな影響と、その長期にわたる悪影響から、長年の研究テーマとなってきた。これまで、黒死病パンデミックの発端と関連している可能性のある考古学的証拠として最も議論されてきたのは、現在のキルギス共和国のイシク・クル湖付近にある墓地群から得られたものである。1338~1339年という年代が明記された墓碑銘に被葬者の死因として「悪疫」と記されていることから、これらの墓地には14世紀のエピデミックの犠牲者が埋葬されていたと考えられている。今回我々は、これらのうちカラ・ジガチ(Kara-Djigach)およびブラナ(Burana)の2つの墓地から発掘された7個体に由来する古代DNAデータについて報告する。考古学的データ、歴史学的データ、古代ゲノムデータを総合した結果、ペスト菌(Yersinia pestis)が、このエピデミック事象に明白に関与していたことが示された。再構築された2例の古代ペスト菌ゲノムは、これらが単一の菌株のものであることを示しており、また、この株は黒死病パンデミックの発生と広く関連付けられている重要な多様化の最終共通祖先であることが突き止められて、今回その多様化の年代が14世紀前半と特定された。広域の天山地域のペスト菌リザーバーにおける現在の多様性と比較した結果、今回得られた古代の菌株がこの地域で出現したことが支持された。複数の証拠から、我々のデータは、ペストの2回目のパンデミックが14世紀前半にユーラシア中央部で始まったことを裏付けている。

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