人類学:7万3000~6万3000年前のスマトラ島に初期の現生人類が存在していた
Nature 548, 7667 doi: 10.1038/nature23452
遺伝学的証拠からは、解剖学的現生人類(AMH)が7万5000年前以前にアフリカを出て、6万年前以前(9万3000~6万1000年前)には東南アジア島嶼部(ISEA)に到達していたことが示唆されているが、これはISEAでの人類の居住を示すものとして認められている考古学的記録の年代をさかのぼる。AMHが6万年前以前にISEAに到達したとする主張は、不確かな証拠や、骨格以外の証拠でしか支持されていない。この年代のAMHの証拠は少なく、確実な年代も不足しているが、それは、直接的な年代測定が行われていないことや、保存状態が粗悪であったり発掘戦略が不十分なこと、分類学的な帰属に疑問の余地があることなどに起因する。Lida Ajerはスマトラ島にある更新世の洞窟で、豊かな雨林動物相と共にヒトの歯の化石が出土している。しかし、これらの化石は分類学的な帰属が立証されておらず、堆積物の年代も不確かであることから、遺跡の重要性は明らかではなく、そのため人類分散のモデルで考慮されることはまれである。今回我々は、Lida Ajer遺跡の再検討を行い、確信を持ってその歯の帰属を特定するとともに、総合的な年代測定方法を用いて確実な年代を得た。エナメル質と象牙質との接合部の形態、エナメル層の厚さ、および比較形態学を用いることで、これらの歯がAMHのものであることが明確に示された。骨を出土した堆積物および鍾乳石にそれぞれルミネッセンス年代測定法およびウラン系列年代測定法を用い、哺乳類の歯にウラン系列年代測定法と電子スピン共鳴年代測定法を組み合わせて用いることにより、スマトラ島の現生人類の年代が7万3000~6万3000年前であることが示された。この年代は、生層序学的な推定、古気候や海水準の再構築、および6万年前以前のAMHのISEAへの到達を示す遺伝学的証拠と整合する。Lida Ajerは、我々の知る限り、AMHの雨林での居住を示す最古の証拠であり、現生人類がアフリカを出て分散した時期および環境的状況の再評価が重要であることを強調している。

