Nature Outlook

創薬には新しいアプローチが必要である

新しい抗菌薬の探索では、研究者は従来の分子のことを忘れ、異なるアプローチを取らなければならない。

James K. Martin

James K. Martin

私は8歳のときに友だちといっしょに木登りをしていて、手のひらに汚いトゲが刺さったことがある。幸い、母はそのトゲを抜くことができ、抗菌薬入りの軟膏を少量塗り、ばんそうこうを貼ってくれた。手のひらのその傷は、数日で問題なく治癒した。

だが、1世紀前の子どもだったらこういうわけにはいかなかったかもしれないし、今から50年後に生まれる子どもたちもこうはいかない可能性がある。抗菌薬の使用が1940年代に広まるまでは、小さい傷が原因で細菌感染が起こり、それが命取りになることもあった。そして現在、抗菌薬が私たちに提供してくれていた相対的な安全性は、細菌の薬剤耐性の増加によって危険にさらされている。

1928年にアレクサンダー・フレミングがシャーレで培養していたカビの中にペニシリンを発見1するよりも何世紀も前に、多くの文化で、細菌感染の治療に抗菌薬が使われていた。例えば、古代エジプトでは、医師がカビの生えたパンの湿布で傷を治療していた2。おそらく、パンに生えた菌類によって作り出された抗菌薬をそれとは知らずに感染を防ぐために使用していたのだろう。フレミングは抗菌薬を発見した最初の人ではなかったが、彼は抗菌薬の大量生産時代到来の手助けをし、抗菌薬発見の黄金時代として知られる時代を切り開いたのだ3

ペニシリンの発見以来、20以上の独特な抗生物質のクラスが見つかっている4。しかし、科学的難題と経済的難題が組み合わさって、新しい作用機序を持つ抗菌薬の発見が減少している。過去20年間で、承認された抗菌薬の新しいクラスはわずか6にとどまる5。抗菌薬候補の発見が著しく減っていることに加えて、これと同時に薬剤耐性のレベルの上昇が見られている。米国疾病予防管理センター(CDC)は、米国だけで毎年少なくとも3万5000人が薬剤耐性が原因で死亡している可能性があると見積もっている。世界的には、薬剤耐性菌感染による死亡者数は、2050年までに、現在のがんによる死者数を抜く可能性があると示唆する論文もある6

新規抗菌薬を発見する近年の試みは、多くの場合、既存薬をわずかに変化させるものである。これは、より効果的な抗菌薬の開発につながることもあるが、開発された薬剤はやはり同じような耐性に阻まれやすい。1つの例が、フィナフロキサシンというフルオロキノロン系抗菌薬である。この薬剤は、体の中で比較的酸性な部位である外耳の感染治療に使われる。2014年に米国で承認されたフィナフロキサシンは、酸性環境でよりよく作用するので、外耳の感染に対しては、他のフルオロキノロン系抗菌薬よりも効果的である7。しかし、フルオロキノロン系抗菌薬全般への耐性を獲得した細菌は、それまで一度もフィナフロキサシンに遭遇したことがなくても、フィナフロキサシンに耐性を持つようになるのだ7。このように、既存抗菌薬の改変は、顕著な改善につながる可能性があるものの、抗菌薬を発見するための新しいアプローチがやはり必要なのである。

新たな治療薬が緊急に必要とされているという観点から、抗菌薬研究における基本的な前提を今一度考え直すべき時がきている。一般に、抗菌薬候補は、どの分子が最も効力があるによって決定される。しかし、このアプローチは短絡的である。このアプローチでは、耐性機構がすでに存在する抗菌薬の強力な誘導体が選択されることになり、効力は低いもののユニークな作用機序を持つ可能性のある分子が見落とされてしまうからだ。私は、新しいクラスの抗生物質を特定するためには、従来の効力のスクリーニングを、革新的なアプローチと結び付けることが必要だと考える。

私は共同研究者たちと共に、そうした革新的アプローチを用いて、細菌の生理学的状態を独特な方法で変化させる抗菌薬候補をスクリーニングした8。私が「細菌の検死」と呼ぶこの方法では、蛍光色素を用いて、抗菌薬で処理された細菌の内部と外部の死の状態を可視化できる。次に、私たちは、この情報を使って、それぞれの死の状態と、抗菌薬が使った特定の殺菌方法とを突き合わせる。検死は、ある個人が殺されたにどのような武器が使われたかを知るために用いられるのと同様だ。従来の抗菌薬によって引き起こされた死の状態と、私たちの抗菌薬候補によるものとを比べることによって、独特な方法で細菌を殺した分子を特定することができる。そうした候補分子は、細菌を新しい機構によって殺した可能性があると考えられる。

私たちはこのアプローチを用いて、独特な二重の殺菌機構を持つ強力な抗生物質を特定した。SCH-79797(SCH)というこの分子は、細菌の細胞膜バリアを破壊するのと同時に内部の代謝を崩壊させる。私の共同研究者のベン・ブラットンが観察したように、毒矢のようなものだ。SCHは、その独特な殺菌機構によって、細菌の手強い敵となる。SCHは、グラム陽性細菌とグラム陰性細菌と呼ばれる広義な2つの細菌群の両方を殺すことができる一方で、測定可能な耐性を生み出さなかった。

私たちが抗菌薬候補の特定に使うのが従来のアプローチだけだったら、SCHを見逃していたかもしれない。SCHは、細菌を殺すことができたが、私たちがスクリーニングしたものの中で効力が最も高い分子ではなかったからだ。より多くの研究者が、抗菌薬候補を評価する際に効力以外の特性も考慮に入れるならば、真に新しい抗菌薬候補が見つかって、さらなる進展が見られるだろう。

ジェームズ・K・マーティンは、シカゴ大学ベン・メイがん研究所(米国)のポスドク研究者。

原文:Nature (2020-10-21) | doi: 10.1038/d41586-020-02888-z | Drug discovery needs to change


このOutlookの作成に当たって、塩野義製薬の財政支援に感謝いたします。全ての編集コンテンツについての責任は、Nature が単独で負っています。

References

  1. Walsh, C. Antibiotics: Actions, Origins, Resistance (ASM, 2003).
  2. Sipos, P., Gyõry, H., Hagymási, K., Ondrejka, P. & Blázovics, A. World J. Surg. 28, 211–216 (2004).
  3. Hutchings, M. I., Truman, A. W. & Wilkinson, B. Curr. Opin. Microbiol. 51, 72–80 (2019).
  4. Coates, A. R. M., Halls, G. & Hu, Y. Br. J. Pharmacol. 163, 184–194 (2011).
  5. Butler, M. S., Blaskovich, M. A. T. & Cooper, M. A. J. Antibiot. 70, 3–24 (2017).
  6. O’Neill, J. Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations (The Review on Antimicrobial Resistance, 2014).
  7. Randall, L. B., Georgi, E., Genzel, G. H. & Schweizer, H. P. J. Antimicrob. Chemother. 72, 1258–1260 (2017).
  8. Martin, J. K. II et al. Cell 181, 1518–1532 (2020).

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