研究助成の採択判断にAIアルゴリズムを介入させることの是非
資金配分機関が審査プロセスを効率化するため、AIを使って助成金申請書をふるいにかけている。 Credit: Tashatuvango/iStock via Getty
助成金申請書を1本書くのに何週間もかかることがあるのに、それが機械によってものの数秒で却下されてしまうとしたら、あなたはどのように感じるだろうか? スペインの研究者らは、まさにその感情を味わっている。スペイン有数の助成財団が、助成金申請書の審査の支援に人工知能(AI)を導入しているからだ。
非営利団体ラ・カイシャ財団(スペイン・バルセロナ)で研究と奨学金に関わる業務を担当しているInés Bouzón-Arnáizは、「当財団は、特定の保健研究助成の公募について、最終的に採択される可能性が低い申請書をふるい落とすために、3つのAIアルゴリズムからなるモデルを使っています」と言う。
ラ・カイシャ財団は年間1億4500万ユーロ(約2億5500万円)の研究資金を配分していて、主要な生物医学助成プログラム(3年にわたって総額で最大100万ユーロ〔約1億7600万円〕を助成)には毎年数百件の応募がある。AIツールは、この応募をふるいにかけるために使用されている。財団は、これまでに採択された申請書に基づいてモデルを訓練することで、採択の可能性が最も高い提案を効率良く見つけて、次の審査段階に進められるとしている。
AIの支援を受けた審査スキームは、これまでに3年間実施されている。今年度は714件の応募があり、アルゴリズムはそのうちの122件を「採択の可能性が低い」と判定した。この判定は2人の人間の審査員によってチェックされ、AIシステムが却下候補としたもののうち46件が救済され、76件が却下された。その後、638件の応募が専門家による査読を受け、最終的に34件が採択された。
AIを導入することの利点と欠点
研究資金配分機関は、増大し続ける査読者の負担に対処しようとさまざまな方法を試みている(2025年11月号「査読システムをどう立て直すか」参照)。ラ・カイシャ財団が助成金の審査にAIアルゴリズムを利用する方向にシフトしたのは、その最新の試みだ。
Bouzón-Arnáizは、「良い査読者を見つけるのは難しく、仕事量が多ければ、彼らは引き受けてくれません」と言う。「私たちは、最終的に採択される可能性のない提案を除外しているのです」。彼女によると、AIの導入は、査読者からの「質が低く、未熟な申請書を審査させられることが多い」という声に促された部分もあるという。
査読プロセスでのアルゴリズムの使用は学術出版では浸透しているが、ラ・カイシャ財団は、このような形でAIアルゴリズムを意思決定プロセスに組み込んだ助成団体は自分たちが最初だと考えている。実際、多くの資金配分機関は、申請者と査読者の双方に対してAIの使用を明確に禁じている。英国の国立研究資金配分機関であるUKリサーチ・アンド・イノベーション(UKRI)は、この規則に違反した査読者は生涯にわたってUKRIとの関わりを禁じられる可能性があるとしている。
AIが評価プロセスに欠かせないものになることで、研究者と資金配分機関の間の信頼関係が破綻するのではないかと危惧しています
とはいえこれは現在進行形の問題であり、新たな可能性が絶えず生じてくる。2025年、非営利団体である米国科学者連盟(FAS、ワシントンD.C.)は米国科学技術政策局(OSTP)に対して、助成金申請書をAIに分析させるよう要請している。同連盟は、これは「科学の未来を予測し、査読を強化し、公共部門と民間部門の双方により良い研究投資判断を促す」のに有益だと主張している。また、インペリアルカレッジ・ロンドン(ICL、英国)の研究資金配分担当者らは、AIシステムを使って研究要旨をスキャンし、支援候補となる英国の研究プロジェクトを特定している。
Bouzón-Arnáizによれば、AIツールや他の代替査読システムを試験的に導入するなら、公的資金を使っていないラ・カイシャ財団のような民間の助成機関の方がやりやすいという。それでも、Natureがコメントを求めた他の助成団体は、ラ・カイシャ財団のアルゴリズムの使用についてさまざまな意見を持っていた。
慈善団体のヴィルム財団(デンマーク・ソボルグ)で技術・自然科学プログラムを率いるAnders Smithは、「私たちは、AIが評価プロセスに欠かせないものになることで、研究者と資金配分機関の間の信頼関係が破綻するのではないかと危惧しています」と言う。「最悪のシナリオは、AIが生成した申請書がAIによって評価されることです」。これによりAIシステムの訓練バイアスが固定化され、真に新しいアイデアを生み出すことのできないプロセスを作り出してしまう恐れがあると彼は言う。
一方、民間の助成機関であるフォルクスワーゲン財団(ドイツ・ハノーバー)は、AI技術とその利用方法の可能性について検討している。同財団のエクスプロレーションチームの責任者であるHanna Deneckeは、「私たちは試験的に導入を始めたところです。まだ本当に始めたばかりで、規制のガイドラインや法的な枠組みを整備する必要があります」と言う。
データセキュリティー
研究に生成AIツールを用いることの実用性と倫理について研究しているコペンハーゲン大学(デンマーク)のSebastian Porsdam Mannは、効率化できる余地は学術出版よりも助成金審査の方が大きいのに、いまだに多くの資金配分機関が査読プロセスにAIシステムを導入していないことに驚いていると言う。
Porsdam Mannは、多くの人がAIの使用を受け入れることに慎重なのは、AIを利用した手法の質に対する時代遅れの懸念や、審査のために大規模言語モデルにアップロードした申請書のテキストがインターネット上に流出し、他のアルゴリズムの学習に利用されて、データの機密性や著作権や知的財産権を巡る法的リスクが生じるのではないかという懸念があるからだと言う。「これはもっともな懸念です」。
彼によれば、データを保護する方法は2つあるという。1つは契約による方法で、アルゴリズムの提供者がデータを流出させないことを保証することだ。もう1つは技術的な方法で、AIツールをローカル環境に構築することだ。ラ・カイシャ財団はAIによる審査システムをプライベートサーバーで運用することで、情報漏えいを「不可能」にしていると、Bouzón-Arnáizは言う。
不公平感
Bouzón-Arnáizによれば、ラ・カイシャ財団のフェローシップに応募する研究者は全員、自分の研究がAIシステムによって評価されることを知っているので、その点は応募の妨げにはなっていないという。しかし、申請を却下された研究者の中には、アルゴリズムが自分たちの提案を高く評価しなかった理由を教えるように要求する人も数人いた。同財団は、AIツールの判断プロセスをより良く理解するために努力しているが、現時点では理由を答えることはできないとしている。
Bouzón-Arnáizは、AIモデルによって却下された後に人間の審査員によって救済され、最終的に採択された応募は、この3年間で2件しかなく、これはシステムがうまく機能していることを示していると言う。「結果には一貫性があり、私たちはかなり自信を持っています」。
しかし、こうしたシステムを好まない科学者もいる。モントリオール大学(カナダ)の生態学者のTimothée Poisotは、2025年に自身のブログで、自分がある学術誌に投稿した論文の審査にAIツールが使われたと不満を述べた。「助成金の申請を機械に却下されることがあれば、はるかにつらく感じるでしょう」と彼は言う。「個人的には、計り知れないほどの不公平感を抱くでしょう」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2025.251209
原文
When AI rejects your grant proposal: algorithms are helping to make funding decisions- Nature (2025-09-05) | DOI: 10.1038/d41586-025-02852-9
- David Adam
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